第2章 ちびドラとの出会い
茂みの奥が、かすかに揺れた。
風でもない。
葉が小刻みに震え、そこから小さな影がのぞいた。
「……?」
身をかがめた瞬間、
草の間から、まるい瞳がこちらをじっと見つめていた。
次の瞬間──
「ぎゃぅっ!」
鋭い声が森に響き、影がぴょこんと飛び出した。
つやのある鱗が光を受けてかすかに光り、
背中の小さな翼をばたばたと動かしている。
それは角がついた、小さなドラゴンだった。
「ぎゃぅ!」と言いながら近付いてくる。
次の瞬間。
──空気がぴんと張りつめた。
風の流れが止まり、どこからともなく、赤黒い光の粒が漂ってきた。
まるで火の粉のように揺れながら、ゆっくりと小さなドラゴンの胸元へ吸い込まれていく。
思わず息をのむ。
光が消えたあと、小さなドラゴンの体が震えた。
瞳の奥で、赤い炎がちらりと瞬く。
「ぎゃぅっ!」
叫ぶような声。
その体が一瞬、赤黒い光に包まれた。
──“何か”が入り込む瞬間を、私ははっきりと見てしまった。
「まさか……今のが、“核”……?」
胸の奥が締めつけられる。
小さな体からこぼれる赤黒い光は、怒りでも攻撃でもなく、
まるで痛みのようで、泣き声のようだった。
次の瞬間、小さなドラゴンは必死に翼をばたつかせ、
口から「ぷすっ」と風のような火花を吐き出した。
「ひゃっ……!」
思わずレシピブックを盾にかざす。
けれど、その火花は本を焦がすこともなく、ぬるい風のように頬をかすめていった。
小さなドラゴンは肩を上下させながら震えている。
光はまだ胸の奥にうっすらと残り、
赤黒い影が呼吸に合わせて小さく脈打っていた。
スプーンが淡い光を帯びる。
指先にかすかな温もりが伝わり、胸がざわめいた。
あの赤黒い光──やっぱり、あれが“核”だったんだ。
「……すくう」
頭のどこかで、その言葉だけが響く。
でも、どうすれば。
スプーンを握る手が震え、心の奥が重たく沈んでいく。
小さなドラゴンの瞳が、わずかにこちらを見た。
赤い光に揺れるその奥に、
どこか怯えたような影がある。
攻撃の気配はもうなかった。
ただ、息が荒く、体が小刻みに震えている。
私はゆっくりと息を吸った。
胸の鼓動がようやく静まり、
風の音が戻ってくる。
その時だった。
小さなドラゴンのお腹が「ぐぅ〜」と鳴り、
動きがぴたりと止まった。
その音は小さかったのに、森の静けさの中でやけに響いた。
目の奥に宿っていた赤い光が一瞬ゆらいだ。
「……お腹、すいたの?」
思わず口からこぼれた声に、自分でも驚いた。
小さなドラゴンは顔を上げ、じっとこちらを見た。
赤い光を帯びた瞳がかすかに揺れ、
長いまつげの影の下で、ほんの少しだけ頷く。
「……そうだ!」
私はレシピブックを開いた。
ページのあいだから淡い光がこぼれ、空気がわずかに震える。
白い湯気がふわりと立ち上り、炊きたてのご飯が姿を現した。
冷たい空気の中で、ほのかな甘さが漂っていく。
鼻先でその匂いを感じ取ったのか、尻尾がぴくりと動いた。
そして、瞳を輝かせて叫ぶ。
「し、しろめし……!」
声は震えていたけれど、そこには確かな喜びがあった。
赤く濁っていた光が、ほんの少し滲んで見えた。
私はしゃがみ込み、両手でお茶碗をそっと差し出した。
湯気がふんわりと立ちのぼり、あたたかな香りが間に漂う。
「大丈夫。熱くないよ。……食べてみる?」
小さなドラゴンはじっとこちらを見つめたまま、鼻先をひくひくと動かす。
一歩、二歩──足を踏み出すたび、草がかすかに鳴った。
お茶碗の前まで来ると、
白い湯気の中にそっと顔をうずめるようにして、
おそるおそる──ぱくり。
一瞬、体がぴたりと止まる。
もぐもぐ、もぐもぐ……。
その音が、静かな森の中に響いた。
そして次の瞬間、
翼をばさばさと広げて跳ね上がる。
「ぎゃぅっ!! 美味しいのだ!!」
声が弾け、空気が明るくなる。
尻尾をぶんぶんと振りながら、
お茶碗の中のご飯を夢中で頬張る。
その姿はもう、闇に囚われた存在ではなかった。
「ねぇ……核を救ってもいいかな?」
問いかけると、小さなドラゴンは動きを止めた。
頬をふくらませたまま、もぐもぐとご飯を噛み、
そのままこちらを見上げる。
赤い光を帯びた瞳が、わずかに揺れた。
やがて、ゆっくりと──こくん。
湯気の向こうで、小さく頷いた。
白いスプーンを差し出す。
赤黒い光が静かに吸い込まれていき、透明な粒となって溶けるように消えた。
スプーンの表面に、淡い光の線が走る。
やがて、そこに文字が浮かび上がった。
──【プスプスブレス 記録完了】
小さなドラゴンが目を丸くした。
そして、ぱっと顔を明るくして跳ね上がる。
「ぎゃぅっ!! オレ、ちびドラ! 仲間になるのだ!!」
「私はmia。よろしくね」
こうして──
ひとりと一匹の、小さな旅が始まった。




