人の世界
書き出しはいつも、元気で、明るくて、期待に満ちていて
それでもすぐに陽は落ちていく
眠りとも虚脱とも言えない感覚に身を任せて、今日も一日を終える
朝の目覚め
遮光カーテンから漏れる光を細めで睨みながら体を起こす
体が痛い
腕が首が頭が
私は何故ここにいるのだろうか
制服に着替えながら自問自答する。
階段を下りる音が反響した
それを打ち消すような耳鳴りに耳を預ける
「うるさい」
静かに、そして確かな声で。
誰もいない家
扉を開き今日が始まった。
♪
目に映る雲
ひかり射す世界に何を届けるか
誰にも分からないその先に
いつか見た景色を描いて歩いた
『いいんじゃない』『よかったね』『おめでとう』
音がこだまする
それを追い越してボクらは進んだ
♪
瞬間
現実に引き戻された気がした
「おは~」
「なんだルミか、おはよ」
「ぼーっとしてた?キャラメルでも食べる?」
「うん、ありがとうもらう」
ルミはキャラメルを私に渡すと、いつもの様に単語帳を開いた
「ルミは頑なにタブレット使わないね」
「まあね♪骨董品からしか得られない栄養ってのがあるんよ」
極端な世界になった
と昔の人は口を揃えて発言している
【本】がロストオブジェクトに認定され、姿、存在、概念が消えつつある一方
紙自体は量産、使用され続け、一日でも学校に居ればプリントで机が溢れる
「てかその単語帳どこで手に入れたの?親のお下がりとか?」
「違う違う、隣のクラスにウミハラ君っているんだけどさ」
「家が元古書店で、貯蔵庫?保管庫?に本を沢山保管してるんだって」
「本残す手続きを受けるのも大変だから学校で安く配ってるんだよ」
3年後には国の認可を受けない本の所持は罰せられる事になる
それまでに厳しい審査を経て認可されるか処分をしなければならない
「マイも興味があるならウミハラ君に聞いてみな~」
私が気が付いた時にはもう、本は珍しい存在となっていた
その他には【楽器】もロストオブジェクト認定されている
昔聞いた事のある音、あれは楽器だったのだろうか。
昼休み
食堂に向かう途中で人だかりが見えた
「お、マイもついにウミハラ書店に興味持ったのかな?」
「ルミは弁当持参でしょ、何で廊下にいるの」
「もちろん本をゲットしに行くんだよ」
「はいはい、それじゃ私はパン買いに行くから」
「教室戻って来なよ~」
隣のクラスに入って行くルミを横目に食堂に向かった
人だかりに興味が無い訳では無かったが、本自体には興味が無かったのが本音だ
本は完全に規制される事になるが内容が消失する訳では無い
永い年月をかけて多くの本はタブレットの中に場所を移した
何も問題は無い
と、大量のプリントを持って歩く教師を見つつ
自分を納得させた。
「じゃーん見て」
パンを持って教室に戻るなりルミが本を突き出した
「ちょっと、食べるか本読むかどっちかにしなよ」
「いやー掘り出し物が手に入ってねえ」
「誰でも分かる連結会計??なにこれ」
「卒業前にデカ目の資格取ろうと思っててさ、その試験の参考書」
ルミはそう言うと弁当を食べながら参考書を読み始めた
ふと周りを見渡す
気が付くとクラスメイトの多くが本を読んでいた
ここ数日、ロストオブジェクトのニュースが再報道されてから
特に本を読む生徒が増えた気がする
「ふう…」
息を吐いた時、廊下に人影を感じてふと視線を向けると
そこには教師が数人立っていた
何だろう
良くない予感がして
残りのパンを口に入れ、すぐに机に突っ伏した。
放課後
「マイ~帰ろ」
「すぐに行く~下駄箱で待ってて~」
大半の生徒は大量のプリントを置いて行くのだが
私はその日のプリントは持ち帰っている
週末に焼却炉で処分も出来るのだが
それまでに机、ロッカーが溢れるので
自宅でその都度処分する様にしている
教科ごとに整理、ファイリングしてカバンに詰め込む
大いなる矛盾がそこにはあった
教科書の代わりに紙が配られる
そしてそれを当たり前だと受け入れている世界に。
「ルミ~」
少し遅れて下駄箱に来たがルミの姿は見えない
先に帰ったのか~?あの読書娘は
トイレかも知れないのでしばらく待ったがやはりルミは来なかった
ちなみに下駄箱には鍵が付いているので中を見て確かめる事は出来ない
「連絡しよ」
『どこに居る?れんらく無いなら先帰るよ~』
ふぅ…
10分だけ待とう
ベンチに座りタブレットで漫画を読むことにした
荒廃した世界で一人の少女が光を求めて戦うダークファンタジーものだ
そもそも荒廃した世界では食料も水も確保できず
数日生き延びる事も大変なはずなのに
主人公は走り回り、武器を駆使し敵をバッサリ退治し
更に光と言う存在が約束された救済を手にする(はず)と言う
まさにザ・ファンタジー、空想ここに有り!な漫画だ
だからこそ人気なのかも知れない
私は数年前に完結した漫画を読みながら
友人を待つことにした。