17
魔獣の大襲来から、早くも三ヵ月が経過した。
つまり、私が王都に隣接するこの街に訪れるのも、三ヵ月ぶりということ。
街の様子を見る限り、全てが元通りになるまでには、まだまだ道のりは長そうだ。
それでも、街中では時折人々の笑い声が聞こえてきて、私はほっと胸を撫で下ろす。
メグから私の元へ手紙が届いたのは、今から半月程前のことだった。
『パーティーを脱退し、魔獣から襲撃を受けた街で、とある救済施設を運営することになりました』
手紙にはマモリから住所を聞いたことと、急に手紙を送りつけたことに対する謝罪と共に、そんな言葉が記されていた。
手紙を読み進めると、救済施設は今回の襲撃で職や家族を失った人々の生活を手助けするためのものであり、現在は十数人を収容していると説明されている。
メグの回復魔法を活かし、病院としての役割をも担っているというその施設は、収容者のほとんどが一度は生きることを諦めかけた人々らしい。
『お近くに来られた際には、ぜひお立ち寄りください』
そんな社交辞令とも取れる言葉の後ろには、本文よりも心持ち小さめの文字で『本心なので、ぜひぜひ来てくださいね!』と書き添えられていて、思わず笑ってしまったものだ。
「確かこの辺りのはずなんだけど……」
手紙に同封されていた手描きの地図を頼りに、ひび割れた道を進む私の前に現れたのは、小さな教会のような建物だった。
木材で作られたと思しきその建物は、簡易な作りではあるものの、中からは大勢の人の気配がする。
恐る恐る足を踏み入れた私を出迎えたのは、明るいメグの声。
「アイさん! 来てくださったんですね!」
そう言って朗らかに笑い掛ける彼女は、三ヵ月前に人を殺めかけた人物だとは思えない。
メグだけではない。
収容されているのが〝生きることを諦めかけた人々〟だと聞いていたから、もっとどんよりとした雰囲気を想像していたのだけれど、救済施設の空気は想像以上に暖かくて、私の口からは感嘆の言葉が漏れる。
「手紙では聞いていたけれど、素敵な施設ね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ここに暮らす人々も、少しずつではありますが前を向き始めているところです」
「……あなたは、どうなの?」
そう尋ねる私の脳裏に浮かぶのは、息絶えた女性に縋りつきながら「私は一体、なんのために存在しているのっ!?」と叫ぶメグの姿。
その姿はゲームの画面越しに見たものではあるけれど、実際に彼女は女性の首に手を掛けていたのだ。
この世界のメグもまた、精神的にギリギリな状態であったことは明らかだ。
私の問い掛けの意味が伝わったのだろう。
メグは一瞬目を見開いた後、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……私も同じです。あの時の私は、自分の価値を見失いかけていました。けれどもこの施設を運営する中で、自分の意思に反して生かされた人々が徐々に立ち直る姿を見て、『自分の過去の行いは間違いではなかったのだ』と思えるようになってきました」
そう言ってメグは施設内へと目線を向ける。
私も彼女に倣って施設内を見回すと、丁度そこでは昼食の準備が行われている最中で、異なる年齢の収容者が分担し合って作業を進めているのが見て取れた。
しかし、そこに彼女の姿ははない。
すると私の視線に気づいたメグが、こちらに向かってふわりと微笑んだ。
「あの方にもお会いになられますよね? どうぞ、お墓の方に案内いたします」
そのままメグに連れられてやって来たのは、施設の裏手にある小さな墓地だった。
そこに並ぶのは新しい墓石ばかりで、埋葬されている人達がつい最近まで生きていたのであろうことが察せられる。
メグが室内に戻るのを見届けて、私は目的の人物目掛けて一直線に足を進める。
「久しぶりね」
墓地の中にぽつんと佇むその人にそっと声を掛けると、彼女はぴくりと肩を震わせた後で「お久しぶりです」と返事をした。
「メグから手紙をもらって、会いに来たの。あなたもこの施設で生活してるって聞いたから」
「その後、どう?」と付け加えたけれども、私の目に映る彼女は、あの日「殺してほしい」と懇願していた人間とは別人のように感じられる。
「……あの時は本当にごめんなさい。命を救ってくださったこと、心から感謝しています」
「そう言ってもらえてよかったわ。正直に言うと、あの時の私の判断があなたにとって最善のものだったのか、ずっと悩み続けてきたから」
「こんなことを聞いていいのかわかりませんけど、どうしてあの時私を助けることに決められたのですか?」
「私があなたを殺したくなかったからよ」
正直にそう答えた後で、「『あなたに死んでほしくなかったから』と言ってあげた方がよかっただろうか」と思った。
しかし女性は私の返事を聞いて、むしろ少し嬉しそうにした。
……「なんの心配もない」とは、当然ながら言い切れない。
けれども、きっと彼女は大丈夫に違いない。
女性の表情からそう感じ取った私は、最後に質問を投げ掛ける。
「まだ『死にたい』と思ってる?」
私のその言葉を聞いて、彼女は一瞬迷うような素振りを見せた。
しかし彼女はすぐに視線を上げて、真っ直ぐに私を見据える。
