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生贄として追放されたオメガの王子、植物魔法で死の大地を蘇らせる〜不器用で優しい魔王様に拾われ極上の幸せを手に入れる〜  作者: 水凪しおん


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第10話「硝子越しの絶望と絶対の守護」

 空を重く覆い尽くす灰色の雲から、氷の粒を混ぜ込んだ冷たい風が容赦なく吹き下ろしていた。

 魔王城を囲む切り立った岩山のふもとに、おびただしい数の黒い影がうごめいている。

 人間の国から派遣された討伐軍だった。

 彼らが掲げる王家の紋章が描かれた旗は、泥と血に汚れ、強風に煽られて無惨に引き裂かれている。

 整然とした陣形などとうの昔に崩れ去り、兵士たちはただ飢えと寒さに耐えかねて身を寄せ合い、亡霊のように力なく足を引きずって前進していた。

 彼らの身を包む鋼の鎧はひどく錆びつき、本来ならば陽光を反射して輝くはずの表面は、どす黒い汚れにまみれて光を完全に失っている。

 兜の下から覗く顔はどれも土気色に変色し、落ち窪んだ眼窩の奥には、もはや戦意ではなく、何かにすがりつきたいという飢餓感だけが濁った光となって揺れていた。

 ダンテは、魔王城の最も高い場所に位置するバルコニーから、その惨状を静かに見下ろしていた。

 吹き荒れる風の冷たさは、ダンテの肌には一切届かない。

 城全体を半球状に覆い尽くす巨大な魔法の結界が、外の過酷な環境を完全に遮断していたからだ。

 硝子細工のように透き通った結界の表面には、古代の文字が金色の光を放ちながら、水面の波紋のように静かに流れ続けている。

 結界の内側は、ダンテの魔法が育んだ植物たちの放つ甘い香りと、穏やかな春の陽だまりのような温もりに満ちていた。

 隣に立つルグランの分厚い身体から伝わってくる、深い森の樹木を思わせる落ち着いた香りが、ダンテの呼吸を一定のリズムに整えてくれる。

 ルグランは腕を組み、冷ややかな真紅の瞳で眼下の軍勢をただ見据えていた。

 その横顔には、焦りも怒りもなく、ただ愚かな者たちの末路を見届けるという静かな決意だけが刻まれている。

 やがて、岩山の斜面をやっとのことで登りきった人間の兵士たちが、結界の目の前まで辿り着いた。

 先頭に立つ部隊長らしき男が、ひび割れた声で何かを叫びながら、高く振り上げた長剣を結界の表面へと叩きつける。

 しかし、鋼の刃が目に見えない光の壁に触れた瞬間、剣は根本から粉々に砕け散った。

 衝撃は刃から男の腕へと伝わり、男は苦痛に顔をしかめてその場にうずくまる。

 それに続くように、後方の魔術師たちが杖を掲げ、炎や氷の魔法を一斉に放った。

 赤や青の眩い光の渦が結界に殺到するが、それらもすべて、結界の表面で淡い光の粒子となって霧散し、空高くへと舞い上がって消えていった。

 攻撃を防がれたというよりも、結界という絶対的な存在の前に、彼らの力そのものが最初から存在しなかったかのように掻き消されたのだ。

 ダンテは、結界に触れようとして次々と弾き飛ばされ、冷たい岩肌に転がっていく兵士たちの姿を見つめながら、自分の両手をそっと胸の前で握りしめた。

 かつて彼らは、オメガであるダンテを蔑み、すれ違うたびに冷たい嘲笑を浴びせてきた者たちだった。

 もしこの結界がなければ、彼らは城になだれ込み、作物を奪い尽くし、ダンテを再びあの冷たい王宮の地下室へと引きずり戻しただろう。

 だが、今のダンテの胸にあるのは、彼らへの憎しみや報復の喜びではなかった。

 ただ、底知れないほどの深い哀れみだけが、静かに波打っている。


「彼らは、どうなるのでしょうか」


 ダンテがぽつりとこぼした問いに、ルグランは視線をそらすことなく静かに答えた。


「結界を破ることはできないと悟れば、やがて飢えと寒さに耐えきれずに撤退するしかない。だが、彼らが国に戻ったところで、食べるものは何もない」


 ルグランの言葉は残酷な真実を突いていた。

 彼らはダンテという唯一の恵みを自らの手で捨て去り、その代償を今、自らの命を削って支払っているのだ。

 結界の外では、武器を失い、魔法の力も尽き果てた兵士たちが、素手で光の壁を叩き始めていた。

 拳から血を流し、爪を剥がしながらも、内側に広がる豊かな緑の農地と、そこに実る色鮮やかな果実に向かって、すがりつくように手を伸ばしている。

 彼らの口の動きから、助けてくれという哀願の言葉が読み取れた。

 ダンテはゆっくりと目を閉じ、背を向ける。

 彼らを救うために再び自己を犠牲にするような愚かな真似は、二度としないと心に決めていた。

 ダンテの帰る場所は、もうあの凍てつくような石造りの王宮ではない。

 振り返ると、ルグランが静かに両腕を広げて待っていた。

 ダンテはその大きく温かい胸の中に飛び込み、分厚い衣服越しに伝わる力強い鼓動に耳を澄ませた。


「俺が、お前を守り抜く。誰一人として、お前を奪わせはしない」


 頭上から降ってくるルグランの低い声が、ダンテの心に張られていた最後の緊張を優しく解きほぐしていく。

 外の寒空の下で飢えに苦しむ者たちの気配は、分厚い胸板と深い森の香りによって完全に遮断されていた。

 ダンテはルグランの背中に腕を回し、その熱に身を委ねながら、静寂に包まれた城の中で長く深い息を吐き出した。

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