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生贄として追放されたオメガの王子、植物魔法で死の大地を蘇らせる〜不器用で優しい魔王様に拾われ極上の幸せを手に入れる〜  作者: 水凪しおん


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第8話「豊穣の影で崩れゆく祖国」

 発情の熱から完全に回復したダンテを待っていたのは、抜けるように青い空と、見渡す限りに広がる豊かな実りの光景だった。

 数日ぶりに外の空気を吸うために城の裏手へと足を運ぶと、そこにはかつての荒涼とした死の大地の面影は微塵も残っていなかった。

 ダンテの魔法とルグランのたゆまぬ努力によって蘇った土は、水分をたっぷりと含んでふかふかに柔らかくなっている。

 大人の背丈ほどにも成長した穀物は、重そうに黄金色の穂を垂らし、風が吹くたびに波のように美しく揺れていた。

 畑のあちこちでは、魔族たちが籠を背負い、楽しげな声を掛け合いながら野菜や果実の収穫に追われている。

 ダンテの姿を見つけた領民たちは、次々と手を止めて深く頭を下げ、その顔には心からの敬愛の笑みが浮かんでいた。

 ダンテもまた、彼らに向かって穏やかな笑みを返し、ゆっくりと畑のあぜ道を歩いていく。

 足元の土を踏みしめるたびに、柔らかな感触と生命の匂いが立ち上ってくる。

 蔓に実った真っ赤な果実に手を伸ばすと、張り詰めた皮の表面から太陽の温かな熱が伝わってきた。

 その光景は、ダンテの心をこれ以上ないほどの平穏で満たしてくれていた。


『これが、私たちの築き上げた場所なのだ』


 胸の奥で静かに呟き、その果実を愛おしそうに両手で包み込む。

 うなじに残るルグランの噛み跡が、衣服に擦れてかすかに熱を帯びるのを感じた。

 その微かな痛みが、番としての強い結びつきを証明してくれているようで、ダンテは自然と目を細めた。

 しかし、その穏やかな時間は、予期せぬ闖入者によって無残にも引き裂かれることになった。

 城の正面へと続く石畳の道を、激しい土煙を上げて一台の馬車が猛スピードで駆け上がってきたのだ。

 黒く塗装されたその馬車の扉には、ダンテが死ぬほど見慣れた、人間の国の王家を示す豪華な紋章が刻み込まれていた。

 ダンテの身体が、氷水を浴びせられたように硬直する。

 馬車は城門の前で荒々しく停車し、中から転がり出るようにして数人の男たちが姿を現した。

 彼らは皆、かつてダンテを冷たい目で見ていた王族の近衛騎士たちだった。

 しかし、彼らの身なりは酷く汚れ、頬はこけ、目には異常なまでの焦燥と飢えの色が浮かんでいる。

 立派な鎧は手入れもされずに錆びつき、その姿は栄華を誇っていた人間の国の使者とは思えないほどに惨めなものだった。

 城内から異変に気づいたルグランが、大きな歩幅でダンテの傍らへと駆け寄ってくる。

 彼はダンテを背後に隠すように立ちふさがり、鋭い真紅の瞳で使者たちを睨みつけた。

 使者の一人が、震える手で懐から羊皮紙の巻物を取り出し、喉を鳴らしながら声を張り上げた。


「魔王ルグランよ。我らは人間の国のローゼン殿下より、急ぎの書状を預かって参った」


 その声はひどく掠れており、威厳など欠片も感じられなかった。

 ルグランは無言のまま顎をしゃくり、先を促す。

 使者は巻物を開き、ひどく上擦った声で内容を読み上げ始めた。


「魔王領における作物の異常なまでの豊作は、我が国の第三王子であるダンテの魔法によるものであると発覚した」


 その言葉を聞いた瞬間、ダンテの耳の奥で不快な音が鳴り響いた。

 なぜ、ローゼンが自分の魔法のことを知っているのだろうか。


「現在、我が国は原因不明の大規模な不作に見舞われ、民は飢えに苦しんでいる。これは本来、我が国が享受するべきであったダンテの魔力が、魔王領に奪い取られたためである」


 身勝手極まりない言いがかりに、周囲を取り囲んでいた魔族たちの間に険しい空気が流れ始めた。


「よって、ダンテを直ちに我が国へ返還すること。さらに、魔王領で収穫されたすべての作物の八割を、慰謝料として我が国へ献上することを強く要求する。これに応じない場合、不可侵条約を破棄し、武力による制裁を辞さないものとする」


 使者が読み終えると、辺りは不気味なほどの静寂に包まれた。

 ダンテの心臓が、恐怖で激しく早鐘を打つ。

 彼らは自分を捨てたくせに、また自分をあの冷たい檻の中へ引き戻そうとしているのだ。

 魔法の道具として死ぬまで酷使するために。

 過去の記憶が蘇り、ダンテの呼吸が浅く乱れ始めた。

 冷や汗が背中を伝い、視界の端が暗く点滅していく。


『嫌だ、帰りたくない。あんな場所には、二度と』


 声にならない叫びを上げて一歩後ずさったダンテの冷たい手を、ルグランの大きな手がしっかりと力強く握りしめた。

 その分厚い掌から伝わってくる圧倒的な熱量と、揺るぎないアルファの気配が、ダンテのパニックに陥りかけていた思考を強引に現実に引き戻す。

 ルグランの横顔には、怒りすら通り越した、冷ややかで底知れない静けさが漂っていた。


「寝言は、自国の城のベッドで眠っている時にだけ言うものだ」


 低く、地鳴りのようなルグランの声が、魔王領の冷たい風に乗って響き渡った。

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