『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 前編「冒険の始まり」
「一緒に〝平穏な世界〟を手に入れよう」
その言葉と共にこちらに伸ばされたマオの手を取って、俺は冒険者としての第一歩を踏み出した。
正直なところ、マオの言う〝平穏な世界〟がどういうものかはわからない。
けれどもどこかに困っている人がいて、その人を助ける力が俺にあるのなら、その力を使わないという選択肢はない。
……まあ、「勇者としての素質を持つ人物」という言葉に、浮かれたのも事実だけど。
森の中でじいちゃんとだけ生活してきた俺は、端的に言えば常識知らずだった。
そんな俺に、マオは嫌な顔一つせず、いろいろなことを教えてくれた。
例えば、敵である〈魔族〉について。
「魔族か人族かは、角の有無で見分けられる。ほんの一部の者しか魔法が使えない僕達〈人族〉とは違い、〈魔族〉は全員が魔法を使えるんだ。魔力量の多い個体ほど強いとされていて、僕達勇者の魔力量は中級魔族と同程度だと考えられている」
とはいえ、魔族には「味方と連携する」という考えがないらしい。
そこで人族は、パーティーを組んで主に勇者を支える形で、自分達よりも強い魔族の討伐に当たっているという。
「この世界の大多数を占めているのが人族で、魔族の割合が全体の一パーセントにも満たないから、とれる方法だね」
人族の戦い方について、マオはそう言った。
力では魔族に劣る人族と、数では人族に劣る魔族。
そうなると「互いに干渉すべきではない」という考えに至るのも自然の成り行きで、不要な争いを避けるため、もう数百年以上も前から人族と魔族は居住区を分けて生活してきたそうだ。
人族と魔族の関係についてそのように説明するマオに、俺はずっと気になっていた質問をぶつける。
「じゃあ、なんではじまりの村に魔獣が出たんだ? マオの説明だと、魔獣は魔族の居住区にしかいないはずだろ?」
勇者であるマオなら、俺の疑問にも答えてくれるはずだ。
しかし俺の期待に反して、マオは困ったような顔をして「わからないんだ」と首を横に振った。
「なぜ今、魔獣が人族の居住区に現れるようになったのかはわかっていない。けれども数年前から、目撃情報は多くなっているし、それに伴って魔獣による被害も増えている」
「被害」という言葉を聞いて、俺の頭にははじまりの村での出来事が思い浮かんだ。
あの時、俺達の到着が少しでも遅れていたならば、森の真ん中で真っ二つになっていたのはあの女の子だったかもしれない。
怯えた目を向けられたことにショックは受けたが、それでもあの子を助けることができて本当によかった。
……俺もいっぱいいっぱいだったから、相手の顔は全く覚えていないんだけど。
おそらく俺の考えていることが伝わったのだろう。
マオは労うように俺の肩を叩くと、「それにしても、魔法の発動もなしに魔獣を倒すなんて驚いたよ」と言った。
マオによると、どうやら俺は「勇者としての素質を持つ人物」ではあるものの、勇者と呼べる段階にはいないらしい。
魔法が使えないのだから、当然と言えば当然だ。
「魔法が使えるようになるまでは〈戦士〉として、僕と共に戦ってほしい」
マオからはそんなふうに言われている。
ちなみに、いつどこで魔法が使えるようになるのかは、マオにも呪術師にもわからないという。
「『勇者としての能力は、真に必要とされるタイミングで開花する』と言い伝えられている」
そう言われてしまうと、俺ができるのはいつその時がきてもいいように力を蓄えることだけだ。
マオにとっての俺は、今はまだ「後進」で、「育成すべき存在」にすぎない。
だが近い将来、相棒としてその隣に並び立ってやろうじゃないか。
「……待ってろよ、マオ!」
俺の決意を聞いて、マオは満足そうな顔でゆっくりと頷いたのだった。
◇◇◇
その日のうちに、俺とマオははじまりの村を出発した。
そしてすぐに、俺達は二人の仲間を手に入れた。
一人目は〈戦士〉のマモリ。
そして、二人目は〈治癒師〉のメグだ。
マモリは、とにかく強い。
身長こそマオと大差ないが、数多の古傷が残る筋肉質な身体と鋭いその目つきだけで、アメーバのような下級魔族や小さな魔獣は逃げ出してしまうほどだ。
そんな人間が、自身の背丈と変わらないほどの大剣を軽々と振り回して戦うのだから、味方としてはこれほど頼もしい人物はいない。
正確な年齢はわからないものの、「俺の半分程度しか生きてねえようなお前らには、まだまだ負けねえよ」と言っていたことから、三十代半ばなのだろうとは思う。
あまり自分のことを話したがるタイプではなく、なぜ戦士として戦っているのかどころか、普段はどこに住んでいて、どういった家族構成なのかすらもわからない。
それでも、戦士として力不足な俺に「しゃあねえなあ」などと言いながらも、あれこれと指導してくれるマモリを、俺は心から信頼している。
そして、メグ。
俺達よりも三つ年上だというメグは、マモリとは反対に、出会って早々自分の生い立ちや旅の目標なんかを熱く語ってくれるような人物だ。
「私は三人姉弟の長女なの。治癒師としての力の発現が周囲より遅かったこともあって、家族のことはよく覚えているわ」
メグによると、治癒師の能力を持つ人間は、だいたい三歳から五歳の間にその能力に目覚めるという。
治癒師として能力を持つと認められた人間は、すぐに〈聖なる村〉に送られて家族との連絡も制限されるらしい。
それゆえ、聖なる村には家族の顔も覚えていない者が数多く存在するそうだ。
「自分自身に回復魔法を使うのは勇者にもできるけれど、他人に回復魔法をかけられるのは治癒師だけなの。魔族にも他者を回復させる能力を有する個体は、今のところ確認されていないそうよ。それ以外の魔法は使えなくとも、魔族側にその力が渡ると脅威になりうるから、治癒師は厳しく管理されているのでしょうね」
ちなみに、メグの言う「管理」がどれくらい厳しいものなのかと問えば、「治癒師同士の雑談すら許されないくらいによ」との答えが返ってきた。
「幼い頃に親から引き離されて、互いに助け合うこともできないような環境だもの。村ではみんな機械みたいに、ただ淡々と任務をこなすだけ。正直私は異質な存在だったわ」
確かに、治癒師の大多数が機械のような人間ならば、メグはかなり浮いた存在だったのだろう。
なにしろ、「目の前で家族が魔獣に食い殺された」というマオの過去を聞いて、人目も憚らずに大泣きするような人物なのだから。
けれども俺は、人間味溢れる彼女のことが気に入っている。
「治癒師である私の存在がみんなにとっての救いになるよう、精一杯務めを果たすわ」
そう言って満面の笑みを浮かべるメグの存在は、心強いことこの上ない。
俺とマオ、そして新たにパーティーに加わったマモリとメグ。
勇者であるマオを中心に、戦士と治癒師の計四人からなるこのパーティーは、理想的な形だとされている。
……さて、準備は整った。
俺達の冒険は、ここから始まるんだ!
仲間と共に【人間界を守る】ため、俺はまだ見ぬ世界へと足を踏み入れるのだった。




