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歌姫  作者: 橿倪・クレナイ
第二章 魔商売
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15・人形



 阿修羅の口元は、無意識なのか緩んでいた。

まるで、可笑しくてしかたがない、とでも言うように。

どこにそう思える要素があったのか分らないが、それを見た夏維と臨野がゾッとした。

でも、三人とも何も言わずに、月詠荘の建物から出た。

そこにはいつもと変わらない風景が広がっていて、何かが侵入してきたなんて考えられない。


しかし、阿修羅には聞こえていた。穏やかな植物達のざわめきが。

手を胸に当て、大きく深呼吸する。

“歌姫”の力がここにあるかぎり、“月詠荘”のモノは全て、“歌姫”の支配下に置かれる。

だから、ここの月詠荘の植物達、動物達は、歌姫である阿修羅を絶対としているのだ。


侵入者の情報だけ、欲しいモノだけの情報を訊く。

神経を月詠荘の全ての植物に集中させる。


教えて。侵入者とこちらを見ている奴を。


阿修羅が自身の胸から手を放した時には、植物のざわめきが消えていた。

どうやら、阿修羅にそれを教えることで落ち着いたらしい。


 再び、ある一点を睨みつけるように見つめた。

そして、分っている敵の位置を二人に教えることなく、阿修羅は二人の前から一瞬で姿を消した。

そんなことをされたら、当然二人は焦るわけで。

一つは、阿修羅は目を放すと何を仕出かすか分らない不安から。

もう一つは、敵が阿修羅を狙っている危険から。

まあ、ともかく阿修羅が心配なのだ。

周りを見渡すが、何の変化もない庭に、何も聞こえない。

だが臨野は、食堂で阿修羅が見ていた方向を見ている。


おそらくこの方向に、敵がいる。阿修羅はそっちに向かったはずだから・・・。


次は臨野が夏維の腕を引っ張り、走り出す。

どこにいるのかは分っていないが、とにかくこっちの方向に行けば、敵も阿修羅もいる筈だ。







「ふふ、やっぱり来てくれた。歌姫ちゃん♪」



 阿修羅の目の前の木の上には、ゴスロリの服を着た女がいた。大事そうに、ぬいぐるみを抱いている。この女が食堂からずっと、見てきていた奴だろう。



「皐や和がお世話になったようだけど、私はあなたたちにお世話になるつもりはない。だって私は、あなた達より強いから。」



 いきなり手を振り上げた。


ズズズズズ・・・・・・・・・


 大きな影が、阿修羅にかかった。

木と同じくらいの大きさの、クマの人形。

それはどこから出てきたのか分らないが、風をおこし、阿修羅の髪をなびかせる。

女は、腕の中にあるぬいぐるみに視線を向け、強く抱きしめる。



「・・・・・・あの人に誓ったから、私は死ねない。あの人の笑顔をもう一度見るためには、彼女が必要・・・・・・・。」



 まるで、自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。

もちろんそのつぶやきは、阿修羅には聞こえていない。


 女は阿修羅を鋭い目で見た。



「だから、だから、あなたには一緒に来てもらわないといけないの!!」



クマの人形は、腕を振り下ろす。

それを阿修羅は、避けることもせず冷静に見ていた。



「手ぬるい。」



腕に潰されることなく、大きいはずの腕をいとも簡単に払いのける。

それにクマの人形のバランスが崩れたのか、倒れかけた。

しかし、阿修羅は、そのまま倒れていくさまを見届けることなどせず、その腕を引きちぎった。

簡単に千切れ、それを女のほうに飛ばそうとするが、ふにゃり。

人形の中の綿は、倒れた人形の千切れた腕に集まっていき、再び腕が構成されていく。



「この子は、絶対に私を傷つけられない。」



厄介だ。

クマの人形は、治りかけの腕で、また、襲い掛かってくる。


 パターンが同じで面白くない。これで私が傷つけられるとでも思っているのだろうか。


呆れたような顔で、軽々とその腕を受け止め、さっきと同じように引きちぎった。

そして、引きちぎった人形の治り方を見て考える。

・・・・・・・・綿は燃えるから、炎があればいいのだが。

あいにく、今火を起こせるようなものは何も持っていない。

見られているからといってそのまま来るんじゃなく、何か持ってこればよかった。

馬鹿だ。

でも、手の打ちようはある。


 阿修羅は人形のほうではなく、木の上にいる女に向かって跳びあがる。


人形には意思はないはず。操られているのなら、この女を倒したら動かなくなるはずだ。


もう少しで女に手が届きそうというところで、再生の終わった人形が手を振り回してき、反射的にその腕を切り落とす。

だが、反射的といっても視線は、目標である女ではなくて人形のほうにいっていた。


しまった!!


