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はじまりの村の〈村人I〉は闇堕ち勇者を救いたい  作者: 小乃マル


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『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 語られなかったメグの独白

 ――――私は一体、なんのために存在しているのかしら?


 ドアにも窓にも鍵がかけられた真っ白な病室の中で、私はもう何度目になるかもわからない問いを繰り返す。

 まるで清潔な檻のようなこの空間に、答えが転がっているはずもない。


「おまえのその力は、人々にとっての希望だ。身体に気をつけて、精一杯頑張るんだぞ」

「あなたと会えなくなるのは寂しいわ。けれど、あなたが私達の娘であることに変わりはない。あなたは私達の誇りよ」

 聖なる村への移住の日、父と母は瞳を潤ませながらもそう言って笑っていた。


 それが、私の中の両親に関する最後の記憶。

 あの日から私は、一度も自分の家族に会ったことはない。

 

 両親と二人の弟に別れを告げて、聖なる村へと足を踏み入れた瞬間から、私の治癒師としての人生は始まった。

 その時感じた高揚感は、いまだに忘れることがない。

 治癒師という仕事に強い憧れを抱いていた幼い私にとっては、「自分も彼らの仲間になれるのだ!」という期待が、家族と離れ離れになる悲しみに勝っていたのだ。


 当時七歳だった私の中にあった治癒師のイメージは、今思うと随分ぼんやりしたものだった。

 それでも、かつて住んでいた村にたまに訪れる治癒師が、男性も女性も真っ白なローブのような衣服を身につけていたことから、「きっと天使のように清く優しい存在に違いない」と、そう思い込んでいた。


「治癒師としてある一定の水準に達した者だけが、冒険者として勇者や戦士との同行を認められることとなります。それまではこの村で研鑽を積み、己の力を存分に高めてください」


 聖なる村を束ねる人物からそう説明を受け、「自己研鑽」という名目で私に課せられたのは、怪我人や病人の治療だった。

 村に運び込まれる、あるいは派遣された先にいる患者に回復魔法をかけ続けるのが、私に与えられた役割。

 単調な日々ではあったものの、少なくとも私は自分の職務にやりがいを感じていた。


 そんな中、他の治癒師の態度に違和感を抱くようになったのは、同年代の治癒師から冒険者が出るようになってきた頃のことだった。

 態度が悪い、というのではない。

 ただただ〝からっぽ〟というのが、私が受ける印象だった。


 たとえば、両足を切断した患者が運び込まれた時。

 様々な要因が重なったおかげで、その患者は奇跡的に両足を失わずに済んだということがあった。


「ありがとうございます。命が助かっただけでも十分なのに、その上足まで元通りにしていただいて……。このご恩は一生忘れません」


 大粒の涙を流しながら何度も頭を下げる患者を前にして、私は心から「治癒師をやっていてよかった」と思った。

 気を抜けばこちらまで貰い泣きしてしまいそうになるのをぐっと耐え、患者から差し出された手を、私は力強く握り返す。


 けれども、私のその行動に続く者はいなかった。

 私の他に数人いた治癒師は皆、「いえ、別に。それが役目ですから」とそっけない対応するばかり。

 作業のように患者に接する彼らは、私の目にはまるで機械のように映った。


 それからだった。

 私が「人々を救いたい」と、強く思うようになったのは。


 病気や怪我をただ治すだけではなく、救いたい。

 患者に寄り添い、そして彼らに治った喜びと、未来への希望を与えられるような治癒師になりたい。

 

