明けない夜
永遠が欲しかった。ずっと一緒にいたかった。夜が明けないことを、ただひたすら祈り続けた。
水平線の向こうから朝日が顔を出し、なずなの柔らかな手をぎゅっと握る。私たちは廃ビルの屋上に膝を抱えて座っていた。吐く息は白く、身体が震える。
「いつまで……かな」
私はぽつりと呟いた。
「ずっとだよ。ずっと」
朝日を見上げたままなずなが言う。その言葉は残酷で、こんなのがずっと続くなんて耐えられそうになかった。
「ねえ、もうやめようよ。無理だよ」
「私はほのかとずっと一緒にいたいよ」
「でも……でも、これからどうするの?」
「不安?」
「勿論」
私は今にも泣きそうだった。
「じゃあ、残された道は死だけだね」
「――え?」
なずなは私を見た。綺麗な灰色の瞳。その顔は真剣で、冗談のようには見えない。
「だって、一緒にいたいって……」
「一緒だよ。死んだら永遠になるんだから」
「そんな……」
一番に抱いた感情は恐怖だった。死がどんなものか分からない。あの世なんてものはあるのだろうか。知る術は、実際に死んでみるしかない。
「あの日の話。最初は殺すつもりなんてなかった。でも、桜井さん、死んじゃった。死ぬ間際に見せた顔がとても哀しそうで、儚くて、美しかった」
約一ヶ月前、たまたま通りかかった学校の空き教室で血に塗れたなずなを見かけた。倒れているのはクラスメイトの桜井さん。彼女は少し笑って言った。「人、殺しちゃった」と。なずなは一緒に逃げてほしいと言った。私は了承した。一番の親友と離れるのが怖かったというのもあるが、本当の理由はそれじゃない。
ラジオのニュースでは女子中学生が殺されたという事件が連日放送されていた。犯人はなずなだということはもう分かっているだろう。ただ、私たちはまだ十三歳だから、指名手配写真が出回ることがない。けれど警察に見つかったらアウト。今はこの廃ビルに潜んでいるが、いつ見つかるか分からない重圧に耐えるのは、もう限界だった。
「死んでも、親友だからね」
そう言ったなずなの手を離して、私は訊いた。
「……本当は、分かっているの?」
「何が?」
そう言いながらなずなは笑顔を見せた。クラスメイトを殺したときに見せた顔と重なる。多分、彼女は全てを知っている。だから、私が一緒に逃げるのを断れないと分かっていて、そして、今、殺そうとしているのだ。
「そうだよね……、なずなにはその権利があるよ」
私がそう言うと、なずなは上着のポケットから折り畳み式ナイフを取り出し、何故か私の手に握らせた。
「刺しな」
私は目を大きく見開いた。自分で刺せということか。
「私たち、親友でしょ」
その声は無機質だった。
「出来るよね?」
「……うん」
力なく頷くと、なずなは目をつむる。私も瞼を下ろした。お母さん、お父さん。ごめんね。そして、さようなら。息を大きく吸ったあと、震える手で胸に思いっきりナイフを突き刺した。激痛に声をあげ、その場に崩れ落ちた。でも、声をあげたのは私だけじゃなかった。
「ほのか!?」
目の前には顔を歪めたなずながいた。
「ほのか、どうして……」
「だって、刺してって……私を」
かろうじて声は出せる。
「違う、刺してほしいのは私だよ! 私が死ぬんだよ! 私が死ねば、ほのかはもう逃げなくて済む。私を忘れないでいてくれる。だって、私はほのかが大好きだから」
とんでもない意味の取り違えだったのか。
「でも……私が桜井さんに野山くんがなずなと付き合っていることを言わなければ……、なずながいじめに遭うことはなかった。そして桜井さんを殺してしまうこともなかった……。私のこと、憎いんじゃないの?」
ずっと負い目を感じていて、だから私は一緒に逃げようと言われたとき頷いたのだ。
「憎くないよ。大好きだもん」
なずなは携帯を取り出した。きっと、救急車を呼ぶつもりだろう。
「電話なんかしたら……警察に捕まっちゃう……」
しかしなずなは私の声を無視し、電話をかけた。
「もしもし。ごめんね、野山くん。さよなら」
……え?
「ごめんね、ほのか。警察に捕まったら私たちは離れ離れになる。だから、ずっと一緒にいる方法はこれしかないんだよ」
なずなは私の胸からナイフを抜いた。コンクリートの地面が一気に赤く染まる。痛みももうあまり感じなくなってきた。そして、なずなは自らの胸にナイフを突き刺した。じわりと血が滲む。なずなもまた倒れ伏した。カラスが鳴きながら頭上を通り過ぎた。カラスが鳴くと人が死ぬ、というジンクスが頭をよぎった。
「……あの世で、ずっと一緒にいようね」
そう言ってなずなは私の手を握る。私たちを待っているのは、きっと明けない夜だ。
最後まで読んで下さりありがとうございます。突発的に思い付いた、私の大好物、ヤンデレ小説です。実際、こういう展開になったらかなり精神的に追い詰められるんじゃないかなと思います。では、ありがとうございました!