『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 前編②
「今回は、本当に危なかったな……」
ヒンジャの村での戦いを振り返って、俺はもう何度目になるかもわからないその言葉を発する。
マオなしで大型魔獣に勝利したという結果だけを見れば、大したものなのだと思う。
用事を終えて俺達と合流したマオも、戦いの詳細を聞いて「すごいじゃないか!」と驚いていた。
しかしあの戦いは、俺に己の弱さを容赦なく突きつけてきた。
はじまりの村を出発して以来、俺は仲間と共にたくさんの依頼をこなしてきた。
状況に応じて使い分けることができるくらいには技の種類も増えたし、威力だって増している。
少し前には、マモリから「戦士としては、まあ一人前として数えられるくらいにはなったんじゃねえか」とだって言われた。
あまり人を褒めることのないマモリにとって、その言葉が最大限の賛辞であることがわかるくらいには、仲間との関係だって深まっている。
けれどもまだまだ、俺は弱い。
力の面ではもちろんのこと、心の面でも。
魔獣が放った火の玉が俺の頬を抉った時、マモリの右腕が焼かれた時、熱で気管がやられた時、そしてメグの魔力が尽きた時。
俺は幾度となくいるはずもないマオの姿を探して周囲を見回し、そしてその度に俺達三人以外に頼れる者はいないのだと打ちのめされた。
「強くなったと思ってたけど、やっぱりマオに頼り切ってたんだな」
少しは近づけたような気がしてたけど、相棒としてマオの隣に並び立つ日は、まだ先になりそうだ。
「はあ……」
溜息を吐くのと同時に、自分の腹から大きな音が鳴った。
今日の戦いでポーションを使い切ってしまった俺達は、しばらく腹一杯食事をすることができないだろう。
俺も冒険者になるまで知らなかったが、魔獣の討伐には費用がかかる。
俺やマモリが使う剣は定期的に鍛治師に研いでもらう必要があるし、ポーションだって安くはない。
そもそも人間が動くためにはエネルギーが必要なのだから、身体を動かした日にはいつも以上に食料だっている。
だから、討伐依頼を無償で引き受けるということは、俺達がその分の費用までをも負担するということなのだ。
今回のヒンジャの村での討伐も、ボランティア以外の何ものでもない。
けれども俺は、「無償でいい」という自分の発言を後悔していない。
なんといっても、困っている村人を助けてあげることができたのだ。
それに、マオが俺の立場であっても迷うことなく「弱い者を助けるのは、強い者の義務だからね」と言っただろう。
「……それにしても、死にそうになったのにまだ魔法は使えないんだな」
「『真に必要とされるタイミング』っていつなんだよ」と、誰に言うわけでもない愚痴を溢しながら、両手を閉じたり開いたりする。
当然、それで何かが起こるなんてことはない。
俺が何度かそうしていると、布を一枚隔てた向こう側でメグが寝返りを打つのがわかった。
男女で寝床を分けているとはいえ、同じテントの中ではプライバシーなんてものは無いに等しい。
「戦えない自分が歯痒くて。傷つく二人を治すことしかできなくて、それが本当に辛かったわ」
ヒンジャの村を出てすぐに、そう言って涙を溢していたメグも、今日の戦いで思うところがあったのだろう。
少し前までは啜り泣く声が聞こえていたのだが、ようやく眠れたようで安心する。
「今日だけでも、宿でゆっくり休ませてやりたかったな……」
しかし、今の俺達にそんな余裕はない。
せめてメグの眠りを邪魔しないようにと、俺は静かに外に出る。
テントの設営時に用意した焚き火は、すでに燃え尽きてしまったようで、辺りはぼんやりとしか見えない。
ぐるりと周囲を見回すと、テントから少し離れた木の根元にマモリが一人で座っているのがわかった。
俯いたまま身じろぎもしないマモリを、俺は最初寝ているのかと思った。
しかしどうやらそうではないらしく、マモリは難しい顔で自分の手の中にある何かを見つめているようだった。
そっと覗き込んでみると、どうやらそれはペンダント状のロケットで、中には人の写真が挟まれているように見える。
「マモリの家族か?」
「……ああ、ユウか」
マモリは俺の質問には答えずに、「寝れないのか?」と聞いてくる。
隠すように左胸のポケットに捩じ込まれたロケットについては、おそらく触れられたくないのだろう。
「疲れてはいるんだけどな。変に興奮しちまってるのかもしれない」
「よくあることだ。だが、眠れなくても横になっておいた方がいい。俺達は身体が資本だからな」
そんなことを言いながらも、マモリが動く気配はない。
そして俺も、なんとなくテントに戻る気にはなれなかった。
そのままマモリの隣に腰を下ろす俺に、マモリは何も言ってこない。
「なあ、聞いていいか?」
「……内容によるな」
「マモリは、どうして戦士をしているんだ?」
冒険者は、人々の憧れの存在だ。
しかし同時に、辛くて危険な仕事でもある。
現に今日だって、俺達が命を落とす可能性は十分にあった。
マオは勇者を続ける理由を、「真面目に真っ当に暮らす人々の生活を守るため」だと言っていた。
治癒師であるメグは、「一人でも多くの人間を救いたい」と言っていた気がする。
けれども今の俺には、戦士を続ける理由がない。
勇者になりたいのだって、呪術師から「素質がある」と言われたからにすぎない。
じいちゃんの教えに従って、ただ目の前のことに全力で取り組んでいるだけだ。
そんな俺が、この先もやっていけるのか。
大した理由や目標もないのに、マオ達と行動を共にし続けてもいいものなのだろうか。
……戦いの後から、幾度となく自分にそう問い掛けてきたが、いまだに答えは見つからない。
するとそんな俺の気持ちを見透かすかのように、マモリは小さく笑って「若いな」と言った。
馬鹿にするふうではなく、それは昔を懐かしむような響きを有しているように思われた。
「俺が戦士をしているのは、戦えるだけの身体と力があるからだ。マオのように高尚な理由があるわけじゃない」
マモリは「あるからには使わないと、勿体ねえからな」と付け加えると、座ったままで伸びをする。
「マモリは人族のために戦ってるわけではないのか?」
「まあ、そりゃ自分が魔獣を討伐することで人を救えるのは嬉しいさ。だが、『人のため』だけに何かをし続けるのはしんどいぞ」
マモリはそう言って、先程ロケットを突っ込んだのとは逆側のポケットから小さな酒瓶を取り出す。
そして瓶に直接口をつけると、一口で中身を飲み干した。
「……さっきも言ったが、おまえはまだ若いんだ。戦士を続ける理由なんて、これから探していけばいいんだよ」
マモリはそれだけ言うと立ち上がり、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
子ども扱いされたのだとはわかった。
けれどもなぜか、今はその子ども扱いが妙に心地よく感じられたのだった。




