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歌姫  作者: 橿倪・クレナイ
第一章 月詠荘
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08・歌姫


「何なんだ、こいつら。」



カルマは一番最初に着き、扉を開けた瞬間、愕然とした。

あの美しい聖地全体に蜘蛛の巣が張られ、明るい光がさえぎられていた。

大樹の下にスーツを着ている人、その周りにゾンビのような姿をした人達が徘徊している。



「一足お先に。歌姫の力、おいしくいただいております。」



スーツの人はカルマに振り返り、言った。

こいつは、夏維を気絶させた奴なのだが、そんなことカルマが知るわけがない。

遅れて入ってきた出は、カルマの後ろから覗き込み、言葉を詰まらせる。

その後ろからやって来た臨野は感情をあらわにし、空気を震わせる。



「今ここに居るのは、あなた方だけでしたね。ようこそ、私の領域に。私、和と申します。」



スーツの人は深々と礼をする。どうやら、女性らしい。

それと同時に、蜘蛛の巣の真ん中、大樹のあたりがドクドクと脈打ちはじめる。



「あなた方は指をくわえて見ているがいい。歌姫の力で悪魔が生まれるのを。」



ニコリ

人のよさそうな笑みを浮かべ、愛しそうにその中心部をなでる。



「ふざけるな!」


「邪魔はさせませんよ。」



臨野は飛び掛っていくが、周りの人たちにふせがれる。

どうやら和が操っているらしく、指をなめらかに動かし、周りの人たちを動かす。

臨野やカルマ、出は取り押さえられる。



「いくら能力者といえども、ここに住む上で、この核がなくなるとただの人です。」



三人は張り付いてきた人たちをはがすのに、精一杯である。

彼らの力の核はこの場所であり、あの中心に立つ大樹だ。だが今、大樹の力を吸い取られていっているため、思うように力が出ない。

歌姫の力が取られることは、ここに住んでいる能力者の力が取られることと同じなのだ。



「そうそう、オレンジ色の髪のお方は、違う空間で寝ていてもらっています。まあ、あなた方のおかげで私たちはここに入れ、あの方は違う空間に行くことになったのですよ。」



暗に、あなたたちが門を閉めていれば、あの方は違う空間に行くことはなかったんですよ。と言う。

そう言われて三人はハッと思い出す。自分たちの住むここ、月詠荘を守っている魔法のことを。

三人とも門を閉めるのを忘れていたのだ。

阿修羅のところへ行くときも、戻ってくるときも。



「私たちの主はとても美しく、お強いお方なのです。今回、あなた方が門を閉めるのを忘れることを分かっておいででしたよ。」



かすかに頬を染め、遠くを見る。

和は、あのお方のためならば命を捨てることも容易い。



「無駄なことはやめておいたほうがいいですよ。その人たちは私に操られているただの一般人なのですから。」



和がせせら笑う。

月詠荘の人たちは絶対に一般人を傷つけるようなことはしないことを知ってかは知らないが、なんともゲスいやり方だ。

いや、歌姫の力をねらう奴に常識が通じるわけがないのだ。

歌姫の力を手に入れるためには何だってする。そういう奴らばっかりだ。

臨野は悔しくて、唇を噛む。

・・・・・こんな時、主達がいれば・・・・。

そんな考えが頭をよぎったが、ここに居ない人に頼っても仕方がない。

ここは自分たちでどうにかしなければならないのだ。


ドクンッ・・ドクンッ・・


大きく大きく、蜘蛛の巣の中心が脈打つ。



「ふふ・・・・。もうすぐ生まれます。よかったですね、あなた達。この子の生まれる姿を見られるなんて。」



うっとりしたような顔で中心部をなでる。

先程より中心部の何かが大きくなっているように見えるのだが、気のせいではないだろう。

ほとんどさえぎられていた光は、さらにさえぎられ、ほとんど真っ暗な状態に。

青々と茂っていた木や草花は段々と元気がなくなっていく。

中心部は段々大きくなっていき、隣に立っている和とたいして変わらないくらいになった。



「新しい歌姫の完成です。この方は私たちに大いなる力を与えてくれることでしょう。」



新しい歌姫!?

この世に二人も同時に歌姫が存在することは、ありえることなのか!?

