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小説

こうした日々に閉じ込められて

作者: 永井晴

ーto be, or not to beー


外套を着て、暇に急かされるように家を出た。冷たい空気は一瞬で、(わたくし)の全てを空っぽにしてしまった。街()く風の分厚さに気づいて、ああ、元からの伽藍堂に、今さら気がついただけかしら、なんて。そうであるなら何とも滑稽な話であった。

とまれそれも今日一日の僅かな収穫か。そんな風に歩いていると街は大分小さくなったようだった。散歩も数ヶ月前には既に、やり尽くした気分になっていた。

途中で小さな和菓子屋に寄った。稀に散歩のついでに、草餅を買う店だった。今日もいつものおばさんがいた。こんな平らな顔であったかと、少し不思議に思った。

「草餅を一つ、お願いします」

「はい、150円です」

少し手間取った。

「はい。200円ですね」

おばさんはお釣りの50円と、二つの餅を出してきた。

「いいんだよ、おまけってことで」

そう言って微笑んでいた。私は行き過ぎかもしれないお礼を述べて、そそくさと隠れるように道を進んだ。大都会の小径はどこも同じようなものであるから、和菓子屋は直ぐに見えなくなった。

大きな川の傍まで来た。夕暮れには幾分か早いような、霞みがかった景色が広がった。土手の枯れ芝の上に座って、ごく簡単な世界の表面を見た。私のいる所はただ、淡い薄緑に香っているのである。

川の向こうでは、摩天楼の群が影の尾を引いてキラキラと光る。ただ遠くの方に、川は大きく横たわる。そんな傍らで食べる草餅はひどく冷たかった。ひとつ食べてしまうと、二つ目に手を回すのが億劫に思われた。かと言って家でこの冷たいのを食べるのはもっと(はばか)られる。私はつい包みのまま、芝生にぽとっと落としてしまった。やけに鈍い音がした。無気力にやられた私は、しばらくそのままでいた。

空の広さに見とれていると、段々と日は落ちてくる。私は何だか胸が苦しくなった。この冷たい地面に、そのまま伏してしまうのが良い気がした。でもやはり手の平に触れているそれは凍えるほどである。はあ、と心の中で呟いた。また目の前の景色を眺めていた。


帰り道、また適当に歩いていたら偶然にも、あの和菓子屋の通りに出た。私は左右を確認して、横断歩道を渡った。大した宛もなくただ歩くのは何とも気分が悪かった。しかし迷路に迷い込んだ子供のように、私は抜け出せないのである。大都会の生活とは二重に、こういうことの連続だった。いや、大都会と田舎町の境界なんて、どうせ私には分かるまい。私は何処までも歩ける。何処までも、こんな道は続いている。

古びた小さな民家の隅にある、生い茂った植木鉢の蔭を見て、ふと息が詰まった。暗昧な湿り気が触手を伸ばすようで、私は畏ろしくなった。貪欲な生命というものに、ついに吐き気まで覚えたのである。身体の中は朦朧としてきていた。残った草餅が、ポケットの中で窮屈に空間を占有していた。それが邪魔で、小さな公園のベンチでヤケクソでそれを平らげた。気づけば私は、貪欲な生を帯びているような気がして、再び嫌悪を感じた。何とも滑稽な話か。

結局私は戻ってくるだけである。


家の前の道は、何故か広々と感じられる。それは何人(なんびと)にも同じことだろうと思える。旅先で宿が見えてくると、不意に空まで広く見えたりするものであろう。それではまた、世界は何処でも同じことなのかと思ってしまうが。そんなことは今の所はよそう。しかし結局行き詰まっていた私は、残酷にもそんな広闊な景色の中に、またいつの間にか空っぽを宣告されるのであった。

また戻ってきてしまった。笑い話である。

ちなみに、私にはまだ長すぎるほどの時間が余剰しているとのことらしい。


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