「辛くて眠れない夜もあります。ですが『死にたい』と思う日は、少しずつ減ってきています。私には、やるべきこともありますから」
そう答えると、女性は一際掃除の行き届いた二つの墓石を愛おしげに撫でた。
その瞳には、あの日失った光が戻っていたのだった。
◇◇◇
私が転移魔法を用いてメグの住む街から帰宅すると、家には誰もいなかった。
ケイとメテは、おそらく日課の探索に出掛けているのだろう。
少し前から、私はメテを外に出すことにした。
いまだに彼女の記憶は戻らないし、ヤソの村から無断で連れ出してしまっていることには変わりない。
それでも、「身心共に成長期であるメテを家の中に閉じ込めたままでいるのは、あまりにも不健康すぎるだろう」と考えた上での決断だ。
初めてその考えを打ち明けた際、意外にもケイは「僕もそう思う」と私の考えに同意した。
「ケイにはメテの外出を反対されると思ってた」と言う私に、ケイは「アイの中の僕のイメージってどんななの」と呆れたような顔をした。
「悪い意味じゃないんだけどさ。ケイは心配性だから」
「〝慎重〟って言ってくれない? それに、僕はそれほど慎重でもないよ。アイが不用心すぎるだけ」
そんなことを言いながらも、メテが外出する際には、ケイは必ず彼女に付き添ってくれている。
たとえそれが自宅のすぐ側であったとしても、だ。
「僕には魔人の血が流れているから、普通の人間よりも力は強いよ。いざとなればメテを抱えて逃げることだってできるし」
そう言うケイに甘えて、メテのことは彼に任せてしまっている部分が大きい。
……二人が帰ってくる前に、掃除でもしておこうかな。
そう考えて部屋の中をぐるりと見渡すと、窓の外で何かが動くのがわかった。
一瞬ケイ達が返って来たのかとも思ったけれど、窓に映る影は二人よりも大きい。
以前ケイが口にした「最近視線を感じる」という言葉を思い出した私は、剣を携えて靴を履く。
もう少し穏便に済ませる方法があるのかもしれないけれど、いつケイ達が戻るかもわからない状態なのだ。彼らを危険な目に合わせるわけにはいかない。
裏口から外に出て、人影が見えた窓の方へと回り込むと、小柄な人間が窓から中を覗いているのが見えた。
背丈は私と同じくらい。身体の線を拾わない大きめの衣服と、使い古したボロボロのハンチング帽を身につけているせいで、年齢や性別は定かではない。
けれども、その人物が不審な動きをしていることだけは確かだ。
こちらの動きに気づく様子のない相手に、私はそっと背後から近づく。
「……動かないで。少しでも動いたら刺すわよ」
そう言って不審者の首に剣先を突き付けると、相手は抵抗することもなく両手を上げた。
「私の質問に答えなさい。妙な動きをしたら刺すから。脅しじゃないわよ」
私の言葉を聞いて、相手はこくりと首を小さく縦に動かす。
「最近、私達のことを盗み見ていたのはあなたなの?」
質問に対して「はい」と返すその声は、若い男性のものだ。
「どうして? あなたの目的は何?」
「別に。ただ、このような辺鄙な土地に住むのがどんな人物なのか、気になっていただけです」
「本当に?」
「ええ」
念のため、相手の身体を傷つけてしまわない程度に剣を首元に押し付けて、もう一度同じ質問を繰り返してみたけれど、彼の答えが変わることはなかった。
「……まあいいわ、信じましょう」
私が剣を突きつけたところで、彼は抵抗する姿を見せなかったし、武器に手を伸ばすような素振りもなかった。
それに、私達に危害を加えるつもりがあるのなら、もっと上手く誤魔化すことだろう。
少なくとも、「別に」なんて答えないはずだ。
とりあえず、最後にこの人物の顔だけ確認して、ケイとメテにも注意するよう声を掛けておこう。
そう考えた私が「最後に顔だけ見せてちょうだい」と言うと、目の前の人物が少したじろいだのがわかった。
「何? 顔を知られるとまずい事情でもあるの?」
「そういうわけではありませんが……」
「じゃあ、早くして。これでも相当譲歩してるつもりよ」
剣を持つ手に力を込めると、相手は「わかりました」と呟いて、渋々といった様子で帽子を取る。
帽子に伸ばされた彼の指はほっそりとしていて、滑らかな肌と手入れの行き届いた爪が、ボロボロの帽子とはなんだかアンバランスに感じられた。
帽子の下から現れたのは、若い少年の姿。
幼さの残るその顔立ちや背丈から、十二、三歳くらいに見えるけれど、はっきりとしたことはわからない。
現時点で私が確信を持って言えるのは、彼の頭上に小さな角が生えているということだけだ。
「…………あなたも半魔人なの?」
衝撃のあまり、そんな言葉がぽろりと溢れる。
しかし目の前の少年は、なぜだか私以上に驚いているように見えた。
冷静に考えれば、その少年はまだまだ警戒すべき対象だったとは思う。
けれどもその時の私は、少し前のケイと同じ状況に置かれているかもしれないこの少年を、そのまま放っておくことができなかった。
「……人に見られると厄介でしょう? あなたさえよければ、中で少し話さない?」
私の言葉を聞いて、少年が僅かに目を見張る。
しかし彼は小さく頷くと、「ぜひ」と言って、自宅へと戻る私の後に続いたのだった。