 そう決めてから私は、患者と共に笑い、時に彼らと共に泣いた。

 皆が淡々と治療を続ける中で、そんな私はかなり異質な存在だったことだろう。

 それでも、時折患者から発せられる「あなたみたいな治癒師に出会ったのは初めてよ」という言葉は、私にとっては最上級の褒め言葉だった。


 しかしどうやら、聖なる村を束ねる幹部達は、私の行動を良くは思わなかったらしい。

「能力は申し分ありません。ですが、あなたのような感情的な人間は、治癒師としてやっていくことはできないでしょうね」

 そんなふうに言われ、なかなか冒険者としての認定が下りず、悔しい思いもした。


 そんな私にとって転機となったのが、ユウとマオの来村だった。

「共に旅をしてくれる治癒師を探しているのです」

 勇者としての実績を持つマオの言葉に、さっそく何人かの治癒師が呼び寄せられた。


 けれども、彼らにメンバーとして指名されたのは、その場に呼ばれることのなかった私だった。

「長い期間共に旅を続ける仲間なんだから、何を考えてるかわかんねえ奴よりも、感情豊かなメグみたいな人間がよかったんだ」

 私を選んだ理由について、後にユウからそう聞かされた時には、今まで自分がやってきたことが認められたような気がしたものだ。


「治癒師である私の存在がみんなにとっての救いになるよう、精一杯務めを果たすわ」

 明るい未来を夢見て、ユウ達に向かってそう宣言したことを、まるで昨日のことのように思い出せる。


 ……しかし現実は甘くないのだと気づかされるのに、それほど時間は掛からなかった。


 今更にはなるけれど、治癒師の役割は〝味方を回復させること〟だ。

 使える魔法だって回復魔法のみ。それ以外の魔法は使えない。


 加えて、魔法を使うには多大なエネルギーを消耗するらしく、治癒師や勇者は細身な人間が多いと聞く。

 それは私も例外ではなく、小柄で非力な私は物理的攻撃で加勢することもできない。

 つまり私は、魔族との戦いに間接的にしか関われないのだ。


 それでも「自分の存在には価値がある」と、最初の頃はそう思っていた。

 しかし戦いを経るごとに、私の頭にはとある考えが浮かぶようになっていた。


 ――――私のやっていることは、本当に救済なの?


