14・侵入
「おつかれさま、三人とも!!」
二人を家まで送り、月詠荘に戻ってくると、三人が出迎えてくれた。
たいそうなお迎えだが、どうしたのだろうか。
でも、帰って来た時に出迎えてくれるのは嬉しい。
「疲れただろ!ごはん、用意してるぞ!!」
やけにテンションの高いカルマに腕を引っ張られ、おそらく食堂に連れて行かれる。
返って来たばかりなのだから、そんなに急がなくても。
私たちの後ろから、臨野と出が何やら言い合いながらついてくる。
あれ、冰津千と夏維がついてきていないような。
まあ、いっか。
「冰津千さん、阿修羅ちゃんに何を隠しているのですか。」
夏維は4人が月詠荘に入っていった後、冰津千がその後に続くように月詠荘に入ろうとしている後ろから言った。疑問系ではなく、何かを隠していることは絶対とでも言うように。
「私は、あまり戦闘能力が高くはありませんが、人の心の動きを敏感に感じ取ることに対しては、ここでは一番だと自負しています。・・・おそらく阿修羅ちゃんは回りの空気に敏感です。そして、あなたはその上をいっていると思うのです。だから、阿修羅ちゃんが不思議に思ったことにあなたが気づいていない訳がない。」
阿修羅が祭に会ったときのことを言っているのだ。あのとき、夏維は先に月詠荘に入っていて、その会話は聞いていないはずなのに。
どうしてそれを知っているのか。
それは簡単だ。祭と話しているときなどに、阿修羅が懐かしいと感じていて、それを夏維が感じ取っただけにすぎない。
知り合いならば、祭や阿修羅、二人ともあんなに余所余所しい態度は取らないはずだ。
阿修羅は、祭のことを懐かしく感じている。だが、彼女を知らない。そんな戸惑いの色が感じられた。
そんな不思議なことがあるのか。誰かに似ていて、その人が懐かしく感じられた、ということはあるかも知れないが、夏維には、どうして祭が懐かしく感じられるのか分らないというように感じられた。
冰津千は知っているはずなのだ。ずっと阿修羅のそばにいた彼は、何故、阿修羅が祭を懐かしいと感じたのかを。
おそらく、阿修羅は感じたことを冰津千に言ったはずだ。だけど、戸惑いを感じているのなら、答えは返ってこなかったのだろう。
夏維は冰津千から目をそらさない。
冰津千も目をそらさない。
「・・・・・貴様には関係ない。だが、忠告はしておく。あまり主のことに首は突っ込むな。帰れなくなるぞ。」
その言葉にどのような意味が込められているのか分らない。ただ、殺されると思えるほど強い威圧感を放たれたのは確かだ。
どこに、帰れなくなるのですか?
とは聞かない。その“帰れなくなる”にはたくさんの意味が込められていることは、分っているからだ。
月詠荘に帰れなくなる、いままでのような生活が出来なくなる・・・・・・・・・・。
他にもいろいろあるだろうが、己の身が危なくなる、と言っているのだ。
なんて不器用な人なんだろう。と夏維は思った。
その言葉は阿修羅のためでなく、もちろん冰津千のためではなく、夏維のために言ったものだ。
普段は阿修羅のことにしか気が回っていないように思えるが、ちゃんと回りの人のことも考えている。本当に阿修羅のことしか考えていないのならば、今回忠告などせず、ただ突き放すだけだっただろう。
不器用で優しい人だ。
冰津千は、それ以降何も言わず、阿修羅の後を追うように月詠荘の中に入っていった。
言いたいことは言ったのだろう。
夏維の方を見向きもしなかった。
夏維はため息を吐く。
威圧感に解放された安心と、彼が知っていることを阿修羅に知らせないことで、これから何が起こるのか分からない不安で。
「あなたは、どうして泣いているんですか?」
感じた。夏維は彼の心の中を。
自分の主に、何かを隠し通さなければいけない苦痛を。
そんなに苦痛ならば、言ってしまえばいいじゃないか。
そう思う。だけどそうしないのは、それを言ってしまうと、阿修羅が苦痛を味わうからだろう。
本当に優しい人だ。
「今まで、なんとなくで皆交代して料理を作っていたが、ちゃんと料理当番表を書いたぞ!」
なにやら、グチャグチャと書かれた紙を私たちの前に出してくる。
カルマの言うとおり当番表らしいのだが、全くもって読むというか、見ることができない。
「ホットチョコレート飲んだ後から、ずっと考えていたんだからな!!」
自信満々に胸を張って言うが、これははっきり言っていいものだろうか。
阿修羅は迷うが、本当に一生懸命に考え、書いたのだろう。結局言わないことにした。
そして必死に眺め、読み取ろうとする。
そんな心優しい阿修羅に密かに隣の冰津千は、さすが我が主、と思っていたらしい。
「大丈夫だ。ちゃんとしたやつは、キッチンに貼ってあるから。」
カルマの字が読めないことが分っている出は、必死に読み取ろうとしている阿修羅に笑顔で言った。
「何だと!オイラの字が読めないっていうのか!!」
カルマが出に飛び掛るが、それは本気ではなく、ただのじゃれ合いだと分っているので、皆それを微笑ましく見るだけで、誰も止めようとはしない。
約一名、料理に埃が散る、と迷惑そうに見ていたが。
こんな楽しい時間、ずっと続いてほしい。
