第7話「甘い熱の果てに結ぶ魂」
石造りの窓を叩く冷たい雨の音が、薄暗い部屋の中に単調なリズムを刻み続けていた。
ダンテの身体を内側から焼き尽くすような甘い熱は、夜が深く沈み込んでも一向に引く気配を見せなかった。
分厚いシーツを握りしめる指先は白く変色し、細く刻まれる呼吸のたびに胸の奥がひどく痛んだ。
全身の皮膚から絶え間なく滲み出すオメガ特有の濃密な香りが、狭い空間の空気をひどく重く、粘り気のあるものに変えていく。
それは熟しきった果実がさらに発酵したような、むせ返るほどに甘く暴力的な匂いだった。
ベッドの傍らには、粗末な木の椅子に腰を下ろしたルグランが、岩のように身動き一つせずに座り続けている。
彼の真紅の瞳は暗く濁り、アルファとしての恐ろしい本能が理性の檻を打ち破ろうと暴れ狂っているのが、ダンテにも痛いほどに伝わってきた。
ルグランの呼吸は荒く、分厚い胸板が不規則に上下を繰り返している。
額からは大粒の汗が流れ落ち、膝の上で固く握りしめられた両手には、青い血管が今にも破裂しそうなほどに浮き出ていた。
『私のせいで、彼をこんなにも苦しめている』
罪悪感が鋭い棘となって、ダンテの心臓を容赦なくえぐる。
それでもルグランは、ダンテを乱暴に組み敷くような真似は決してしなかった。
時折、冷たい水で硬く絞った布を、震える大きな手でダンテの額にそっと乗せ直してくれるだけだ。
その不器用で優しさに満ちた手が触れるたび、ダンテの下腹部の奥深くで、熱い塊が甘く疼いて弾けた。
恐ろしい怪物だと蔑まれていたこの男が、誰よりも深く温かい愛情を持っていることを、ダンテはもう知っている。
本能に抗い、血を吐くような努力をしてまで自分を大切に扱おうとしてくれるルグランの姿に、ダンテの目からとめどなく涙がこぼれ落ちた。
熱に浮かされた霞む視界の中で、ダンテはゆっくりとシーツから手を離し、宙をさまようように指先を伸ばした。
行き場を失ったその小さな手を、ルグランのごつごつとした大きな両手が、壊れ物を扱うかのようにそっと包み込む。
「泣かないでくれ」
絞り出すような低い声が、雨音を縫ってダンテの耳に届いた。
「俺は、お前を傷つけるくらいなら、この身を火にくべた方がましだ」
その言葉には、一切の虚飾もない純粋な真実だけが込められていた。
ダンテは熱い吐息を漏らしながら、首を横に振った。
「ちがうんです、ルグラン様」
かすれた声は、自分でも驚くほどに甘く震えていた。
「私は、あなたになら、すべてを委ねてもいいと、そう思っているんです」
部屋の空気が、一瞬にして凍りついたように静まり返った。
ルグランの真紅の瞳が大きく見開かれ、ダンテの濡れた双眸を真っ直ぐに射抜く。
それは、同情でもなく、本能にほだされた一時的な衝動でもない、ダンテ自身の確固たる意志だった。
これまで誰からも必要とされず、ただ生きていることすら罪のように扱われてきた自分を、彼は一人の人間として、等しく価値のある命として扱ってくれた。
枯れた大地に命を芽吹かせた時、誰よりも喜んでくれたあの温かい瞳を、ダンテは生涯忘れることはないだろう。
この身を焦がす熱の正体が、オメガの哀しい本能だけによるものではないと、ダンテははっきりと自覚していた。
「ダンテ、それは、俺と番の契約を交わすという意味だと、分かって言っているのか」
ルグランの声は、かすかに震えていた。
アルファとオメガが魂の奥底で結びつく契約は、生涯にただ一度きりしか交わすことができない。
一度その絆を結べば、二度と他の誰かを愛することも、別の場所で生きることもできなくなるのだ。
ダンテは迷うことなく、ゆっくりと深く頷いた。
ルグランの瞳に、抑えきれないほどの強い感情の波が押し寄せるのが見えた。
彼はベッドの端に膝をつき、ダンテの火照った身体をその強靭な両腕でそっと抱き寄せる。
深い森の樹木を思わせる落ち着いた香りが、ダンテの全身を優しく包み込んだ。
ルグランの顔がゆっくりと近づき、ダンテのうなじへと熱い吐息が吹きかけられる。
「痛くはしない。ただ、俺の魂をお前の中に刻み込ませてくれ」
耳元で囁かれたその言葉に、ダンテは目を閉じ、自身の首筋を無防備に差し出した。
直後、鋭い牙がうなじの柔らかな皮膚をわずかに突き破る感触が走った。
鋭い痛みが走ったのはほんの一瞬だけで、すぐにそれを上回るほどの凄まじい熱と魔力が、噛み跡から全身の血管へと流れ込んでくる。
それはルグランの持つ深く静かな魔力であり、ダンテの命を育む温かい魔力と混ざり合い、身体の奥底で黄金色に輝くような錯覚を覚えた。
オメガとしての暴力的な発情の熱が、ルグランの魔力によってゆっくりと中和され、穏やかで幸福な温もりへと変わっていく。
ダンテはルグランの広い背中に両手を回し、その分厚い布地をきつく握りしめた。
自分はもう、誰にも捨てられないのだという絶対的な安心感が、心の最深部を満たしていく。
窓の外で荒れ狂っていた雨風の音が、いつの間にか遠くへ遠ざかっていた。
二人の呼吸が静かに重なり合い、冷たい石の部屋の中に、確かな永遠の絆が結ばれた夜だった。




