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「大型魔獣に襲われて、〈ヒンジャの村〉に甚大な被害が出ているそうだ」
そんな噂が耳に届いたのは、ユウ一行との初対面を果たしてすぐのことだった。
さっそく現地に向かってみたところ、そこにはすでにユウとマモリ、そしてメグの三人の姿がある。
どうやら、この村の村長からちょうど大型魔獣討伐の依頼を受けている最中らしい。
「ご覧の通り、ここは村民が身を寄せ合って暮らしている小さな村です。大型魔獣が出現して以来、村人は皆日々怯えながら暮らしておるのです」
いかにも頼りなさげな村長が、小さな身体をさらに縮こめて、ユウ達に向かって被害を訴えている。
私の記憶にある村長のセリフと一言一句違わないその言葉を聞きながら、私は改めて「ヒンジャの村の戦い」と呼ばれる中ボス戦について、記憶の蓋をこじ開ける。
『LOJ』前半において、最初のボス戦となる「ヒンジャの村の戦い」。
村長が言うように、相手は大型魔獣だ。
四足歩行で移動するその獣は、見た目はオオカミを想像してもらえれば、わかりやすいかもしれない。
「大型」と言われるだけあって、身体は小さな丘くらいもあるだろうかと思われるくらいに大きい。
回復魔法を使うことはないので、こちらから攻撃し続ければ、いずれ倒せる相手ではある。
とはいえ、火属性の攻撃魔法を操る相手であるため、火傷による継続的なダメージが地味に厄介だったりする。
……というのが、敵である大型魔獣への評価。
けれども、この戦いにおける一番のポイントは、敵そのものではない。
私はもう一度、村長と話を続けるユウ一行へと視線を向ける。
そこにいるのは、やはりユウとマモリとメグの三人だけ。
そう。この戦いにおける最大のポイントは、〝味方パーティーにマオがいない〟こと。
つまり、ユウ達はパーティーの中心である勇者がいない状態で、大型魔獣に挑まなくてはならないのだ。
『LOJ』のストーリー通りであるのなら、ヒンジャの村での被害が明るみになる数日前に、マオは「用事があるから」と言って、ユウ達との別行動を申し出ているはず。
目の前にいるのが三人だけであることから、おそらくこの世界においても、同じようなやりとりがあったのだろう。
ちなみに、この時のマオの別行動について、その後ゲーム内で触れられることはない。
ただただ、ヒンジャの村の戦いでマオがいない状態を作り出すためだけの、意味のない別行動なのだと思う。
攻撃魔法を扱う大型魔獣を相手に、ユウ達が使える魔法はメグの回復魔法のみ。
いつ炎が飛んでくるかもわからない状態で、ユウとマモリは物理攻撃で対抗するしかない。
そんな状況だから、一周目にプレイした際には、この戦いにかなり手こずった記憶がある。
それまではマオの能力の高さに依存しきっていたのだから、当然だ。
何度もやり直した挙句、回復薬であるポーションを大量に投入することで、なんとか勝ったような気がする。
何度もやり直した挙句、だ。
ぶるり、と身体が震える。
今までは大して意識もしていなかったけれど、この世界に生きているユウや私にとって、ここは現実世界なのだ。
「勝てなかったからやり直し」はない。
勝てなければ、待っているのは死だ。
この世界におけるユウ達の実力について、私はよく知らない。
物語の中ボスである大型魔獣くらいなら難なく倒せるのかもしれないし、そうではないかもしれない。
視線の先では、ユウと村長が固く握手を交わしている。
「この村には、十分な蓄えがありませんで……」
「そんなこと気にするな。俺達に任せろ」
「ああ、なんと! どうぞよろしくお願いいたします!」
「俺達は、弱い者の味方だからな」
そう言って胸を張るユウは、随分と余裕があるように見える。
けれども、やり直しのきかないこの世界において、楽観的な考えは文字通り命取りになりうる。
……任せきりにしておくことなんてできないわ。
そう考えた私は、大型魔獣の元へと向かうユウ一行の後を、そっとつけることにしたのだった。
◇◇◇
「ぐっ……! 任せたぞ、ユウ!」
「わかってる! だが、炎が邪魔で近づけねえ!」
「ユウ!! このままじゃ身体が保たないわ! すぐに回復魔法をかけるからっ!」
「くそっ! 右腕が焼かれた! メグ、回復魔法を頼む!」
「ちょっと待て、マモリ! 回復魔法を待ってはいられない。ポーションがあるはずだ!」
「ごめんなさい! このターンが終わったら、全員に回復魔法をかけるから! だから、あと少しだけ耐えてっ!」
「……やばいぞ。おい、ユウ! しっかりしろ!!」
「わ、悪い。熱で気管がやられちまったみたいだ。息が、できねえ……」
「どうすんだよ、ポーションは使い切っちまったぞ……。メグ! なんとかできねえか!?」
「わかってる! 今やっているところだからっ!!」
「……魔力を使い切ってしまったわ。二人とも、本当にごめんなさい」
「……もはやここまでか」
「いや、まだだ!! 諦めるな!!!!」
――――――。
◇◇◇
……さて、結論から言おう。
ユウ達は大型魔獣を倒すことに成功した。
本当に、本当に危ないところだった。
正直見ていられなかったし、何度加勢しようかと考えたことか。
けれども、彼らは自分達の力だけで危機を乗り越えた。
ユウ達はマオのいない状態で、見事『LOJ』前編の中ボス戦に勝利したのだ。
戦いの中で、ひやりとする場面は何度もあった。
例えば、魔獣が放った火の玉がユウの顔を掠めた際に、彼の頬の肉が一瞬にして抉れた時だとか。
幸いにもすぐにメグが治癒魔法を施したものの、その時の痛みに歪んだユウの表情は、今でも頭を離れない。
私には、チート級の伝説アイテムや、金に糸目をつけずに購入した一級品の装備がある。
おかげで、今まで死を覚悟する瞬間なんてなかった。
それどころか怪我も、痛みを感じる場面だってほとんどない。
けれども、ユウ達は違う。
彼らは記憶に助けられることもなく、真っ当な方法で旅を続けている。
痛みを伴い、時には命を危険に晒しながらも、魔族と対峙しているのだ。
このボス戦において、私はそのことを実感させられた。
大型魔獣の遺体のそのすぐ傍で、ユウとマモリとメグの三人が天を仰いで倒れ込んでいる。
まさに「満身創痍」という言葉がぴったりの、ぼろぼろ具合である。
そんな彼らを、私は少し離れた木の影からじっと見守る。
しばらくそうしていると、ふいにユウがこちらに向くのがわかった。
「見られていたことがわかれば、彼はきっと嫌がるだろう」との思いから、身を隠そうとしたものの間に合わず、ユウの視線が私を捉える。
しかし予想に反してユウは、嫌そうな顔をしなかった。
私の姿を確認すると、一瞬驚いたような表情を浮かべた後で、彼は右手を空に向かって突き上げながら微笑んだ。
「やったぞ!」という心の声が聞こえてくるような、満足げな笑みだった。
……ああ、やっぱり。ユウこそ本物の〝勇者としての素質を持つ人物〟だわ。
そんな思いを抱きつつ、初のボス戦を終えた彼らに向かって、私は心の中でそっと拍手を送るのだった。




