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はじまりの村の〈村人I〉は闇堕ち勇者を救いたい  作者: 小乃マル


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18

 ほんの数分前に出会った半魔人の少年を家に招き入れ、私は家の扉に鍵をかける。

 暴漢や盗賊のいないこの世界において、〝家を空ける際には施錠する〟などという習慣はなく、ケイ達が鍵を持って出ている可能性はほぼゼロだ。

 これで、二人と少年が鉢合わせることはないだろう。


 背後に意識を向けつつも、台所に並ぶリーフの中から「日常用」と書かれた瓶を取り出し、ティーポットに入れる。

 そうして出来上がったハーブティーを少年の前に出すけれど、彼はカップに手を伸ばそうとはしなかった。


「…… 先程あなたがおっしゃった『半魔人』とは、一体なんなのですか?」

 私がテーブルについてすぐ、少年が真っ先に尋ねたのはそれだった。


 確かに、ケイが自分のことを「半魔人だ」と言ったから、人間と魔人の間に生まれた子のことをそう呼称していたけれど、一般的な名称ではないのかもしれない。

「ごめんなさい、別の呼び方があるのかしら? 不快な思いをさせるつもりはなかったのよ」

 ひょっとしたら蔑称だったりするのだろうか……という気持ちでそう答えると、なぜか少年は困ったような表情を浮かべた。


 しかしそれ対する返事はなく、次に少年の口から発せられたのは「随分あっさりと僕を受け入れるのですね」という言葉。

「角を有する僕を、まさか自宅に招き入れるとは思いませんでした」

 彼は一旦そこで言葉を区切ると、「何か企んでいるのですか?」と尋ねてくる。


「人の家を覗いていたあなたがそれを言うのか」とは思ったものの、彼が警戒する気持ちもわからないではない。

 もしもこの少年がケイと似たような扱いを受けてきたならば、彼にとっては人間も魔人も、信用できる存在ではないのだろう。


 そんな彼を少しでも安心させてあげたくて、私は言葉を選びつつ「あなたと同じ、人族と魔族の両方にルーツを持つ知り合いがいるのよ」と答えた。


「この家に一緒に住んでいる少年ですよね?」

「……そうよ。確かに、見ていたなら知ってるわよね」

「ええ、まあ。やはりあの子は魔人の……ええっと……僕と同じルーツを持つ子なのですね」


 少年はそう言うと、顔を顰めて「なぜですか?」と続ける。

「ずっと疑問に思っていたんです。どうしてあなたは、魔族の血を引く者と生活を共にしているのですか? あなたにとって、魔族は敵ではないのですか?」


 少年はきっと、そういう扱いを受けてきたのだろう。

 実際〝人族対魔族〟という構図になる場面は多いし、人族が安心して生活していくために、我々冒険者は魔族の討伐依頼を請け負う。

 それでも、私は目の前の少年に対して「全ての魔族は敵だ」とは言いたくなかった。


「少なくとも、ケイは敵ではないわ。私にとって彼は家族よ」

 私の言葉を聞いて、少年の眉がぴくりと動く。


「魔族のせいで、人間の生活が脅かされる場面もあるわ。でも私は、全ての魔族を知っているわけじゃない。全ての人間が善人ではないように、全ての魔族が悪人ではないんじゃないかしら? ひょっとすると魔族の中には、人間と共生できる個体もいるかもしれない」


「……半魔人の子の保護者としての願望なんだけどね」と付け加えると、少年は返事をすることもなく、そのまま黙り込んでしまった。


 彼は結局、テーブルの上に置かれたハーブティーには一度も手をつけていない。

 しかしさすがに、そろそろ帰ってもらわねばならない時間だ。

 私達に危害を加える気はなさそうだけれど、「なさそう」などという不確かな状態で、ケイ達と彼を会わせたくはない。


 そんな思いから、少年にそれとなく帰宅を促してみたところ、彼はすんなりと席を立った。

 そのまま私と共に裏口から家を出た彼は、ケイの畑の前で足を止める。


「これは魔草……ですか?」

「ええ、そうみたいよ。あなたも魔族の匂いがわかるのよね? 同じ匂い、する?」

「……します」


 少年は薬草に関する知識があるらしく、ケイの畑の充実度合いを見て目を丸くしている。

「このために彼を家に置いているのですか?」

 そう聞かれた時にはさすがにむっとして、「そんなわけないでしょ。冗談だとしても面白くないわ」と言い返してしまった。

 思っていた以上にキツイ言い方になってしまったけれど、少年は素直に「すみません、失礼なことを言いました」と頭を下げた。


「じゃあ、またね。家を覗くのはやめてほしいけど、困ったことがあったら来てくれて構わないから。その代わり、もしもうちの子達に危害を加えるようなことがあれば、許さないわよ」


