神の祝福と神からの使者
昼食を食べた後、登城する準備をしていたテイたちのもとに、城からの使いがやってきた。入り口で応対したテイが扉を閉めて家の中に戻ってくると、ダイニングの長椅子に座り込んで、城からの伝令の内容を皆に説明した。
「え? 王様に謁見できなくなった?」
ルイが肩にかけていた荷物を下ろしながら、テイの言葉を再確認した。
「なんでも、城のセキュリティに不備が見つかったんだって」
「どういうことなの?」
テイの言葉に姉のシュレンも思わず聞き返した。
「詳しくはわからないけど、たまたま今朝が年に一回ある点検日だったらしいんだけど、結界がほとんど機能しなくなっていたらしいんだ」
部屋の隅の方で何の気なしにお茶を飲みながら聞いていたレピスが、飲みかけていたお茶を噴出していた。
ルイがテイの前に座ってため息をついた。
「結界って、そんなものホントにあるのかなぁ?」
「目に見えないし、おまじないだろう?」
「だよな? 『貼っておいたお札が剥がれてました』ってレベルの話だろ? たかがそんなものに、なに大騒ぎしているんだか」
ルイはあきれた感じで頭を振って、だるそうに椅子の上でのけぞった。
「なんでも、『これこそ魔王復活の兆しに違いない』なんて言ってるらしいよ」
テイも少し苦笑いをしつつレピスの方を見ると、レピスは疲れきった顔でソファベッドに横たわっていた。
「あれ、レピスさん、どうしたの?」
「あ、あたしの苦労が。骨折り損じゃないの……」
「どうしたんですか? 朝張り切って走りすぎて疲れちゃったとか?」
「あ、だ、大丈夫、疲れてないわ。うん」
我にかえったレピスが、笑顔を作って起き上がった。
「あ、でも司祭様の祝福の儀は教会でやってくれるそうですよ」
「なんだ、それなら問題ないじゃん」
テイとルイの会話を聞いてレピスが目を白黒させて訊ねた。
「な、なにそれ?」
「ああ、旅の無事を祈って、神の祝福を授けてくれる儀式ですよ」
「か、神の祝福?」
レピスは背中にひんやりとしたものを感じた。
「大きな行事や長旅に行く時は必ずやるあれですよ。いつものやつ」
「ま、王様に謁見するよりも、そっちの方が大事な行事だからな」
「さて、そろそろ行くか」
ルイが立ち上がって先ほど下ろした荷物を肩にかけ直した。
「レピスさん、行きますよ?」
テイも立ち上がってレピスを促した。
「あ、あたしも? あたしは、その、賢者じゃないし、おまけだから」
「関係ないですよ。もう先方にはレピスさんにも一緒に祝福を授けてもらうように伝えてありますから」
「さ、いこういこう」
「い、いいのかなぁ……」
不安を隠しながらレピスはしぶしぶ立ち上がった。
街の北東ブロックにある大きな聖堂の前に3人は立っていた。
尖った屋根と装飾のあしらわれた柱は、セントガリアン城とともに歴史と威厳を兼ね備え、白い壁は荘厳で清らかな神からの教えを伝える場所である事を感じさせた。
「じゃあ。いきますか」
テイとルイが入り口に向かって歩きだしたが、レピスの足取りは重かった。
「あ、あたしは……」
「どうしたんですか、レピスさん。いきますよ、ほらほら」
「う、うん」
「相変わらず大きな教会だなぁ」
教会のドアを開けてルイとテイが中に入ろうとするとレピスの足が止まった。
テイは立ち止まっているレピスに気付いて声をかけた。
「レピスさん、どうしたんですか?」
「え、あ、ああ(教会は、ちょっと、まずいかも)」
「何かあったんですか?」
「う、うん。大丈夫ゆっくり行くから」
笑顔を作りながら、レピスがゆっくりと教会の建物に足を踏み入れた。
すると建物がキシキシと音を出し始めた。
「なんだ?」
「古い建物だからな」
三人はゆっくりと奥へ進んで行ったが、その間も建物全体が小さく震えているような音を出していた。
おどおどと歩くレピスを見てテイが心配して声をかけた。
「レピスさん、大丈夫?(緊張しているのかな?)」
「だ、大丈夫、あたしの方は大丈夫」
「え?」
「はい?」
「今『あたしの方』って言いました?」