もし、それがありえるのなら、世界を壊す事だって可能になる。


ピキッ・・ピキキキッ


中心部が割れた。そんな音を立ててゆっくりと。

何なのか分からない液体がドロドロと流れていく。

ゆっくりとゆっくりと、まるで目が離せなくなっていく。



「阿修羅?」



阿修羅がいた。・・・いや、違う。

阿修羅はもう少し大きかったはずだ。

それにしても似すぎている。いや、似すぎているという言葉では現すことが出来ない。

これは“阿修羅”なのだ。

生まれたばかりの阿修羅は、この地に足を下ろす。

今までかろうじて生きていた草花が、段々と枯れて灰となった。



「あなたが本物の“歌姫”。・・・・阿修羅になるのです!」



和はそう、阿修羅に言った。

しかし、その瞬間ありえないことが起こったのだ。

阿修羅は和のおかげでこの世に生まれてきたと言っても過言ではないのに、あろうことかその親を殴り飛ばしたのだ。

皆、和も含めて何が起こったのか分からない中、さらに阿修羅は殴り飛ばされた和に近づく。そして髪を掴んで、和の体を持ち上げ、自分が入っていた中心部に投げ込む。

まるで棒のような細い腕のどこに、そんな力があるのか。



「えっ・・えあああ・・・・ぁあああああああああああああああああ」



和は我に返り、中心部から出ようとするが、奥に奥にと引きずりこまれていく。

グチュッ・・・・ゴリッ・・・・・ゴリゴリッ・・・・・

肉と骨を噛み砕く音を立てながら。

声を上げながら、助けを求めるようにかろうじて引きずり込まれてなかった左手を伸ばす。

・・・・・だが、その手は何も掴むことなく、喰われた。

阿修羅はそれを無言で見つめている。

全て喰われた後も。



「阿修羅・・・・・?」



再びカルマが呼ぶと、ゆっくりと三人に向く。

三人は、和が食われたせいか、誰にもおさえられていない。おさえていた人たちは灰となって消えたのだ。

振り向いた阿修羅の顔は、泣きそうで悲しそうな顔。

そして、唇を動かし、何かを懸命に伝えようとしている。

だが、言葉が三人に届くことはない。

口元から読み取ろうとしても、霧がかったようによく見えない

彼女は三人に何かを伝えることをあきらめ、泣きそうな顔で微笑む。

そんな彼女にカルマが手を伸ばしかけたとき、彼女が何かにとらわれた。

茨だ。見ると、中心部から出て、この地“聖地”に根を張る。

奥がまた、膨らんできた。

あれから阿修羅が生まれたのに、次は何を生み出すというのだ。



「なんなんだよ、あれは!!」



臨野が中心部に駆け寄っていこうとするが、何かに阻まれた。

見えない壁に当たり、吹き飛ばされるのだ。

臨野は何度も何度も駆け寄っていこうとするが、吹き飛ばされる。

それでも、あきらめない。



「やめて。」



阿修羅によく似た声が聞こえた。

阿修羅がそう言ったのだ。その顔を見ることは出来なかったが、声が震えているのは分かった。

そうしている間にもどんどん中心部が膨らんでいく。



「すぐ、逃げるの。」



阿修羅は茨によって、中心部に引き寄せられる。

今度は阿修羅さえも引きずり込むと言うのだろうか。



「大丈夫。もう少しで来るから。」



何が?とは聞けなかった。

その前に雄叫びが、おぞましい鳴き声がこの空間を支配する。



「アグァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」



中心部から真っ黒の液体が流れ出、ひびの入ったところから漏れてくる。

次に出てくるのは人の形をしているものなのだろうか、それとも、まったくかけ離れたものなのだろうか。

皆の緊張の中、ミシッ・・・・ミシッと音を立て、露わになる。

その姿はかろうじて女性の姿をしているが、肌は真っ黒で目は完全に開ききり白目、そして背中からは大きな翼がはえていた。


ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


まるでこの世に生まれたことが嬉しくて仕方がないとでも言うように。

茨は動く動く動く動く動く。

意思を持っているように動く。

そして阿修羅はその女らしきものに差し出された。

やめろと叫びたいのに恐ろしくて声が出ない。

女らしきものはニヤリと笑い、阿修羅に噛み付いた。噛み付く瞬間、まるで口さけ女のとうに口が大きくなり、阿修羅の首筋に噛み付いたのだ。

阿修羅は声を上げない。

本当は泣き叫びたい。だけど、それはしない。

女らしきものはそんな阿修羅をジッと見る。

その目は悪知恵を働かそうとするようで、よからぬことを考えているように見える。

三人はどうにかして阿修羅を助け出したいところだが、能力はセーブしているだけ全て吸い取られたので、これ以上使うことは危ない。自分たちも、歌姫も、この場所も。

武器も皆、今は部屋にある。

それは当たり前だ。阿修羅たちを送るのに武器は必要か。いや、必要ではない。

無力だ。

この言葉を三人は奥歯でかみ締める。

いくら能力を持っていても、強靭並の運動能力を持っていても、必要なときに力が発揮できないのならば、それらは無意味だ。


ゴリュッ・・・グチュッ・・・


骨に到達したような音がした。

それでも阿修羅は声を上げない。声を上げる代わりに歌を歌い始めた。

歌詞はうまく聞き取れることが出来ないが、再びこの地に緑が戻ってき始める。

そして女らしきものは、ようやく口を離し、対抗するように歌いだす。

同じく歌詞は聞き取ることが出来ないが、阿修羅に反する力が込められていることが分かった。

二つの歌はぶつかり合い、相殺しあう。

五分五分らしく、お互いにお互いを傷つけることができていない。

女らしきものは、これでは埒が明かないと分かったのか、三人のほうに向かって歌い始めた。

阿修羅はそれに気がつき、その歌を止めようとするが、間に合わなかった。


頭がガンガンする。割れそうなほど、ガンガンする。

吐きそう・・・・・・・。


阿修羅の歌が変わり、三人は不快な気分がなくなる。その歌は、とても優しく、何かで包んでくれるよう。

しかし、女らしきものは、それをねらっていたのか阿修羅を刺す。

歌は止まることはない。

何度も何度も刺されても、止まることはない。



「阿修羅!!」



カルマや出が呼ぶが、聞こえていないかのように、聞こえていないのかもしれないが、歌い続ける。


グシュッ


今までで、一番深く刺された。

血が飛び散っていく。離れているカルマたちのところまでにも。

それでも歌は止まらない。

歌が聞こえる。ずっと聞こえ続け、歌が近づいてくる。

この場所に段々と響いていく。



目を開けてられないほどの光がこの場所を覆った



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