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次に意識を取り戻した時、私は木陰に横たわっていた。
……ひょっとすると、さっきまでのことは全部夢だったのかもしれない。
そんな期待を込めて、私はゆっくりと辺りを見回す。
しかしそこには、もはや肉片になってしまった元魔獣達が転がっており、少し先には先程の二人の青年が存在している。
そしてやっぱり、私の中にはあの二人とこの世界に関する記憶が残っていて、内心で頭を抱える。
『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』。
やはりここは、あのゲームの世界らしい。
前世で私もプレイしたことのあるRPG『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』、通称『LOJ』。
私が以前生きていた世界において、一時期とても流行っていたRPGで、前世の私も兄に勧められてプレイしたことのあるゲームだ。
なるほど、人族と魔族が居住区域を分けて暮らしているこの世界は、確かに『LOJ』の設定と同じだ。
そして、私から少し離れた位置で血濡れの斧を握る青年が、『LOJ』の主人公であるユウ。
はじまりの村出身の彼は、呪術師の預言に従ってこの村を訪れたマオに誘われて、〝平穏な世界〟を手に入れるために旅を始めることになる。
〈勇者のユウ〉だと思っていたけれど、彼は〈村人U〉でもあるのだなと、どうでもいいところで納得してしまう。
そんなユウの冒険の第一歩となるのが今。
村はずれの森で魔獣に襲われた少女を助けるという、まさにこのシーン。
魔獣に襲われていた少女(つまり私)を無視して目の前で繰り広げられるユウ達のやり取りはRPGのチュートリアルそのものだ。
被害者である私がいないもののように扱われていることに、本来であれば苦言を呈したくもなる状況ではあるが、今の私にとっては都合が良いことこの上ない。
二人のやり取りを前にして次々と蘇る記憶を、私は頭の中で必死に整理する。
繰り返しにはなるが、ゲームの題名は『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』。
前半と後半の二つにディスクが分かれていた『LOJ』は、正直なところ、前半ディスクはこれといった特徴のあるゲームではなかった。
プレイヤーが操作する〈主人公:ユウ〉は、相棒でもあり先輩勇者でもある〈勇者:マオ〉と冒険をスタートする。
そして、訪れる土地で〈戦士:マモリ〉と〈治癒師:メグ〉を仲間に加えて【人間界を守る】ために戦うことになるのだ。
主人公よりも力を持つマオがパーティーにいるおかげで、前半で苦戦することはほとんどない。
ゲーム初心者の私がそう感じるくらいなのだから、某SNS上では「ヌルゲーすぎてつまらない」という声もあったらしい。
しかしこのゲームにおいて特筆すべきは、むしろ後半ディスクにある。
後半では【魔界を潰す】ことを目標に掲げるユウは、開始後すぐに次々と仲間を失うことになるのだ。
ある者は命を失い、ある者は精神を病み、そしてある者は目的を見失い……。
結果としてユウは、そこから一人きりで旅を進めなくてはならなくなる。
そんな中でも心折れることなく、がむしゃらに前に進むユウは、最後に全編を通してのラスボスである〈魔王〉と対峙する。
薄暗く、画面越しに肌寒さまでもを感じさせるラストシーン。
決戦の舞台となる魔王城の最上階では、それまで倒してきた魔獣や魔人の死体が足元に転がっている。
壁面には植物が生い茂り、ただでさえ鬱蒼とした部屋には、暖炉の上に人のものと思われる頭蓋骨なんかが並んでいて、不気味だとしか言いようがない。
そんな中、自身も返り血でドロドロになっているユウの前に姿を現わすのが〈魔王:マオ〉。
そう、『LOJ』では最後に、かつて自分の仲間であったマオを倒さなくてはならないのだ。
前世でその事実を知ったとき、私は誇張ではなく泣き崩れた。
それはもう、先にゲームを終えて横でニヤニヤと私の反応を楽しみにしていた兄ですら大慌てするほどに、咽び泣いた。