「あ、違うの、なんか、ね? 建物が、ほら」
テイはキシキシ音を立てる教会の天井を見上げた。
「ああ、この音? 風強いのかな? 建物自体が古いからね」
「……磁石の同極同士を近づけているようなものだし……」
「え?」
「はい?」
「レピスさん、何と何の話してるの?」
「は、いや、違うわよ、あたしと教会の話じゃないから!」
なぜか急に動揺しだしたレピスを、テイは困惑気味に見つめていた。
「おい、おまえら」
テイとレピスの噛み合わない会話をルイが遮った。
「司祭様が来たぞ」
司祭に対して頭下げたルイの言葉を聞いて、テイもレピスも恭しく頭を下げて司祭を迎えた。
白いローブを着て金の杓を持った司祭がゆっくりと三人の前に歩いてきて、右手を掲げた。
「三賢者の末裔とそれを支えて旅するものよ。お前たちの働きは、常に神がご覧になっておいでです。ここに神に代わって、私から祝福を授けましょう」
司祭が杓を掲げて一人一人に祝福を授けだした。
「この者に、神の加護がありますように。神の祝福を授けましょう」
その間中も、建物が常にギシギシと音を立てていた。
頭を下げて下を向いたまま、レピスは焦っていた。
「うう……(やばい、建物が、限界かも)」
ルイ、テイの二人に祝福を授けて、司祭が最後にレピスの前に立って杓を掲げた。
「この者に、神の加護がありますように。今ここに神の祝福を授けん」
「え!(だ、だめ! 反発力が増大しちゃう!)」
司祭が杖を掲げてレピスに祝福を授ける儀を行おうとした途端、ビキィ! っと大きな音がした。
「な、なんだ?」
皆が音のした方を見ると、後ろに飾ってあった神の像に大きな亀裂が入っていた。
「う、うわぁ!」
「なんだ、なにがおこったんだ」
「う。うむ。これこそが魔王の復活の徴候じゃ……この者!」
司祭がレピスを指さした。
「は、はい!」
「この娘は、底知れぬ力を秘めておるものじゃ」
司祭はレピスを射抜くように見つめた。
「あ、あたしは(ダメだ、ばれた……)」
「この者こそ!」
レピスは観念して、司祭に跪いて頭を下げてあやまった。
「ご、ごめんなさい!」
「賢者たちを助けるために神が遣わした者に違いない!」
司祭はレピスを指差し、皆に大きな声で宣言した。
「はい?」
レピスは訳がわからず顔を上げて司祭を見た。
「神が授けた大いなる力のある者じゃ。その者の力を恐れた魔王が、神の祝福を授ける事を妨害したのじゃ」
テイとルイが驚いた表情から、納得したように頷いた。
「さすがレピスさん。魔王も一目置く存在って事か」
「くそ、祝福の儀を妨害するなんて、魔王のやつ汚いぜ」
「あ、いや、あたしはそんな」
レピスはなぜこういった流れになったのか理解できないまま、あたふたとしていた。
「わしは負けん、聖職者の意地をかけても、この者に神の祝福を授けるのじゃ!」
再び司祭は杓を掲げた。
「ちょ、ちょっと、待って(だからダメだって! ものすごい反発力が発生しちゃうよ!)」
「神の祝福を! 神よ、我とこの者を守りたまえぇぇ!」
「ダメェー!」
次の瞬間、激しい光とともに教会の天井がバキバキと音を立てて剥がれ、轟音とともに上空に吹き飛んでいった。ちなみに、後日確認されたことであるが、遥か上空に飛んだ教会の天井と屋根は、約1キロ先の平原に落下していた。
「な、なんということじゃ。魔王がここまで力を使って阻止しようとするとは。そなたはまさに神からの使い……」
「あ、え、えっと(あたしがその魔王なんですけど……)」
屋根がなくなった教会で、上を見上げると、青い空に大きな入道雲が膨らんできているのが見えていた。ルイが日差しを手で遮りながらテイに話しかけた。
「なあ」
「ん?」
「日差し、強いな」
「うん……今日は暑くなりそうだね」
「いや、屋根ないとこで言いにくいんだが」
「なに?」
「夕から明朝にかけて大雨だってよ」
「……天気のいいうちに、教会をあとにした方がいいね」
「ああ、いくか」
「ああ」
今後の天気は気にかけても、目の前で起こった大いなる現象にはあまり気に留めない賢者たちであった。




