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歌姫  作者: 橿倪・クレナイ
第二章 魔商売
14/52

11・依頼



「明日、彼女はもう一度来てくれる。おそらく、問題の友達も連れてな。今回、お前らは見学だから、よく見ておくんだぞ。」



会議室らしいところに戻ると、カルマは何かを飲みながら、私たちに言った。

甘い匂いがするが、何の匂いだろうか。



「なんか、後輩が出来たみたいで嬉しいです。今までは、私が説明や見本をすることがなかったので。人に教えるのは、なんだか楽しいです。」



臨野の横に座り、同じく、甘い匂いを漂わせたものを飲んでいる。

やけにキラキラした笑顔で夏維がいうものだから、カルマたちは微笑ましげに見ていた。

ということは、この中で(私と冰津千を除けて)、一番最後に月詠荘に入ったのは夏維ということか。それにしては、しっかりしている。人に何かを教えることが、彼女に合っているのかもしれない。



「ほい。」


「・・・・ありがとう。」



出が私たちの前に、甘い香りのする飲み物を置いた。おそらく、彼女たちが飲んでいるものと一緒なものだろう。

しかし、これは何という飲み物なのだろう。茶色で、ものすごく甘い匂いがする。

初めて見るので、躊躇しながらもおそるおそる口に運んだ。

少し、熱いかもしれない。

あまりにもおいしくて、熱さなんか忘れて飲む。

おいしい。何ていうんだろう。この飲み物は。



「ごちそうさま。」



今度、冰津千に作ってもらおう。

おいしい。



「明日、ほんとにちゃんと見ておけよ。」



カルマが含み笑いを浮かべながら、私の隣を通って部屋をでていく。

笑みの中に何が含まれていたのかは分からなかったが、悪いものではなかった。と思う。

カルマのコップは、机の上に置きっぱなしにされていて、「自分が使ったものくらい、自分で片付けろよ。」と出がブツブツ言いながら、そのコップを持って、部屋を出て行った。

「おかわりいかがですか?」と、夏維が聞いてきて、その言葉に甘えてもう一杯貰うことにした。横を見ると、冰津千が、いつもと変わりない顔(無表情)で飲んでいた。いや、少し嫌そうな顔をしていた。

