第12話「決別の朝と大地への誓い」
人間の国が滅亡したという報せからさらに月日が経ち、魔王領はかつてないほどの活気と喜びに満ち溢れていた。
澄み切った青空の下、ダンテは早朝の冷気をはらんだ風を頬に受けながら、豊かに実った畑のあぜ道をゆっくりと歩いていた。
ルグランが特別に仕立ててくれた、肌触りの良い上質な純白の衣装が、足の動きに合わせてふわりと揺れる。
今日は、ダンテとルグランが領民たちの前で正式に婚姻の誓いを交わす、特別な日だった。
ダンテは少しだけ歩みを止め、足元の柔らかな黒土の前にしゃがみ込んだ。
手袋を外し、素手で土の表面に触れる。
冷たい感触の奥から、じんわりとした生命の熱が手のひらへと伝わってきた。
ダンテが指先から微かな魔力を流し込むと、周囲の植物たちが嬉しそうに葉をすり合わせ、さやさやと心地よい音を立てて応える。
かつては忌み嫌われ、隠し通さなければならなかったこの力が、今は何千という命を救い、笑顔を咲かせている。
土の匂いを深く吸い込むと、胸の奥底から込み上げてくる確かな充実感に、自然と笑みがこぼれた。
背後から、草を踏む重く静かな足音が近づいてくる。
振り返らなくても、その気配と、風に乗って漂ってくる深い森の香りで、ダンテにはすぐに誰だか分かった。
立ち上がり、振り返る。
そこには、普段の無骨な作業着ではなく、漆黒の美しい礼服に身を包んだルグランが立っていた。
銀糸で繊細な刺繍が施された上着が、彼の引き締まった体躯をより一層引き立てている。
真紅の瞳は、ダンテの白い衣装姿を眩しそうに見つめ、その表情には隠しきれない愛情が溢れ出していた。
ルグランはゆっくりと歩み寄り、ダンテの前に片膝をついた。
そして、土でわずかに汚れたダンテの小さな手を、自身のごつごつとした両手で大切に包み込む。
「この美しい大地は、お前が俺たちに与えてくれた奇跡だ」
見上げるルグランの声は、朝の静寂に溶け込むように低く、甘く響いた。
「俺は、生涯をかけてこの土地を守る。そして、何よりもお前を愛し、お前の笑顔を守り抜くことを、ここに誓おう」
ダンテは胸が締め付けられるほどの感動を覚え、視界が急速に涙で滲んでいくのを感じた。
オメガとして無能の烙印を押され、誰にも愛されることなく死ぬ運命だった自分が、こんなにも真っ直ぐな愛情を向けられ、必要とされている。
ダンテはルグランの手を引き上げ、そのまま彼の首に両腕を回して抱きついた。
「私も誓います。あなたの傍で、この土地の植物たちと共に、ずっと生きていくと」
耳元で囁き返すと、ルグランの力強い腕がダンテの腰に回され、その体を抱き上げた。
二人の唇が重なり合い、番としての絆がさらに深く、魂の底から結びついていく。
その瞬間、ダンテの身体から溢れ出した魔力が温かな光の波となって畑中へと広がり、数え切れないほどの小さな花々が一斉に蕾を開いた。
緑の絨毯の上に、赤や黄色、紫の色鮮やかな花びらが星屑のように散りばめられ、甘い香りが風に乗って城へと運ばれていく。
遠くから、広場に集まった魔族たちの歓声や、祭りを祝う陽気な音楽の音色が聞こえてきた。
ダンテはルグランの腕の中で顔を上げ、花々に彩られた美しい領地を見渡した。
人間の国の王子としての過去は完全に消え去り、今ここにあるのは、魔王の伴侶として、そしてこの豊かな大地の国母として生きるという、揺るぎない未来への希望だけだった。
ルグランがダンテの手を引き、祝宴の待つ城へと向かって歩き出す。
二人の足取りは軽く、その背中を太陽の光が優しく包み込んでいた。