その視線が人形のほうに向いた一瞬で、女は木の上からいなくなった。



「頭がキレると思っていたけど、実際そこまでだね。」



 女は、人形の肩に乗っていた。

全く、動きの速いことで。



「私を買いかぶりすぎだ。」



 再び阿修羅の手と人形の腕が、交わる。








大きな影のもとは“月詠荘”の裏庭を音もなく歩いている。

その大きな影のもとが動くたびに、落ち着いた植物たちがざわめく。

もちろんそれを聞き取ることができるのは阿修羅だけだが、その場に誰かいたのならば、何かうるさいと思うだろう。

しかし、その大きな影のもとは音も立てず、倒れた。

その大きな影のもとは、ゴスロリ女が持っていた人形に似ていて、こちらは猫のような何かだった。



「こちらは囮だ。」



 どうやら、冰津千がこれを倒したらしく、これの背中の上に乗っていた。

倒れた人形は立ち上がろうとするが、陰が倒れた人形を放さず、立ち上がることができない。

人形の縫い目の隙間から入った陰から、この人形は普通の人形と変わりない作りだと分かる。外側は布でできており、中には綿が詰められている。

普通の人形と違うところは、大きさと動くこと。

 普通の人形は燃えやすいからこれも燃えやすいと思うのだが、あいにく今、火を起こせるものは持っていない。


・・・・・・どうしようか。

こいつを陰に見張らせて、一度部屋に戻るか。

しかし、それは間抜けだ。部屋に戻っている間に陰を破られるかもしれないし。

ここの結界を破ったのなら、それは十分に考えられる。



 月詠荘の外で、主と誰かと、この人形と同じような気配がある。


はやく冰津千は阿修羅のもとに行きたいのだが、先に足の下にあるモノをどうにかしなくてはいけない。


この人形のエネルギー源は何だろうか。たとえ、これを操っている者がいても、術者のエネルギーが送られてくる核があるはずだ。

軽く破壊しようとしても、簡単に壊れることができないモノが核。

この人形にもそれがあるのでは、と思うのだが、こんな大きいとなるとそれを探すのは面倒だ。

何かいい案はないだろうか。


 冰津千がそう考えている間にも、足の下の人形は、影から逃れようと必死に暴れる。


ああそうか。影に喰わせればいいのか。


 そう考えるのと実行するのは同時で、冰津千は考えて動くタイプより、考える前に動くタイプに近いかもしれない、ということが分かる。

 大きな人形が、影の中に沈んでいく。

傍から見れば、地面に埋まっていっているように見えなくもない。

人形は、引きずりこまれまいと必死に抵抗していたが、影の手がしっかりと人形の体を掴んでいた。


主は怪我をしていないだろうか。


 影に喰われている人形の方を向いていたが、体の向きを変え、阿修羅の方に向かいだす。



「あれ、冰津千。もう、終わったのか?」



そういえばいたな。


 若干存在を忘れていた二人が来た。


この二人はわざわざ、武器を取りに部屋に戻っていたのか・・・・・・。

ということは、この二人はあの視線に気がついていなかったということか。

気配に鈍いんだな。


主は今、あの視線を送ってきた奴のところにいる。

何故自分はこっちに来たのか、深くは考えなかったのだが。何故自分は主を置いて、囮のほうに来たのだろうか。

自分でも分からない。


 今更のように、自分のとった行動に謎を持つ。

本人は気づいていないが、おそらく、自分がいなくても月詠荘の人達が阿修羅を守ってくれる、と思ったのではないだろうか。

冰津千は、少しずつ月詠荘の人たちを信頼してきている。


この人たちは阿修羅を守ってくれる存在だと。




「他の3人がどこに行ったのか分かるか?」



「武器を取りに行っている間にいなくなったんだ。」カルマの後ろで、出が頭をかきながら言う。

 気配を感知することが不得意な二人は、力が抑えられているのもあって、3人の所まで行くのは難しいのだ。苦手なものが一緒なのは仲良く見えて微笑ましいのだが、気配を読むことが下手な、戦闘において最も大切なものが欠けている二人が、一緒にいることはどうかと思う。

今まで“勘”というもので動いてきたのだから今回もそうしたら良いのだが、三人よりも冰津千のほうが場所的に近かったのだろう。彼が気配を読むことが得意だと二人は分かっているので、聞くほうが早いと考えた。あと“勘”で、今阿修羅のところにいる敵は面倒くさい相手ではあるが、阿修羅を傷つけられるような敵ではない、と感じとったから。

 冰津千は、阿修羅のいるほうを無言で指差す。



「よし、出。どっちが先に着くか勝負な!!」



 そう言うのと同時に、カルマは走り出す。こうされては、出には“yes”としか言えないのだ。まあ、言ったところで、言うべき相手はもう走り出しているのだが。

苦笑いを浮かべ、軽く頭をかいてから、カルマの後を追うべく、走り出した。

 そんな二人の後ろ姿を見て、ため息を吐いた。



「あいつら、不安だ。」


読んでいただきありがとうございます。

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