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警告っっ

作者: NNNNNmatchy
掲載日:2026/02/13

 ある深夜。

仕事終わりのファミレス帰り。

健康診断後の解放記念に高カロリーを摂取。

分厚い肉をかっ喰らい、アルコールで流し込み、高濃度塩分と溢れんばかりの油を堪能。

三十代半ば、大した趣味もなく、せいぜいサブスクで気になるアニメをチェックするくらいで、だからいちばんの楽しみと言えるのは夜勤明けの酒と飯だった。

だもんで最近腹が出てきた。

平均をオーバーしている。

わかってる。

わかってるから健康診断前“だけ”はコントロールして、悪い結果を見ないようセーブしてる。

運動なんざする気はない。

てか、職場の通勤と荷物運びはもはや立派な運動と言えるだろ。

いつもの道すがら。

満ち足りた良い気分だったのに、嫌なもんをとらえてしまった。

向かいのフェンス越し。

闇に浮かぶ白い影。

患者衣のような腰の曲がった婆さんが立っていた。

え、マジ?

こんな夜中にあんなところで……?

俺もついに見てしまったのか。

よく出ると噂される職場の近辺。

霊感のない俺はともかく、他の連中は見事に全員目の当たりにしていた。

もしやあれはやはり。

十年勤めてついに、というか人生で初めて霊というものを見てしまったのか。

ホラー映画の愚かなシーンがチラつき、確かめたくなる衝動を抑えどうにかそこを駆け抜けた。


っ っ


 後日。

職場の先輩にこのことを話すと──

「あれビビるよなあ! フェンスにしっちゃぶけたゴミ袋が引っかかっててさあ!」

 あ、ゴミかあ!

どうも最近目が霞みがちだから……。

なあんだ、ゴミね。

心していちごミルクをがぶ飲みしながら例の場所を通れば、もう既に誰かが撤去済み。

辺り一面は闇の中。

すっかり安心したところで運輸トラックが遮る。

冷たい風を浴び、再びフェンス。

あ。

……ああ……。

見るんじゃなかった。

いた。

今度ははっきりとこの目に見た。

フェンス越しじゃなくフェンス前。

患者衣じゃなく白装束。

腰の曲がった微笑む婆さん。

足がない!

嘘だろ?

俺は恐れ慄いて全速力で駆け出した。


っ っ っ っ


 ありゃ一体なんだ?

やっぱ霊なのか?

冷や汗といちごミルクでドロドロだ。

早く風呂入って寝よう。

深夜の風呂場は怖くて仕方ないがこのままじゃ寝られん。

背後にいたらどうしようとか窓から覗いてたらどうしようとかしょうもないことが頭をもたげるが気合だ。

それに俺はハタチまで霊を見たことがない。

だから俺が霊を見るなんて、あるはずがないのだ。

そうだ、あれは人間だ。

足が黒いから闇に紛れたんだ。

何をしてた?

散歩だ。

そうか、散歩か。深夜徘徊だ。

お歳を召してるから着物姿が落ち着くんだろう。

よし、あれは人間だ。

そう思うことで終わりにしよう。


 それから一週間。

その姿は見ずに済んだ。

俺もおっかなびっくりが消え失せ余裕が出てきた。

友人を誘い出し、深夜のラーメンをご馳走した。

こってりマシマシ背脂のとんこつラーメン。

ニンニクを凝縮したパリっと餃子。

胡椒が効いたパラパラ炒飯。

それらをビールで洗い流す。

締めにソフトクリーム。

控えめに言って最高をはるか凌駕している。

これが生きている意味だ。

友人は食いすぎだと笑ったがバカ言え。

この時間に食うラーメンが極上なんだぞ。

たらふく高カロリーに溺れ、良い気分で友人の運転する車に乗り込んだ。

帰ってこのままぶっ倒れる。

これが生き甲斐ってもんだよなあ……と浸った瞬間、“あいつ”がぶち壊した。

「おい止めろ!」

 友人はなんだよ? の顔で気にも留めない。

「う、う、う、後ろだよ!」

「後ろがなんだよ」

「乗ってるだろ!」

「何が」

「ば、婆さんだよ! 乗っちゃってんだって!」

 俺は聞こえないように囁き、でも必死で力強く訴える。

「どこに乗ってんだよ?」

 マジか。

どうやら婆さんは俺にしか見えないらしい。

ってことはじゃあ……じゃん?!

「あ、い、いいわ、俺、降りるわ! ま、また後でな!」


っ っ っ っ っ っ


 こいつはヤバい。

婆さんが近づいてきている。

満腹で走ってきたからゲロゲロだ。

気持ちが悪い。

俺は汗だくで便器と格闘し、最悪の気分で脳裏にこびり付く婆さんを払拭しようと努める。

あれ?

あらら?

あの婆さん、どっかで見たことがあるような……。

誰?

テレビ? 映画? 職場? 夢?

あの顔に見覚えがある……ぞ?

ウッ!

腹の中身をすべて吐き出し、その勢いで婆さんの記憶をも引き摺り出して水に流してしまいたかった。

よし、観念した。

認めよう。認めざるを得ない。

俺はいま幽霊に取り憑かれている。

白い着物で、黒い帯を巻いた、腰のひん曲がった婆さんに。

あんたは俺に何か云いたいようだな。

俺が何かしたか?

何の恨みだ?

まどろっこしい方法はよして正々堂々と伝えたらどうだ?

ああそうか! あんたは霊だから喋れないのか! 気づかなかったよ!

