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私が前世を思い出してから、早くも半年が経過した。
この半年間は私にとって「激動の半年」とでも呼ぶべきもので、私を取り巻く環境はがらりと形を変えてしまった。
〈村人I〉というモブでしかなかった私が、〈勇者:アイ〉として周知され始めたのだから、当然のことと言えよう。
極々限られた人間しか魔法が使えないこの世界において、本来ならばモブであるはずの私が、なぜ勇者になれたのか。
それはもちろん、前世で『LOJ』をプレイした記憶があるからに他ならない。
マオ推しだった前世の私は、『LOJ』の結末を知って心に深く傷を負った。
その傷を癒すために最初にしたのが、様々な攻略サイトを読み漁ることだった。
「ひょっとすると、ユウとマオが決別しない別のルートがあるかもしれない……!」
一縷の望みを掛けて、ありとあらゆるサイトを覗いたものの、結局いくら調べようともそんなルートは見つからなかった。
その結果、次に私がとった行動は〝マオがラスボス魔王になる〟というバッドエンドから全力で逃げることだった。
以前に触れた「もしも」の世界線の二次創作も、逃げ道の一つ。
それに加えて当時の私は、とにかく〝ユウとマオが手を取り合って戦っていた時代〟を、つまり『LOJ』の前半だけを繰り返しやり込んだのだ。
全サブミッションをクリアするのは当然のこと、ゲームの進行にはなんら関わりのないコンテンツだって、漏れなく網羅した。
例えば、「ポーカーキング」の称号を得るために、酒場で開催されるポーカーの大会に連日通ったりだとか。
あるいは、主人公である自身のキャラデザを自在に変える「変身術」を会得するために、怪しげな人物の元に弟子入りしたりだとか。
そんなことをしていると、前半ディスクの総プレイ時間は凄まじいものとなり、千時間を超えたあたりで兄からは「正気か!?」とまで言われてしまった。
けれども今、あの時の記憶と経験が存分に役に立っている。
……あの時間がなければ、〈天与のチタナイト〉を手に入れることなんてできなかったわ。
そんなことを考えながら、私は服の中にしまっていたペンダント状の鉱石を、そっと掌に取り出す。
一見すると黄緑色に見えるそれは、光の角度によって様々に違った輝きを放ち、ただの宝飾品としてでも高く評価されることだろう。
けれどもこれは、ただの宝飾品なんかじゃない。
この世界では伝説の存在だと考えられている、〈三種の魔道具〉の一つなのだ。
天与のチタナイトを含む三種の魔道具については、この世界で語り継がれている神話の中で度々登場する。
神話によると〝生来魔力を持たぬ者にも後天的にその力を付与する道具〟だというこの天与のチタナイトを、実在するものだと信じている人間はほとんどいないだろう。
しかし現在、その伝説の存在が私の手の中にある。
前世の私が途方もない時間をかけて、三種の魔道具の在処を突き止めていたおかげである。
この天与のチタナイトの〝魔力の付与能力〟とでも呼ぶべき力によって、そして尽きることのないその強大な魔力によって、本来魔法を使うことなどできるはずもないモブの私が、勇者として攻撃魔法や防御魔法を扱うことができている。
前世の私が『LOJ』の前編をやり込むことになった理由を踏まえると、「前世でのマオに対する思いの強さが、今世での私を勇者に導いた」と言っても過言ではないだろう。
某掲示板では「ゲームの難易度にそぐわないレベルのチート級アイテム」だとか、「この難易度のゲームのためにこれだけの労力をかけて三種の魔道具を手に入れる奴はバカ」だとか、散々な言われようだったけれど、ようやく前世での頑張りが報われた気持ちだ。
……さて、今日も早めにノルマを達成しておくか。
面倒臭く思う気持ちを振り払い、自分自身に課したノルマをこなすために、魔獣が出るとされる森へと足を踏み入れる。
魔獣と言っても、ここにいるのは大きめの昆虫に似た種属で、長い胴体に生える数多の手足がうようよと動く様は少し気持ちが悪い。
農作物を食い荒らすことからも忌み嫌われているそいつに剣を振り下ろすと、魔獣は抵抗する間もなく生き絶えた。
元はモブである私が、一撃で魔獣を仕留められたことからもわかるように、この剣を含む装備も一級品のもので揃えている。
剣は軽く振るだけで敵に会心の一撃を与えることができるし、この服のおかげで敵の攻撃が直撃しても無傷だ。手応えや痛みもほとんどない。
「さすがにずるい!」と思われるかもしれないけれど、実際に身体を動かしているのは私自身なので、どうか許してもらいたい。
むしろそれくらいでないと、私は早々にやられてしまうだろう。
魔獣の胴体に刺さった剣を引き抜いて、遺体の傍らに出現した〈魔石〉を拾い上げる。そしてそれを革製のヒップバッグに詰め込む。
その一連の作業を何度か繰り返すと、ものの数十分でバッグの中身はいっぱいになった。
「まあ、これだけあれば一週間分の食費にはなるでしょ」
独り言を言いながら、濁ったような青色の魔石を指先で撫でる。
表面がつるりとした球体のそれは、赤ん坊の握り拳くらいの大きさで、触ると微かに熱を有していた。
勇者をはじめとする冒険者は、依頼を受けて魔族を討伐することによって金銭を得ている。
けれどもパーティーに加入せず、依頼もたまにしか受けない私にとっては、魔族が絶命した際に出現するこの魔石が貴重な収入源なのだ。
ちなみに、魔石の大きさは魔族の身体の大きさに比例していて、大きければ大きいほど高値で取り引きされることが多い。
個体によって色も違っていて、下級魔族であるアメーバなんかの魔石が黒に近い色であることを考えると、今手元にある魔石は比較的マシな色をしていると言えよう。
金銭を得るために魔石を集め、一級品の装備や最高級ポーションを買い占める私の評判は、正直なところ良くはない。
多くの冒険者が人族を守るためにその力を使う中、私は己の欲望を満たすためだけに動いているように見えるからだと思う。
……おそらくマオからも、嫌われているんだろうなあ。
なにしろマオは、穏やかな見た目に反して熱い思いを胸に秘め、人族のために自身の力を使おうと考えている人物なのだ。
彼にとっては、私利私欲のために勇者の能力を使おうとする者など、最も軽蔑すべき部類に分類されるはず。
そう思うと気持ちが滅入りそうにもなるけれど、へこたれてなんかいられない。
勇者になることを決意したその瞬間に、「マオの闇落ちを防ぐためならば、たとえどんな汚れ役だって引き受けよう!」と、覚悟を決めたじゃないか。
主人公ユウが加入するパーティーに不穏な動きがあるのは、『JOL』の後半パートに入ってから。
その時に彼らの運命を変える手助けができるよう、今は力を蓄えておく必要がある。
「成金勇者」だとか「守銭奴」だとか、私を蔑む声を完全に無視するだけの図太さは、残念ながら持ち合わせていない。
それでも、日々の小さな積み重ねがやがて大きな目標の達成に繋がるのだと信じて、私は今日も魔石を集め続けるのだった。