だけど、そう簡単にこんな時間が私にずっと続くわけがない。
阿修羅はうらやましそうに、それを見ていた。
言い合える友達、人など居らず、ふざけあえる者もいない。
いるのは、己に忠実な悪魔だけ。それも、真面目な。
そばに誰かいるだけ、そばに誰もいない人よりいいのかもしれない。
だけど、目の前で起こっているようなことが、気軽にし合えるような者が、阿修羅は欲しいのだ。
願っても手に入らないようなモノだけども。
「・・・・・・いただきます。」
俺は腹が減ってるんだ、お前らに付き合っている暇はない。
とでも言うように、臨野は二人のじゃれ合いを見終えることなく、我慢せずといった様子で、目の前に並べられている料理に口をつけた。
彼の横の夏維がクスと、その様子に笑い、同じく料理に口をつけ始めた。
これはもう二人を放っておいて食べていいものなのか、と阿修羅も二人に習い、料理に口をつける。冰津千もそれを見て、食べだす。
それに気づいたのか、二人は慌てて席に戻り、食べ始める。
こんな当たり前のような時間は阿修羅にとって、うらやましい時間だったはずなのに、段々その気持ちは薄れてきている。
もう、もとからこんな生活をしていたというように、慣れてしまったのだ。
でも、忘れてはいけない。
“歌姫”は神に見放されているということを。
“歌姫”が、普通に生活して老いて死んだ、という話など聞いたことがない。
力を狙う者たちに襲われ、命を落とした者、逃げ出せた者、捕まった者。
自分の社を、出ることなく、子も生むこともなく死んで行った者。
これらを聞いて、その人生を歩んだ者が幸せだと言えようか。
“歌姫”は一代に、一人しかいない。
だから、“歌姫”をこの世に残していくためには、その一人が死ぬ前に、“歌姫”に相応しいと思った赤子に力を与える。
どうして、“歌姫”を絶やしてならぬのかは知らない。
それを教えてもらう前に、それを知っているものは、全て死んでしまったのだから。
阿修羅は、理由が知りたい。だけど、知る者がいない。
本当は理由を探しに行きたいのだが、ここから離れ辛くなった。
楽しいということを知ってしまったのだ。
本来ならば、感じてはならない物を感じてしまっている。
自分では感じては駄目だ、と分っているのに、止まらない。
冰津千は主がそう思っているのは、気づいている。
では、何故とめないのか。
それは、主の幸せが一番だからだ。
“歌姫”の幸せは長くは続かない、と分っているからこそ、その時間が長く続くように、巧く立ち回っているのだ。
阿修羅は冰津千のやっていることに気づいてはいないが、彼は彼女が幸せであれば、それでいいのだ。
「うふふふふふふふ。幸せ真っ只中の歌姫ちゃん♪私たちと一緒に来てもらうわよ。」
月詠荘の外の木に一人の女。ゴスロリ女は、スコープで食堂にいる阿修羅を見ていた。
普通は、壁から部屋の中など見えるはずがないのに。
指を鳴らすと、女の後ろに大きな影が出来る。
「ガブちゃん、阿修羅ちゃんを無傷で捕ってこーーーい!!」
まるで阿修羅を物のように言い、大きな影のもとを動かす。
その大きな影のもとは、月詠荘に向かって歩き、月詠荘にかかっている結界を力ずくでこじ開けた。
月詠荘にかかっている結界は簡単に壊れたりするものではないが、それをやってのけたということは、こじ開けたモノは弱くはないということ。
女はおもしろそうに、それを見ていた。
不意に冰津千の箸が止まる。
阿修羅は分っているのかそれを鋭い目で見ただけで、箸は止めない。
「行ってこい。」
その一言で、冰津千は阿修羅に頭を下げ、一瞬で消える。
まったく、めんどくさい。
阿修羅は、敵の位置を確認し、立ち上がる。
あとの4人は、敵の気配に気づいていないようで、立ち上がった阿修羅を不思議そうに見る。いや、夏維は気づいたようで、さりげなく臨野を後ろにかばった。
「敵だ。侵入してきている。」
それを言ったはいいが、無闇に動けない。やはり、先ほどから見られている。
私を見ているのは、侵入してきたものとは違うらしい。
侵入してきたものより小さい。まあ、侵入してきたものが大きすぎるのだが。
そいつは、月詠荘の中に入ってきていない。
「・・・・・何が目的なのか知らないが、ここに来たことを後悔させてやる!」
侵入してきて気配に気づいたカルマが、凄まじい勢いで、おそらく自分の部屋に走っていった。その後ろを出が追いかけた。
・・・・二人は、こちらを見ている気配に気がついていないようだ。
気づいていてあんな行動をとったのなら、よほど肝が据わっている。
食堂に残された阿修羅を含めて3人は、気配に気づいているからか、動き出そうとはしない。
「阿修羅ちゃん、どうします?」
狙いは阿修羅だ、と分っている夏維はあえてそう聞いた。
しかし、阿修羅はある一点を見つめたままで、返事をしなかった。
まるで、みつけた獲物を逃さないとでも言うように。
どうやら、こちらを見ている敵の場所が分ったようだ。
「・・・・・私は誘われているようだから、行ってくる。」
危機感がないように、ゆっくりと歩き出す。
「でも、阿修羅ちゃんだけでは危険です。私たちも行きます!!」
夏維が臨野の腕を引っ張り、付いて来た。