 私がそう言うと、少年は無言でぺこりと頭を下げて、そのまま森の方へと消えて行った。

 それと入れ替わるようにして、玄関の方から「ただいま」の声がする。


「……あれ? 鍵がかかってる? アイ!! 何かあったの!?」

 焦ったようなケイの声に急かされて、慌てて家の扉を内側から開けると、メテを背中に庇った状態のケイが現れる。

 ケイは私の姿を確認すると、心底ほっとしたというような表情を浮かべて、「びっくりするからやめて」と言った。


「……誰か来てたの?」

 ダイニングテーブルに置かれた二つのティーカップを見てそう尋ねるケイに、私は「うん」と返事をする。


「半魔人の子と知り合いになったの。悪い子ではなさそうだったけど、ケイとメテには会わせたくなかったから帰ってもらったわ。万が一何かあったら危ないから」


 私の言葉に、ケイは何か言いたげな顔をした。

 けれどその時の私は、彼のその表情に気づくことができなかった。


「草花にも詳しい子みたいで、ケイの畑を見てびっくりしてたよ。魔草のことも一目で見分けてた。私なんて、いまだにぱっと見では雑草と間違いそうになるのに」

「魔草を? その人がその時なんて言ってたか覚えてる?」


 ティーカップを片付けながら、雑談のつもりで出した会話に、思いのほか食いつくケイに困惑しながらも、私は少年の言葉を思い出す。


「え? 普通に『これは魔草ですか?』って」

「……本当に? アイから魔草の話を出したんじゃなくて?」

「違うよ」


 ケイが顔色を変えたのを見て、私は「どうしたの?」と言いかける。

 けれども、その声が音になるよりも前に、ケイが家を飛び出したのだ。

 ケイの予想外の行動に、私は遠ざかり行く彼の後ろ姿を、ただ呆気に取られて見ていることしかできなかった。


 ◇◇◇


 その後、ケイが再び家に戻るまでは、実際には数分のことだったのだと思う。

 しかし、彼の身を案じる私とメテにとって、その時間は永遠にも感じるくらいに長かった。


「……ただいま」

 そんな言葉と共に家に帰って来たケイは、どこからどう見ても不機嫌そのもので、私はそれとなくメテを二階の自室へと上がらせる。


「おかえりなさい。どこに行っていたの?」

 そう尋ねてはみたけれど、ケイはその質問に答えることはせず、「簡単に他人を家に上げないで」と言った。


「前にも言ったと思うけど、アイは警戒心がなさすぎるよ。もう少し人を疑ってよ」

 今までにないくらいに怒りをあらわにするケイを前に、私は「ごめんなさい」と謝るしかない。


「確かに軽率だったわ。この家にはあなた達もいるのに……。二人を危険に晒すつもりはなかったの」


 もう一度「本当にごめんね」と謝罪の言葉を口にすると、ケイは顔を歪めて、どうしてだか泣きそうな顔をする。

 そんな彼の顔を見て、「それほどまでに不安にさせてしまっただろうか」と思ったのだけれど、ケイは掠れた声で「……違うよ」と呟いた。


「僕とメテが危険に晒されるから、言ってるんじゃない。アイが危ないから、やめてほしいんだ。アイが僕達を大切に思っているのと同じくらいに、僕もアイを大切に思ってるってこと、いい加減に理解してよ。僕はどんな手を使ってでも、アイのことを守りたいと思ってるんだよ」


 最後に付け加えられた「もっと自分のこと、ちゃんと大切にしてよね」の一言は鼻声になってしまってしまっていて、俯くケイが泣いていることは疑いようもない。

 けれども私はそれに気がつかないふりをして、わざと明るく「いつもありがとうね」と返事をした。


 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 不意にケイが顔を上げたかと思うと、先程までのしんみりとした空気などなかったかのように、「そう言えばこれ」と言って、一通の手紙をこちらに差し出す。


「最初に帰って来た時にポストに入ってたの、渡すの忘れてた」

 ケイの手の中にある封筒は見覚えのあるもので、裏を確認すればやはり差出人の欄にはメグの名前が記されている。


「……大事な話? 僕、席を外した方がいい?」

 ケイにそんなことを聞かれてしまったくらいなのだから、おそらく私の顔は引き攣ってしまっていたのだろう。

 実際に、ケイから手紙を受け取る私は、手が震えないようにするので精一杯だった。


 けれども私は笑顔を作り、ケイに向かって「ううん」と返す。

 そのまま彼にも見えるようにメグからの手紙を開くと、そこに書かれていたのは予想通りの文言で、私は座っているにもかかわらず、足元がぐらりと揺れるような感覚に陥った。


『ユウが魔法を使えるようになったそうです。勇者となったユウは「やっとマオと並び立てる!」と、とても喜んでいます』


 …………ついに、この時がきてしまった。


 もしもこの世界が『LOJ』の内容通りであるならば、マオはまもなくユウの元を去ることになる。

「自分が何を目指していたのかがわからなくなってしまったよ」

 別れの理由には一切触れず、ただそれだけを言い残して。


 もちろんこの世界は、ゲームの世界なんかじゃない。

 この現実世界においては、マモリは死んではいないし、メグは気を病んでもいない。


 しかし、マオが率いるパーティーから二人が脱退してしまったことには変わりない。

 だから、今の状況が『LOJ』の内容通りに進んでしまっているのか、あるいはそうでないのか、私には判断がつかないでいる。

 そしてマオがこの状況から何を思うのか、私にとっては全くの未知だ。


 ……それでも。

「闇落ちなんてさせないわ……」


 私の脳裏に浮かぶのは、一枚の絵画のように美しい光景。

「一緒に〝平穏な世界〟を手に入れよう」

 はじまりの村でそう言って固く握手を交わすマオとユウの姿を思い出しながら、私は改めて心の中でそう決意するのだった。

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