 目の前で切られ、焼かれ、抉られた仲間の傷を、回復魔法で治療する。

 そして彼らはもう一度敵に立ち向かい、また切られ、焼かれ、抉られる。


 魔獣の爪が肌を切り裂くその瞬間、彼らの顔は痛みに歪む。

 魔獣が放つ炎が目前に迫るその瞬間、彼らの顔は恐怖で強張る。

 魔獣に抉り取られた〝自分だったもの〟が地面に落ちるその瞬間、彼らの顔は絶望に染まる。


 彼らはそれを何度も繰り返す。

 終わりなんてない。だって、私が回復させてしまうから。

 私のせいで、彼らは終わることのない苦痛を何度も味わうことになるのだ。


 それでも、私が心折れることなくやってこれたのは、「死に勝る不幸はない」と考えていたから。

「私は、全ての人々にとって何よりも大切な生命を守り続けている」

 それだけを支えに、私は治癒師として力を振るってきた。


 そんな折に発生したのが、魔獣の大襲来だ。


 押し寄せた魔獣が、あっという間に街を破壊し尽くす。

 私の知る平穏な街並みが嘘のように、一瞬にして現場は瓦礫の山と化した。


「魔獣の相手は俺達に任せて、メグは先に行け!」

 ユウの言葉にせき立てられて、私は一人で街中を駆け回り、数多くの怪我人に回復魔法をかけ続けた。


 そうして必死に走り回るうち、不意に足元から小さな呻き声が聞こえることに気がついた。

 おそらく元は家なのだろうと思われる足元の瓦礫を、私は素手で必死に掘り進める。


 しばらくそうしていると、指先にぬるりとした感触があった。

 それは若い男性の首から溢れ出る血液で、彼の腕の中には幼い男の子が抱え込まれている。

 しかし残念ながら、すでに彼らに息はなかった。


 きっと男性は、子どもを守ろうとしたのだろう。

 その証拠に、男性自身の身体には無数の傷がついているものの、腕の中の男の子には目立つ傷もない。


「あなたが守りたかったものを救えなくて、本当にごめんなさい」

 誰に言うわけでもない言葉と共に、涙が溢れそうになる。

 けれども、泣いている場合ではないのだ。


 唇を噛み締め、さらに瓦礫を掘り進めると、次に若い女性の姿が目に入った。

 どうやらその女性が呻き声の主らしく、頭から血を流しながらも「痛い」「苦しい」と繰り返す彼女を前に、私の心は使命感に燃えていた。


「大丈夫、すぐに回復魔法をかけますから」

 私の声を聞いて、女性が小さく首を縦に振る。

 震える声で発せられる「ありがとう」の言葉に、「せめて彼女だけでも助けられてよかった」と、私はひっそり安堵した。


 しかし次の瞬間、女性の表情が固まった。

 不思議に思った私が女性の視線の先に目を向けると、そこには先程発見した男性と子どもの遺体が横たわっている。


「……夫と息子は、助からなかったのですか?」


 やってしまった、と思ったところでもう遅い。

 女性の目からは光が消えており、「生きたい」という気持ちまでもが失われていることが見て取れた。


 ここで気の利いたことが言えれば、未来は変わったのかもしれない。

 けれども黙り込んでしまった私を見て、女性の口からは「殺してください……」との言葉が漏れる。


「もう、楽にしてください。この苦痛を乗り越えたって、待っているのは夫も息子もいない世界なんでしょう? そんな世界に一人ぼっちで生きていくなんて、私にはできそうもありません」


 女性はそこで一旦言葉を区切ると、「だから殺して」ともう一度言った。


 聖なる村を出発したばかりの私であれば、きっとその願いを断っただろう。

 けれども私は、女性の首に両手を掛ける。

 そんな私の行為を受け入れるかのように、目の前の女性が僅かに首を持ち上げるのがわかった。


 そのまま両手に力を込めると、女性は一瞬眉を顰め、そしてすぐに「ありがとう」と呟く。

 女性の口から発せられた「泣かないで?」の言葉を聞いて、私はようやく自分の目から涙が零れ落ちていることに気がついた。


「本当に、これでいいのですか?」

 最後にもう一度だけ、そう問い掛ける。

 返ってきた「はい」の言葉は、私の震える声とは対照的に、一切の迷いなどないように感じられた。


「ありがとうございます。私にとって、あなたは神様です」

「……神様? あなたを殺そうとしているのに?」

「私の苦痛を取り除こうとしてくださっているからです」


 神様、か。

 死によって彼女を苦痛から解放する私が神様ならば、回復させることで終わりのない苦痛を与え続けてきた私は一体なんなのだろう。

 ……少なくとも、「救い」とは程遠い存在だったに違いない。


 柔らかな笑みを浮かべる女性の首を、私はゆっくりと締め上げる。

 女性の柔らかな首筋に自分の指が沈み込む様子は、どこか現実のものとは思えない。

 その時の私は、自分の泥に塗れた指先を見ながら「せめて綺麗な手で彼女の最期に触れたかった」などという、どうでもいいことばかりを考えていた。


 間もなくして、女性の身体から力が抜ける。

 目の前の彼女は安らかな表情を浮かべており、私の耳には彼女が遺した「ありがとう」の言葉がこびりついていた。


 女性の遺体に縋りつきながら、私は叫ぶ。

「私は一体、なんのために存在しているのっ!?」

 すでに破壊音は止み、すぐそばにユウとマオの姿があることにも、気がつかないでいた。


 私はなんのために存在しているのか。

 私のしてきたことはなんだったのか。

 その問いに対する答えは、いまだに見つかっていない。


 ……あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 その日から私の意識は、夢と現実を行き来するようになってしまった。


「精神に不調をきたし、とてもじゃないが旅を続けられる状態ではないそうだ」

 やりきれなさの滲んだマオの言葉を耳にしたのは、一体いつのことだったやら。

 全てを失った私に、何か残せたものはあるのだろうか。


「……私は一体、なんのために存在しているのかしら?」

 ベッドに横たわったまま、私は一人でそう呟く。

 その言葉は誰に聞かれることもなく、真っ白な空間に吸い込まれて消えてゆくのだった。

明日から最終話までは1日2回(8:00と18:00)更新になります。

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