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ヒンジャの村へと戻る道中。
私はなぜか、ユウ達と行動を共にすることになってしまった。
私がユウ達の様子を窺っていたことに、彼らは早い段階から気づいていたらしい。
マモリから「いつまで隠れてるつもりだ?」と言われた時には、思わず「ひええっ」と叫んでしまったし、その後のメグからの「一緒に行きましょう?」という誘いを、断ることはできなかった。
ユウ達と共に、ヒンジャの村へと続く道をとぼとぼと歩く。
そんな中、ユウの口から「なんで加勢してくれなかったんだよ」という言葉が発せられた。
それは私に対する非難のようにも、純粋な質問のようにも聞こえるものだった。
なぜ大型魔獣との戦いに加勢しなかったのか。
それはもちろん、私があまりに出しゃばることで、『JOL』の物語を大きく変える可能性があったからだ。
記憶を頼りにこの世界を生きている私にとって、なるべくならそれは避けたい。
それに、ユウの勇者としての成長を考えるなら、やはり私は手出しするべきではなかった。
ユウが勇者になることを望んでいるのなら、私の「マオの闇落ちを防ぐ」という私欲のために、彼の成長の邪魔をするわけにはいかない。
私としては、きちんと理由があっての行動だったのだけど、しかし正直に答えられるような内容でもない。
悩んだ挙句捻り出した表向きの理由は、随分と冷たいものになってしまった。
「……だって、私は村長から依頼を受けていないもの」
けれども、どうやら私の悪評のおかげで、すんなりと納得してもらえたようだ。
ユウは私の返答を聞いて、拗ねたように唇を突き出しながら「なんだよ、せっかく少し見直したのに」と言った。
「やっぱり『守銭奴』の噂は本当だったんだな」
「うるさいわね。なんとでも言いなさいよ」
「さっきは泣きそうな顔してたくせに」
「私が? 見間違いじゃないの?」
ユウの私に対する態度は、決して友好的とは言い難い。
それでも、以前会った時よりは随分と和らいでいて、ヒンジャの村に着くまではあっという間のことに感じられた。
「ほら、あそこが村長の家だ」
ユウが指差す先にあるのは、家としての最低限の設備の他には一間しかないだろうと思われるくらいの、こじんまりとした日本風家屋。
竹で作られている柵はすでに朽ちていて、屋根瓦がところどころ欠けていることからも、「十分な蓄えがない」というのは本当なのだろうと察せられた。
「村長! 戻ったぞ!」
「ああ、戦士様に治癒師様。ご無事で何よりです」
「大型魔獣はやっつけた。これで、村人も安心して暮らせるはずだ」
「なんと……! 本当にありがとうございます」
そんなやりとりをした後で、村長は私へと視線を向けて「あなた様は?」と聞いた。
確かに、先程は三人だったところに人が一人増えているのだから、疑問にも思うだろう。
「アイと申します。私は彼らのパーティーメンバーではないのですが、そこでたまたま出会ったので」
「アイ……? ひょっとするとあの有名な、勇者の?」
「ええ、まあ。おそらく」
「有名な?」との質問に、自分で「はい」と答えるのが恥ずかしくて、おかしな返事になってしまった。
村長はどう思っただろうか……と様子を窺うと、なぜか彼は困ったような表情を浮かべていた。
「どうかしたのか?」
ユウもそれに気づいたらしく、不思議そうに尋ねた。
「いえ……。あの、このお方も討伐に参加されたのですか?」
ユウの質問に質問で返してくる村長の意図は、やっぱりわからない。
「私は討伐には参加していません。見ていただけです」
「……左様でございますか。それはよかった」
「よかった? 私が討伐に参加していたら、何か不都合なことでもあったのですか?」
自分の評判が悪いことは知っているけれども、「こんな人間に村を救ってもらいたくなどない」とまで思われているのだろうか。
それは少しショックだ。
しかしどうやらそうではないようで、村長は両手を胸の高さまで上げると、焦ったように「いえいえ」と私の言葉を否定した。
「不都合というわけではありません。ですが、アイ様への依頼は高額だと聞いていますゆえ」
村長はそう言うと、「冒険者の方に報酬をお支払いするような余裕が、この村にはないのです」と付け加えた。
……まあ、この村が金銭的に厳しい状況であることはわかる。
村長だって、悪気があっての発言ではないのだろう。
それでも、私は彼の言葉が許せなかった。
命を賭けて魔獣と対峙した者達へ報酬は、〝余裕があるから〟渡すものではないのだから。
