中編:勇者の本能、ゴミ箱の聖者
【因果の砂時計、反転。再試行回数:74回目を確認】
「……あ、…………」
意識が戻る。もはや美しい風景も、シンにとっては不快なノイズでしかなかった。
あれから「数日」が経った。その間、シンは数え切れないほど死んだ。
毒の沼地を渡る時、全員の毒を肩代わりして全身の穴から血を流して倒れるシン。
「マジキモいんだけどw」「汚いから近寄らないで」と笑うクラスメイト。
野営の夜、傷だらけのシンを「臭いからテントの外で寝ろ」と追い出し、中で酒盛りを始める一行。
シンの右腕の紋様は、喉元まで侵食し、皮膚の下で無数の虫が蠢くような嫌悪感が走る。
「ねえ、シン。また変な顔してる。マジでその『闇抱えてます』みたいなツラ、ウチらの冒険の雰囲気に合わないんだけどー」
愛夢が豪華なソファーでスマホを弄っている。王城のゲストルーム。
「愛夢、お前……いい加減にしろ。さっきの廊下で、お前がどうなったか、覚えてないのか……?」
「は? さっきから何言ってんの。ウチらずっとここにいたじゃん。妄想乙w。つーか、その腕のタトゥー、マジで不潔」
『ギャハハハハ! 無理だよシンくん! 愛夢ちゃんの中では、さっきの「肉塊イベント」は発生してないんだからさ! でも、君の中には「残ってる」よね? あの時の彼女の指の味、まだ覚えてる?』
「やめろ……! 俺は、そんなこと……!」
シンは頭を掻きむしった。魔王の声は、シンが知らないはずの「以前のループの記憶」を流し込んでくる。
自分が助けたはずの者たちの、最も醜く、最も情けない瞬間の記憶。
「シン、しつこいよ」
冷ややかな声。委員長の姫星がシンの前に立っていた。
「君が何を心配してるのか知らないけど、私たちには『加護』があるの。シンみたいな無能と違って、私たちは選ばれた勇者なのよ。君は私たちのために選ばれた『器』。君がボロボロになって死ぬたびに、私たちはもっと輝ける。……ねぇ、シン。次も、ちゃんと守ってね?」
姫星はシンの歪んだ頬を、冷たい指先で撫でた。
『あはは! 姫星ちゃん、マジ最高! ねぇシンくん、知ってる? 君が今「守りたい」と思ってるこの姫星ちゃん、中学の時にいじめて自殺未遂させた子の遺書、笑いながらシュレッダーにかけたんだよ? その時の音、今再生してあげようか?』
脳内に映像が流れ込む。
泣き叫ぶ少女の前で、無表情に、けれど楽しそうに紙を機械に突っ込む、幼い頃の姫星。
「どっちが本物なんだ……。目の前の聖女か、俺の中の怪物か……」
「あはは! 見てよ、シンがピクピクしてる! 消毒代わりになって良かったじゃんw」
流星がスマホのカメラをシンに向け、フィルターで血をピンク色に変えて笑っている。
その時、床が爆ぜ、巨大なデーモンが現れた。
「きゃあああ! 出た! シン、ガードよろしくー!」
愛夢が笑いながらスマホを構える。
(……動くな。助けるな。あんな女、もう助ける価値なんてない……!)
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【大いなる善行(自己犠牲)の発動を確認】
【因果律を強制駆動します】
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「……あ、…………ッ!!」
魂の深層にある『本能』が、自由を奪った。
肉体が跳ぶ。デーモンの巨大な爪が、シンの左肩を根元から引き裂いた。
――グチャッ。
「……が、あ,ああああああッ!!」
「痛っ! ちょっとシン、服に血がついたじゃん! 助け方が雑なんだよw。クリーニング代とかどうすんの?」
激痛で視界が染まる中、シンは見た。
自分の欠損した肩から、赤い肉ではなく、どす黒い、触手のような魔力の残滓が溢れ出しているのを。
『ギャハハ! 最高のビジュアル! 救えば救うほど、君の「人間」としてのパーツは減っていくんだからさぁ!』
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【生存時間:00:09:30】
【魔王化進行率:45%】
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(……俺は……俺は……誰なんだ……?)




