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生贄として追放されたオメガの王子、植物魔法で死の大地を蘇らせる〜不器用で優しい魔王様に拾われ極上の幸せを手に入れる〜  作者: 水凪しおん


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エピローグ「豊穣の楽園と紡がれる未来」

 魔王城に一人の見知らぬ青年が辿り着いたあの日から、5年の歳月が流れていた。

 季節は再び実りの秋を迎え、魔王領はかつてないほどの豊穣の喜びに沸き返っていた。

 果てしなく続く農地は、地平線の彼方まで見渡す限りの黄金色に染まり上がっている。

 大人の背丈をはるかに超えるほどに成長した小麦は、重みを増した穂を風に揺らしながら、乾いた心地よい音を波のように響かせていた。

 果樹園には、枝が折れそうなほどに赤く熟した果実が無数に実り、その甘く濃厚な香りが広大な領地全体を優しく包み込んでいる。

 かつては死の灰が舞い、骨と皮だけになった魔獣がさまよっていた不毛の荒野は、完全に過去の幻影へと消え去っていた。

 今やこの土地は、大陸全土で最も豊かで、最も美しい生命の楽園として知られるようになっていた。

 収穫祭の準備に追われる領民たちの笑い声が、澄み切った秋の空高くへと響き渡っている。

 魔王城から少し離れた小高い丘の上に、ダンテとルグランの二人の姿があった。

 ダンテは風に揺れる金色の髪を手で押さえながら、眼下に広がる圧倒的な実りの光景を、感慨深げに見つめていた。

 着心地の良い柔らかな布地で作られた衣服は、5年前の怯えた少年が着ていた粗末なものとは比べ物にならないほど上質で、彼が今どれほど大切に扱われているかを雄弁に物語っていた。

 ダンテの顔つきからは完全に幼さが抜け落ち、大地の母としての深い慈愛と、揺るぎない芯の強さを感じさせる大人の美しさを湛えている。

 その背後から、ルグランの大きく力強い両腕が伸びてきて、ダンテの腰をすっぽりと抱き込んだ。

 背中から伝わってくる分厚い胸板の感触と、深く落ち着いたアルファの香りに、ダンテは自然と身体の力を抜き、その温もりに完全に身を委ねた。


「見事な眺めだな」


 ルグランの低い声が、ダンテの耳元で優しく響いた。

 その声には、5年前の焦燥と疲労に満ちた響きは微塵もなく、ただ目の前の豊かな大地と、腕の中にいる最愛の伴侶への絶対的な満足感だけが満ちていた。

 ダンテはルグランの腕に自身の手を重ね、静かに頷いた。


「ええ。皆が笑顔で収穫の喜びを分かち合っている。私がずっと夢に見ていた景色が、ここにあります」


 ダンテの指先から、無意識のうちに微細な魔力が土へと流れ込んでいく。

 足元の草花がそれに呼応するように背筋を伸ばし、鮮やかな色彩の小さな花を一斉に咲かせた。

 ルグランはその様子を目を細めて見つめ、ダンテのうなじに顔を埋めて深く息を吸い込んだ。

 二人の間に流れる時間は、どこまでも穏やかで、満ち足りていた。


「人間の国から逃れてきた難民の受け入れも、順調に進んでいるそうですね」


 ダンテが静かに問いかけると、ルグランは短い言葉で肯定した。

 5年前、飢饉と内乱によって完全に崩壊した人間の国は、今もなお無法地帯として荒廃したままだった。

 王族が滅びた後、残された民衆は食料を求めて大陸をさまようことになった。

 その一部が、噂に聞く魔王領の豊かさを頼って、死に物狂いで国境を越えてきたのだ。

 かつてダンテを迫害し、魔族を化け物と蔑んでいた人間たち。

 しかし、ルグランは彼らを冷酷に見捨てることはしなかった。

 厳しい労働と、魔族の法に従うことを条件に、彼らに開拓地の一部を与え、生きる道を示したのだ。

 もちろん、その決断の裏には、ダンテの深い慈悲の心があった。


「彼らも今は、土にまみれて必死に生きている。かつての傲慢な人間どもの面影はない。皆、等しくこの大地の恩恵に生かされているただの弱き命だ」


 ルグランの言葉には、王としての威厳と、広い視野を持った統治者としての器の大きさが表れていた。

 ダンテは、かつての祖国の民がこの土地で新たな生活を始めていることに、静かな安堵を覚えていた。

 憎しみは何も生み出さない。

 ただ、土を耕し、種をまき、命を育むことだけが、未来を紡ぐ確かな道なのだと、この5年間で深く学んでいた。

 遠くの空を、一羽の大きな鳥がゆっくりと羽ばたきながら横切っていく。

 冷たさを増してきた秋の風が通り抜けたが、ルグランの腕の中にいるダンテは、一切の寒さを感じなかった。


「ダンテ、俺はお前と出会えたことで、本当の意味でこの国を愛することができるようになった」


 ルグランが、ダンテの肩をゆっくりと自身の方へと向かせた。

 真正面から見つめ合う二人の視線が、静かに絡み合う。

 真紅の瞳の奥底に燃えるような情熱と、静かで深い湖のような愛情が同居しているのを、ダンテははっきりと見て取った。


「お前は俺の光であり、この大地の魂そのものだ。命が尽きるその日まで、いや、命が尽きた後も、俺の魂はお前の傍にあり続ける」


 それは、5年前の祭壇で交わした誓いよりも、さらに重く、深い魂からの叫びだった。

 オメガであるというだけで不要の烙印を押され、絶望のどん底に落とされていたダンテ。

 残虐な魔王として恐れられ、飢える領民を前に孤独な苦悩を抱えていたルグラン。

 決して交わるはずのなかった二つの孤独な魂は、凍てつく荒野で出会い、深い絆で結ばれた。

 ダンテは両手を伸ばし、ルグランの分厚い胸板にそっと触れた。

 力強い鼓動が、手のひらを通して伝わってくる。


「私も同じです。私の命も、魔法も、すべてはあなたと、この美しい国のためにあります。ルグラン様、これからもずっと、共に歩んでいきましょう」


 ダンテの顔には、過去の悲しみの欠片も存在しなかった。

 あるのは、愛する者と共に生きるという絶対的な自信と、未来への輝かしい希望だけだ。

 ルグランはダンテの言葉に深く頷き、その身体を力強く抱き寄せた。

 二人の唇が重なり合うと同時に、丘の周囲に咲き乱れていた花々が一斉に甘い香りを放ち、風に乗って空高くへと舞い上がっていった。

 丘の下からは、収穫祭の始まりを告げる陽気な太鼓の音と、人々の楽しげな歌声が響き始めている。

 絶望から始まり、愛と魔法によって築き上げられた豊穣の楽園。

 オメガとして捨てられた少年は、最愛の伴侶と共に、この美しい大地で永遠に続く幸せな未来を紡いでいくのだった。

 二人の影が、黄金色の夕日に照らされて長く伸び、豊かな大地と完全に溶け合っていた。

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