・・・・・そういや、甘いものは嫌いだったな。








「こんにちは。」



次の日、祭という女性が来た。出来るだけ、明るく笑顔で挨拶したつもりなのだが、彼女は、軽い会釈しかしてくれなかった。

やっぱり、まだ笑顔が引きつっていたのだろうか。もっと練習しないといけないな。



「すみませんが、今回、この二人が仕事を見学させていただきます。入ったばかりなので、今後の参考に、と。」



すみませんね、なんか。本当にすみません。

お邪魔でしょうが、私たちのことは、空気と思ってくださればけっこうです。

心の中で、つぶやいた。

向こうの祭という女性も、やはり心なしかこちらを観察するように見てくる。

そういう目を向けられるのは別にかまわないが、少しソワソワする。

本当は、私たちは空気だと思ってください。そして、こちらを見ないでください。

この言葉も声に出せるはずがなく、心の中でつぶやいた。



「私の友達は香奈穂といいます。今、部屋で閉じこもっているらしいので、ついて来てください。」



祭は夏維に視線を戻し、そう言って背を向けて歩きだした。

夏維の後ろに私たちも続く。

閉じこもっているって・・・。どんな状況なのだろうか。

初めて人に憑いた悪魔を見るので、緊張と楽しみな気持ちが混ざってゴチャゴチャになる。

不安もあるかもしれない。

何に対する不安か、定かではないけど、何だか違和感を感じる。不安を感じる。

どうやら、香奈穂という女性の(名前からして女性だと思う。男性かもしれないけど。)家はここから近いらしく、すぐに足が止まった。

祭はポケットから鍵を取り出し、目の前の、家の扉を開けた。

何の音もしない。誰もいないようだ。それでも、祭は家に入っていく。

「お邪魔します。」小さくそうつぶやき、夏維が入っていったので、それに習い、私も小さく「お邪魔します。」とつぶやき、入る。冰津千は無言で入った。

人の家なのだから、何か言って入るものだろうのに。

シ・・・・・ン・・・・・・・・・

としていて、本当に人がいるのだろうか。私たちが歩く音だけが私には聞こえる。

私にはここには誰もいないように感じられた。

階段を上がる。

ミシッ・・・・・・・ミシッ・・・・

小さく木の軋む音だけが聞こえる。

何だか怖い。家の中だからかどうか分からないけど、風がないし、風の音もしない。

この次元で、今までこんなに無音のところに来た事がない。

創造されて創られた空間などのようだ。まるで、この次元のものじゃないみたい。

怖い。



「香奈穂?祭だけど、入るね。」



祭は一つの部屋の前で止まり、ドアを開けた。

この中に悪魔がいると思うと緊張する。



「香奈穂?あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこ?」



だけど、扉の先には何も、誰もいなかった。

でも、いままで通ってきたところと一つだけ違うところがあった。

心地よい風が顔に当たる。カーテンがサラサラとゆれ、涼しそうだ。

そう、窓が開いていた。

それに気がついた祭が、急いで窓から顔を出した。

後に続き、私も下を見たが、逃げ出してからしばらくたっているのか、誰も見えなかった。

植木の上に落ちたらしく、割れた植木が何個か転がっていた。

怪我はしていないのだろうか。部屋の中にいたのだからきっと裸足なはずだ。

裸足で植木の上に落ちたとしたら・・・・・・・・・・。

怪我がないはずがない。



「血の匂いがします。」



やはり怪我をしたのか、冰津千が私の耳元でボソッと言った。

よく見ると、地面にしみがあるように見える。

それを言おうと夏維を見ると、いつもニコニコしている笑顔がなかった。

何だか様子が違う。いつもよりトゲトゲしている空気を纏っている。

こんな夏維を見たことがない。別人みたい。

薄く笑っているように見えた。



「・・・・・・夏維?」


「どうかしましたか?」



話しかけたときには、いつもの夏維に戻っていた。

ほっとする。あのままだと、私が殺されそうな感じがした。



「私、香奈穂が行きそうなところを知っています。行きましょう!!」



祭が、慌てて下に下りていく。

悪魔に憑かれている人はどんなのかは知らないけど、閉じ込めていたということは、人に会えるような状態ではないということだろう。

もっと私たちは焦るべきなのだ。のんびりと夏維を見ている暇じゃない。

私たちは今日見学ということを忘れて、急いで祭の後を追いかける。

依頼してきた祭が焦っているのだから、こちらも真剣にならなければならない。

まだ、仕事をしたことはないけど、そう思った。

後ろに冰津千が付いてきている事から、少し落ち着くことができる。

焦ってはいけない。焦ったら何も出来なくなるんだ。

家を出た。








「・・・・・あれ?皆はどこに行ったのでしょう?」



はっとする。

長い間意識がなかったように感じられた。阿修羅ちゃんが私の名を呼んだような気がするが・・・・・。

それにしても皆どこに行ったのだろうか。

たしか、祭さんにこの部屋につれて来てもらって、窓が開いていることに気づいた。

外から薄っすらと血の匂いがして・・・・・。

ああ、そっか。また私は血に惑わされていた。血が私を操っていた。

血なんて嫌いだ。

窓から、ほのかに血が香る地面を見つめる。

よく見ると、地面にしみがあるように見えた。



「・・・・・血なんて嫌いだ・・・・・。」








「なんだここ・・・。」



祭の後をついていくと、大きな建物の前に着いた。門があって、何人かの人が出入りしている。どこだろうここは。

出入りする人たちに好奇な目で見られるが、気にならないほど、この場所のことが気になっていた。

祭は門の辺りで、周りをキョロキョロと見渡した後、何かを見つけたのか、門の中に走って入っていった。これって、私たちも入っていいものなのだろうか。

分からないから、その場に踏みとどまる。

きっと、祭はここに戻ってきてくれるだろう。戻ってきてくれることを望む。

呆然と立ちすくむように門の前で立っている私は、出入りする人たちや車にとって邪魔ならしく、怪訝な顔で見られた。おそらく、理由はそれだけではないのだろうが、私たちは脇によった。

目の前を通っていく人たちを見ていると、大きなことに気がついた。

ここでは、私のような服を着ている人がいない。皆、洋服を着ている。

いまさらながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恥ずかしい。

私が好奇の目で見られていたのは、これが理由か・・・・・。

今更恥ずかしくなってきて、赤くなった顔を隠すように下を向く。

でも、皆は露出が多いと思う。あんなに胸元を開いて、恥ずかしくないのだろうか。

自分は肩や太ももをだしているというのに、それを忘れて、他の人の服を見て恥ずかしくなる。ここにカルマがいたならば、「お前も十分露出してるぞ。」と突っ込まれそうだ。



「主。」



恥ずかしさで死ねそうなとき、冰津千に呼ばれ、ハッと顔を上げる。

そこに暴れる誰かを引きずってやって来る祭が見えた。口論をしているようだ。

何を言っているのかは分からないが、激しい口論なのは分かった。

・・・・・・・そういや、勢いあまって行動したのはいいが、私たち、今日は見学だった。

今になって思い出した。

どうしよう。夏維は置いてきてしまったし、このままいくと私たちが倒さないといけないことになりそうだ。悪魔の倒し方なんて知らないぞ。

ああ、馬鹿な私を呪いたい。

夏維が移動した私たちを見つけ、私たちの前に引きずっていた誰かを押し出す。

・・・・・・彼女が香奈穂か?

血の匂いがすごくする。目の下はすごい隈で、唇が荒れている。

悪魔に取り付かれると、こうなってしまうのか?見た目的には、ただの寝不足の人だ。

香奈穂は、私たちと目が合うと、ニタリと笑った。

思わず、鳥肌がたってしまった。なんだか、“歌姫”の力が奪われて、おぞましい奴が産まれてきていたのを思い出されるような笑みだ。

思わず、体が固まってしまった。



「・・・・・夏維さんは?」



祭が今気づいたらしく、私たちの後ろを見る。どうやら、だいぶ向こうまでいなかったらしく、落胆したような表情が読み取れた。

それはそうだろう。逃げ出したのを捕まえたのに、いるのは悪魔を倒したことがない素人だけだ。それに、夏維が自分のスピードについて来れなかったせいもあるのだろう。

期待して損した、みたいな。


ドンッ


「えっ?」



いきなり来た衝撃に耐え切れず、後ろにいた冰津千に、もたれ掛かる姿勢になる。

前を見直したとき、何が起こったのか分かった。

突き飛ばされたのだ。香奈穂に。

香奈穂は祭の手から逃れ、前にいた邪魔な私を突き飛ばすことで、逃げたのだ。

いち早く今起こったことを理解した祭は私よりも早く、香奈穂を追いかけていった。

私たちも追いかけなくては。

走り出したとき、思った。

私たちが追いかけていても夏維がいなければ意味がないのでは、と。もし捕まえたとしても、夏維が来るまで待たなくてはならない。

それに、夏維は私たちが行くところが分かるのか。


心配だ。











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