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リコ&さとるシリーズ

足の向くまま、気の向くまま

作者: 深水晶

 私はフリーター。大学卒業後、就職した銀行を辞めてから、ずっとそうだ。土日祝日は働かない。平日の日中だけ、複数のバイトを入れて働いている。

 接客業は割と好きだ。でも単調だと飽きる。字を書かされるのは苦手だ。文字を読むのもあまり好きじゃない。休みの日には、家でゴロゴロするか、恋人とデートしたり、友達と遊んだり、買い物に行ったりしたい。

「ねぇ」

 私は同居人に声をかけた。

「何だ」

 彼は真面目くさった顔で短く答える。不機嫌なのではなく、こういう人なのだ。

 もう慣れた。でも、慣れるまでは、絶滅危惧種の珍獣のように、彼の生態、もとい反応が読めなかった。

 反応は読めるようになったのだが、相変わらず考えている事は読めない。

 以前尋ねたら『答えるのが面倒くさい』と言われたので、ムカついて家出した。友人の家で寛いでいたら彼から電話がかかってきて、『ところでいつ帰って来るんだ?』と聞かれた。本当ムカつく。

「明日、暇?」

 明日は日曜日。だけどワーカホリックの彼は、平気で土日祝日仕事する。いっそPCのデータ全部消してやろうかしらと時折思う。

「今のところは」

「じゃ、買い物に行こう」

「買い物? 何を買うんだ」

「植木鉢、またはプランター」

「プランター?」

 彼は怪訝な顔になった。

「何をする気なんだ」

「少なくとも死体を隠すためじゃないわよ」

「当たり前だ」

 渋面で言われる。冗談なのに。

「バイト先で、ハーブの種を貰ったから植えたいの。料理にも使えるしね」

 私がそう答えると、彼は納得顔で、

「まぁ、そんなところだと思った」

 と言った。

「どういう意味?」

「お前が観賞用の草花を植えて、世話しようとする筈がないからな」

「どういう意味よ」

「いつもそうだろ。お前は見た目や感性よりも、実利や機能性を重視するんだ。自分の労力に見合う報酬が欲しい」

「文句あるの?」

「いや、時折羨ましい」

 真顔で言われて、きょとんとした。

「悪いがもう出る。今日片付けないとまずいんだ」

「明日は本当に大丈夫なの?」

「問題ない。夕方までには戻る」

「弁当作ってないよ」

「構わない。じゃ、行って来る」

 立ち上がろうとした彼のネクタイを引いて、留まらせる。

「何だ?」

「ネクタイ曲がってる」

「……それはお前が今、乱暴に引っ張ったからだろう」

「黙ってて」

 そう言ってネクタイを弛める。彼は抵抗しない。呆れたように私を見ている。ネクタイを外し、ワイシャツのボタンを一番上から三つまで外す。

「おい、何をしてるんだ」

 鎖骨の辺りにぎゅっと唇を押し付けた。後には口紅と薄く欝血が残る。それから手早くボタンをはめて、ネクタイを締めた。

「……お前、な」

 彼は困ったような顔で私を見下ろす。

「行ってらっしゃい」

 言って、くるりと背を向けた。洗濯がまだ途中だったと思い出したから。

 急に背後から、抱きしめられた。

「どうしたの?」

 尋ねたら、彼は返事の代わりに私の顎を掴んでキスした。

「……何よ。出かけるんでしょ?」

「お前は本当、ヤな女だな」

 面と向かって、そういう事言う?

「お前といるとバカがうつる」

「じゃあ、離しなさいよ。忙しいんだから」

 そう言うと、彼はちらりと掛け時計に目をやり、小さくため息をつくと解放した。

「じゃあ、行って来る」

 不機嫌そうに言って、出て行った。

 私はそれを背中に聞きながら、洗濯機に歩み寄る。籠に洗い立ての洗濯物を放り込んで、ベランダに向かった。

 良い天気。今日はゴロゴロしようかと思ったけど、家の中にいるのは勿体無い。弁当作って、お出かけしよう。

 目的地は決めない。足の向くまま、気の向くまま、自由に歩きたいだけ歩いてみたい。

 結構良いプランな気がする。気が向いたら、昼頃にでも彼の会社のそばに行ってみようかな。確か、近くに公園があったと思うけど。

 洗濯物を折りたたみ、パンパンと叩いてから広げて干す。

 この叩く音が、乾いた洗濯物から香るお日様の匂いと同じくらい好きだ。

 お弁当は何にしよう。厚焼き玉子に、ウィンナーは必須。おむすびはおかかと梅。

 おかかと梅干しは実家から送られた自家製だ。梅干しは庭で取れたもので、おかかは土佐の鰹節を削って地元の醤油やみりんで軽く煮詰めたもの。

 そう言えばほうれん草を茹でて半端に残っているのがあるから、あれを炒めよう。エリンギかマッシュルームがあれば良かったけど、ないから椎茸と一緒に、バターで炒める。

 ポテトサラダを作って入れようかな。

 あと、冷凍したコロッケの残りも入れちゃえ。キャベツの千切りも入れようかな。

 じゃ、早速準備しよう。洗濯物を干し終えて台所へ行くと、携帯の着信ランプが光っていた。

 見たら、メールが一件。彼からだった。メールを開く。

『覚えてろよ』

 やはり、会社の近くに行くのはやめよう。しかし、なんで腹立ててるんだろう。良く判らない。まぁ、良いか。

 私は大きく伸びをした。



The End.


何となく勢いで。

初出。

好評だったらシリーズ化するかもです。

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