「……そうね。確かに、私があの大型魔獣の討伐を依頼されたならば、この村全員が家財道具全てを売り払わないと工面できないような額の報酬を要求するわ。だってそれが、正当な対価だもの」
私がそう言うと、ユウ達がぎょっとしたのがわかった。
けれども、私はそれをわざと無視する。
ユウ達が報酬を受け取らないと判断するのは、まあいい。
それでも困っている人間を助けてあげたいという、彼らの正義に従った判断なのだろうから。
しかしそれを、ヒンジャの村の住民が当然のように受け取るのは違う。
同じ痛みを味わえ……とまでは思わないけれど、それでも今回の成果がユウ達の痛みや苦しみなしには得られなかったものだと、村人達はきちんと理解しなくてはならない。
「あなた達は、炎で頬を抉られたことはある? 腕を焼かれたことは? 熱で気管がやられて、息ができなくなったことは? 彼らは、今回の大型魔獣を倒すにあたって、その痛みや苦しみの全てを経験したのよ」
私の言葉を聞いて、村長が顔を歪める。
「……ですがみなさんはお強いでしょう? それに、きっと慣れていらっしゃる」
彼の発言には、「そうであってほしい」という願いが込められているように感じられた。
けれどもそれを「馬鹿なの?」という強い言葉で一蹴する。
「慣れるわけがないでしょう。たとえ優秀な冒険者であっても、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいの。あなたの目から私達がどう見えているのかはわからないけれど、私達は超人じゃないし、私達とあなた達にそれほど大きな違いはないわ」
目の前で「すみません……」と項垂れる村長は、おそらく私が言いたいことを理解してくれたのだとは思う。
それでも、私は口を閉じることができなかった。
「『人は支え合わないと生きていけない』というのは、その通りだと思う。けれど支えてもらう側の人間が、支えてもらえることを当然だとは思ってほしくないわ。支える側も同じ人間であるということを、どうか忘れないでちょうだい」
本当はもっといろいろと、今回の討伐でユウ達がどれほどの犠牲を払ったのかとか、それこそ戦士として今の実力をつけるまでにどれほど努力してきたのかとか、言いたいことはたくさんあった。
けれども、私を止めたのは他でもないユウだった。
「アイ、もういいから。無償で依頼を受けると決めたのは俺達だ。……それにほら、あの子が怯えてる」
ユウの言葉に促されて彼の視線の先を辿ると、そこには痩せ細った子どもが立っている。
おろおろとした様子でありながらも立ち去ろうとはしない子どもに向かって、私はできる限り優しい声色で「どうしたの?」と尋ねてみる。
するとその子は「これ……」と言って、手の中にある包みをこちらに差し出した。
「これは……おにぎりかしら? くれるの?」
「うん。魔獣を倒してくれたから、お礼に」
「そういうことなら、魔獣を倒してくれたのはこの三人よ」
そう言ってユウ達を手で示すと、ユウは少し悩んだ素振りを見せた後で、「ありがとう。でも、気持ちだけで十分だ」と言って、子どもの頭をくしゃくしゃと撫でた。
続いてマモリとメグも、ユウと同じように子どもからのお礼を固辞する。
「気持ちは嬉しい。ありがとうな」
「私も、とても嬉しいわ。でも、これはあなたやあなた達の家族で食べてちょうだい」
それが彼らの優しさからくる言葉であることは、疑いようもない。
けれども私は、思わず「受け取ってあげればいいのに」と言ってしまった。
大したお礼ができないことは理解しつつも、自分にとっての最大限のお礼を差し出そうとしたこの子の気持ちを、汲んであげればいいのに……と思っての発言だった。
しかしユウは私に向かって「いいや」と答える。
「俺は受け取りたくない。飢えた子どもの貴重な食料を受け取るなんてこと、俺にはとてもできない」
「けど……」
「これは、俺達とあの子との話なんだ。どうするかは、俺達に決めさせてくれ」
そう言った後に「でも、ありがとな」と眩しい笑顔を浮かべるユウに、私はもうそれ以上何も言うことはできない。
……きっと「どちらが正しい」というものではないのだ。
〝飢えた子の貴重な食料〟を食べるわけにはいかないと考えることも、〝幼い村人からの精一杯の感謝の気持ち〟を受け取ってあげてほしいと思うことも。
当然ながら、自分とは違う行動をとる人間が間違ってるわけでもない。
そんなことを考えながら、私はその場の光景をぼんやりと眺めるのだった。




