『千夜千字物語』その39~陰キャ
「あと一人」
街頭調査のノルマまであと一人がなかなか捕まらない。
かれこれ3時間が経とうとしていた。
すると向こうから見るからに陰キャの男性が歩いてきた。
ヒマリが声を掛けると、
周りをキョロキョロ見回し自分の顔を指差した。
「調査に協力してくれませんか」
「い、いいですけど」
そう言うと、ヒマリは胸をなでおろして
「ありがとうございます!」
と彼の手を取り両手で握手した。
彼は嬉しくなってもう片方の手を添えて強く握り返した。
というのも、
彼はどこへ行っても存在感が薄く
彼女によって初めて存在を認められたように感じたからだった。
ヒマリはなぜか喜んでる彼を見てちょっと気になり
「お礼にお茶でもどう?」
明らかに年下と思われる彼を誘ってみた。
彼は相当嬉しかったのか二つ返事でOKした。
彼はヒロキと言った。
話してみると見た目ほど陰キャではなかった。
ますます気になったヒマリは
色んな角度からヒロキを観察した。
そしてヒマリは改めてお礼を言って、
また会う約束をした。
「今度会う時までに髪の毛を切ってきて」
と言ってヒロキのボサボサの髪の毛を見て、
長さを指示して別れた。
髪の毛を切ってきたヒロキを見て、
「思ってた通りだ」
満足気に呟いた。
ヒロキは新しい髪型にまだ慣れていないみたいで
照れ臭そうにしていた。
ヒマリはヒロキの腕を掴んで
ファストファッションの店へと連れて行った。
何点か洋服をとってヒロキに渡すと
「着替えてきて」
と試着室へ押し込んだ。
出てきたヒロキはやっぱりイケてた。
ヒマリの手によってイメチェンしたヒロキは、
たちまち存在感を露わにした。
会社でもよく声を掛けられるようになり、
仲間ができるようになった。
そうなるとヒロキも自分に自信が出てきたのか、
ちょっと前まで陰キャであったとは思えないくらい明るくなり、
ヒマリとはしだいに疎遠になっていった。
ヒロキが楽しそうにしているのは嬉しいけれど、
ヒマリのヒロキへの思いは募るばかり。
「ヒロキに会いたい」
ある日、ヒマリが会社を出ると目の前にヒロキが立っていた。
会いたくて堪らなかった彼がいま手の届く距離にいる。
自然と目頭が熱くなった。
するとヒロキは駆け寄ってきて頭を下げて謝ると、
「人付き合いが分からなくて、
せっかく仲良くなってくれた人達の誘いを
どう断っていいか分からなくて、今日まで時間がかかった」
と言った。そして、
「僕の居場所はヒマリさんの隣なんだ」
ヒマリの堪えてた涙が溢れ出た。