可哀想に。

付き纏うことは出来ても云いたいことのひとつも云えないなんて、まっさかすこぶるヘボっちいバケモンだな。

よし協力しよう。

おい婆さん、心の声くらい聞こえるんだろ? なあ!

まず俺はバカだ、そしてあんたはザコだ。

お互い欠点がある。

俺は俺で聞く耳を貸す、だからあんたはあんたで伝えようとする努力をしろ。

さあ、ほら、何を望んでる?

おい! 俺がこんなに譲ってるんだぞ!


 またさらに一週間。

またしても姿を見ずに時が流れた。

そしてようやく届いた健康診断の結果。

お世辞にもいいとは言えない。

要再検査。

けどこんなの実際いちいち行くヤツいるか?

たかがコレステロールだろ。

ヒマじゃねんだよこっちは。

行くヒマがあったらアニメのイッキ観でもしてる。

あ、そうだ、また友人でも誘って鑑賞会に勤しむか。

となったらつまみを買わにゃいかんな。

あ、それと明日は休みだからなるべく出たくない。

飯と酒も買い溜めだ。

ワクワクしてきた!

チョコパイを十個くらい頬張りたい気分。

それにクワトロフォルマッジでハチミツチーズ地獄、たまらん。

あ、健康に気遣ってコールスローも食っときゃカロリー帳消しか。

あとビタミンも必要だからみかんも爆買い。

よし、今宵は欲の限りを尽くす!


 決まって深夜。

急な呼び出しでもあいつなら捕まるはず。

「やあ友人、これからアニメ鑑賞会にお前を招待する」

〈おおいいな! そういやこないだの婆さんは平気か〉

「ハッ、余裕だよ。ちょっと言いくるめたら怯んで出なくなった」

〈マジか。そういうもん?〉

「なんじゃね? 所詮はただの霊よ。塩でもぶん撒いときゃ消えちゃんだから」

〈そうか、じゃ安心だな〉

「おうよ」

〈行きたいけど明日だな〉

 え。

「マジかよ。ま、いいや、じゃ明日来いよ鼻くそ」

 チッ、つまんねえなあ……ま、しゃあない。

ひとりでピザパーティーするか。

で、ピザといったらコーラだろ。

加えてポテトチップスも貪り食う。

ビールも忘れない。

さて初っ端なに観っかな~。

アニメはあいつと観るのに取っておくとして、ここは調子ぶっこいてホラー映画でも観ちゃうか。

おい、婆さん。どうした? 最近出て来ないじゃねえか、あんたの意思はそんなもんなのか?

フッ、まあどうでもいい。

適当に『呪怨』あたりでも点けとくか。


 四時ごろ。

夜勤明け+ひとり酒で一本観終わる前に爆睡。

テレビ画面もいつの間にやら真っ暗に。

シリーズを再生したんだから次の映画に進んでていいのに。

おかしいな。

まあとりあえずトイレだ。

ションベンではちきれそうだ。

トイレトイレ……え。

う、嘘だろ?

これって金縛りってやつ?

マジかよ!

さすがに婆さんを挑発しすぎたか。

調子にのって『呪怨』なんか選んだのも失敗だったな……。

マジでバカすぎる、友人といるときに観りゃいいものを。

何ひとりでこんなもん楽しんでんだ。

おまけに金縛り付き!

これが4DXってやつかよ?

最高だな!

クソっ!

あ。

ああ、ヤバい。

もうあの姿が見えるかもしれない。

いる……いる!


っ っ っ っ っ っ っ っ


 ヤベえ、もうションベンも我慢ならん。

けどホントに金縛りってのは身体だけが動かないんだな。

目だけが動かせる。

どうする?

どうする……

どうすればいい?

どうするべきだ?

どうしたら俺は解放されるんだ?!

いいや、もうしてしまえ。

すべては俺が悪い。

してしまおう、そうしてとっとと楽になろう。

よし!


っ っ っ っ っ っ っ っ っ っ


 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

ば、ば、ば、ばばばばばば、婆さん!

仰向けの俺を

逆さまから見下ろして

今まで以上の近距離で

もう逃がさんとばかりの不敵な笑みで

そこに立っている!


ごめんなさいごめんなさいもうザコとか言いませんホントお願いします助けて下さい助けて下さいホントになんでも言うこと聞きますから命だけはお願いしますまだ美味しいもんいっぱい食べたいです


またぐんと顔が近づく。


あああああもうホントにザコとか言わないです本気ですまだ死にたくない許して下さい

俺はまだ死にたかないんだ!

クソババア!!


 後日。

おやじの実家ですべてが解けた。

「ああ、これか」

 幼い頃見た壁から見下ろす祖母の遺影。

着物姿で微笑んでいる。

早くに糖尿を患って亡くなったとかで、そういう話を聞いた憶えがあった。

思えば婆さんは俺が暴飲暴食をする度に現れていた。

そしてその都度流した濁流のような汗。

なるほど、つまりはそういうことだったのか。

は~あ。

死にたくなかったら、少しは食生活を見直せってこった。

基本的に俺は半信半疑で、

霊の存在を否定はしてないんだけど、

やっぱり見たことがないから、

こういう考え方に寄ってしまう。

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― 新着の感想 ―
健康診断系ホラー…。実に身近で切ない恐怖。真の敵は己自身。 てっきり最後一歩手前の場面で、トイレの中で心筋梗塞か脳卒中辺りで倒れたかと思ってたら、そうでもなさそうですね。ギリギリ助かったと言うよりは…
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