「あれほど優しく、正しかった彼がどうして……!?」
前世の私は、マオが好きだった。
ゲームの結末を知って三日間寝込んだ後、それでもマオの闇落ちと死が受け入れられず、彼が幸せに生きている「もしも」の世界線の二次創作を読みふけり、なんなら自作の小説をしたためるくらいには好きだった。
つまり、大好きだった。
もう一度、実在する彼に視線を向ける。
前世の私が好きだった『LOJ』の主人公の相棒。そして、この世界におけるラスボス。
前世での〝推し〟が同じ次元に存在することを嬉しく思う一方で、数メートル先でユウと楽しげに会話をしているマオに、ゲームのラストで登場する瞳の光を失った彼の面影を重ねて、思わず拳を強く握りしめる。
この世界のマオとは少し言葉を交わしただけだけれども、『LOJ』のマオは正義感に溢れる〝憧れのお兄さん〟を体現したような人物だった。
熱い想いを全面的に前に出すタイプのユウとは対照に、強い意思を内に秘めながらも静かに笑っているような、そんな人物。
一見するとお伽話に出てくる王子様にも見紛うほどの整った容姿をしているマオは、しかしとても強かった。
まあ、この世界のラスボスになるくらいだから当然なのだけれど。
だからこそ、そこに彼らの絶望があった。
ラスボスとして君臨するほどの強さを有するマオだから、ユウは世界を守るためにマオを絶対に倒さなければならなかったし、手加減などできなかった。
自分の命や世界の平和を守るために、ユウとマオは本気で殺し合わなければならなかったのだ。
神様はどうしてそれほどまでに過酷な運命を、年若き彼らに背負わせたのか。
そんな八つ当たりじみた考えが浮かぶのも、仕方がないことだと思う。
しかしそこでふと、今まで意識をすることもなかった〝神〟という存在に思いを致す。
なぜ私は、この世界に転生したのだろうか。〝神〟と呼ばれる存在は、なぜ私をこの世界に連れてきたのか、と。
知らないうちに何かしらの使命を与えられているのかもとか、『JOL』の世界でも〈村人I〉はそういう設定だったのかもとか、ただただ神様の気まぐれなのかもとか、いろんなことを考えてみたけれど、私は首を振ってそれらの考えを頭の中から追い出した。
だって、そんなことわかりっこないから。
神の啓示を受けたわけでもないのだから、そんなことはわかりっこない。
同じ人間の考えだって聞かずに知ることなどできないのに、この世界を司る神の考えを推し量るなんて、一登場人物でしかない私にできるわけがないのだ。
私が前世で知ったこの世界の記憶を持っていることには、何かしらの意味があるのかもしれない。
けれども私は、この世界で生きる〈村人I〉でもある。
いるかすらもわからない〝神〟に気兼ねすることなく、この世界で自由に、自分の意思で生きる権利があるはずだ。
だったら私は、私がやりたいように生きてやる。
前世の記憶を有した状態の私がこの世界に生きていることの理由を、自分自身で見出してやる。
例えば、ユウ達のこの物語の結末をがらりと変えて、全員揃って目標を達成するというハッピーエンドにするだとか。
目の前では、ユウとマオの冒険が始まろうとしている。
「呪術師が言っていた『勇者としての素質を持つ人物』とは、どうやら君のことだったようだね」
マオがそう言いながら、ユウに向かって右手を伸ばす。
「一緒に〝平穏な世界〟を手に入れよう」
マオの言葉に、ユウが力強く頷く。
「ああ、行こう」
固く握手を交わす二人の表情は、決意と希望に満ち溢れている。
沈みゆく夕日が二人の影と重なって、それは一枚の絵画のように美しい光景だった。
この光景を、彼らにとって〝一番良かった頃の思い出〟になんかさせない。
彼らはここから始まって、そして目標を達成するべきなんだ。
彼らから少し離れたところ、おそらくゲームの画面には映らないその場所で、私は大きく息を吸う。
そして、誰に知られることもなく決意を固める。
「……私が、マオの闇落ちを防いでみせるわ。『二人で手を取り合って理想の世界を目指す』という、ユウとマオの夢を実現させるために。原作にはなかったハッピーエンドを作り出すために」




