前編:消えるピースと『吸収』の報酬
【因果の砂時計、反転。遡行完了を確認しました】
「……はぁっ!!」
まただ。またこの光だ。
何度繰り返しても、この瞬間の空気は冷たく、そしてどこまでも残酷だ。
「ねぇねぇ、マジで今の召喚シーン、エモくなかった?」
「ウチらのステータス、いつ見れるの? 早くチート能力で無双したいんだけど」
一語一句違わぬ会話。繰り返される台本。
シンは震える手で、自分の指先に残る「感触」を確認した。
前のループ。わずか数分前。シンは、自分を笑っていたはずの少女、心陽を救うために――。
「……あ、心陽……心陽はどこだ!?」
シンは血相を変えて周囲を書き回した。だが、そこには誰もいない。
「……は? シン、何いきなり大声出してんの。マジ空気読んで。心陽? 誰それ。シンの元カノ? 妄想きもっw」
愛夢がスマホ型の魔導具を弄りながら、不快そうに鼻を鳴らした。
「心陽だよ! お前の隣に、さっきまでいただろう! 控えめで、いつもお前のワガママに付き合わされてた……あの、心陽だ!」
「こはるぅ? ウチらのクラスにそんな名前の子いないけど。ねぇ流星、知ってる?」
「知らない知らない。シン、召喚のショックで頭イカれたんじゃない? 怖いんだけどーw」
流星がケラケラと笑う。
『ギャハハハハ! 必死だねぇ、シンくん。マジで草生える!』
『言ったじゃん。君が「救済」……いや、「殺害」した魂は、俺が美味しく頂いちゃうって。世界からそのパーツは削除デリートされたんだよ。君以外の記憶からも、この世界の因果律からもね!』
「(……俺が……あいつを消したのか? 助けたかったのに……)」
『そう! 君が殺して救ったから、あいつはこの世に存在しなかったことになった。最高に綺麗な救いじゃん? 誰も悲しまない。君がたった一人で「いなかった誰か」の記憶を抱えれば、万事解決ってワケ!』
シンは崩れ落ちた。
自分の右腕を見ると、そこには漆黒の脈打つ刺青のような紋様が、肩まで侵食していた。
「……シン、マジでキモい。その右腕のやつ、何? 中二病のタトゥー? 召喚のどさくさに紛れてイキるのやめてくれる?」
愛夢が冷たく言い放つ。
勇者の輝きを纏った姫星が、聖母のような笑みを浮かべて頷く。
「そうね。シン、落ち着いたら後で来なよ。私たちは先に行ってるから」
聖堂を離れ、王城へと続く大廊下。
シンは最後尾を歩きながら、剥がれ落ちる正気に必死でしがみついていた。
だが、内側の「魔王」はそれを許さない。
『あ、シンくん。今の愛夢ちゃんの顔、見た? 三回前のループじゃ、デーモンに下半身を咀嚼されながら、俺の……あ、シンくんの指を必死に舐めて「死にたくない」って泣き喚いてたんだよ? 今、再生してあげようか?』
「……っ、やめろ……。知りたくない……!」
「……ねぇ、シン。さっきから誰と喋ってるの? 本気で病気?」
愛夢が足を止めて振り返っていた。
「愛夢、お前……離れろ……。来る。もうすぐ、あいつが来るんだ……!」
「はぁ? 何様? マジ受ける。予言者気取り? 妄想乙w」
その瞬間、床を突き破って現れたのは、岩のような皮膚を持つ巨躯――デーモン。
「ひっ、あ、……あ,あああッ!」
悲鳴を上げたのは愛夢だった。怪物の鉤爪が振り上げられる。
(……動くな。助けるな。あんな女、死ねばいい……!)
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【大いなる善行(自己犠牲)の発動を確認】
【因果律を強制駆動します】
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「……あ、…………ッ!!」
シンの肉体が、意志を置き去りにして加速した。
愛夢を突き飛ばし、無防備な背中を怪物の前に晒す。
――メキッ、と。重い音がした。
デーモンの爪が、シンの右肩から脇腹にかけてを抉るように薙ぎ払う。
抉られた肉が石壁に張り付き、鮮血が噴水のように愛夢のドレスを汚した。
「……っ、げ、ほ……っ、あ……」
口から溢れる血の塊。だが、助けられた愛夢はスマホのレンズを向け、顔をしかめて言い放った。
「マジ、汚ったね……。ねぇ、シンの臓物なかみが服に飛んだんだけど? マジでこれ弁償してよね。つーか、もっとスタイリッシュに助けられないわけ?」
他のクラスメイトたちも「うわー、グロいw」と笑いながらスマホを構える。
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【生存時間:00:09:00】
【報酬:遡行時間の追加。魔王化進行率:15%】
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