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「ねえ、ちょっといいかな?」
深刻な様子のケイから相談を持ち掛けられたのは、マモリの来訪から数日後のことだった。
「最近、なんだか視線を感じる気がするんだ。僕の気のせいかもしれないんだけど、メテのこともあるし……。アイも念のため気をつけておいてほしい」
ケイが言うような視線について、今のところ私は特に感じたことはないのだけれど、半魔人であるケイは嗅覚以外の五感も人族より優れているようだ。
「わかった。他にも何か異変を感じることがあれば、すぐに教えてね」
「うん。ごめんね、忙しいのに」
「何言ってるの。ちゃんと私に守らせてよ」
これだけ長く一緒に住んでいても、やはりケイはどこか遠慮の気持ちがあるらしい。
けれども、ケイと共に住むことを決めてから、彼の平和な日常を守るのは自分の役目だと思っている。
もっと言えば、今ここにはメテもいる。用心するに越したことはない。
「私もいるし、もしもの時にはマモリを頼ってもいいから。ほら、この前住所も教えたでしょう?」
「そうだったね。まさかここから一番近い村に住んでるなんて驚いたよ」
「ケイもメテも、あまり他人に頼り慣れていないんだろうけど、あなた達はまだ子どもなんだから、いざという時には大人に助けを求めるんだよ」
「大人って……。マモリはわかるけど、アイはそれほど大人なわけでもないじゃん」
そんな会話があったから、私はますます家から離れる機会を減らして、自宅周りの安全に目を光らせていた。
……だから、そちらにばかり気を取られ過ぎていたのかもいれない。
言い訳になってしまうけれど、そうでなくても、まさかこんなに早くその時が訪れるとは思ってもいなかったのだ。
「アイ、起きて! なんだか様子が変なんだ!」
その日。普段どれほど急いでいる時であってもノックを欠かすことのなかったケイが、転がるようにして私の部屋にやってきたのは、まもなく日付も変わろうかという時間のことだった。
ケイは私を連れて家の外へと飛び出すと、上空を指さして「ほら、あれ」と言う。
彼の視線の先を辿ってみると、うようよとした黒い塊が蠢いているのがわかった。
それは魔族の居住区側から人族の居住区側に向かって、形を変えながら移動しているようだ。
「あれ何? ひょっとして魔獣?」
「……多分。距離があるから断定はできないけど、魔獣の大群だと思う」
「魔獣の大群……」
口の中で呟くと同時に、頭の中には『LOJ』の一場面が思い浮かぶ。
黒く蠢く魔獣の大群が自分達の方に向かって押し寄せてくる、そんな光景。
あれは確か……。
「……『魔獣の大襲来』!?」
『LOJ』ではそう呼ばれていた、魔族による人族居住区への侵攻。
今日がその日である可能性に気づき、背筋がぞくりと冷たくなる。
「魔獣の大襲来」はその名の通り、魔獣の大群が人族の居住地区に押し寄せたことにより、数多くの犠牲者が出る戦いだった。
魔獣が向かう先は、確か王都に隣接する街。
「……早く行かないと」
私の呟きを聞いて、目の前のケイの瞳が揺れるのがわかった。
けれどもケイは、私を引き止めることはしなかった。
「気をつけてね。メテのことは、僕がきちんと守るから」
「ありがとう。絶対に帰ってくるからね」
そう言い残して、私は魔獣の大襲来の舞台となるその場所へと向かったのだった。
◇◇◇
転移魔法を使って辿り着いた先は、酷い有様だった。
建物は破壊され、至るところから煙が立ち上っている。
王都が近いということもあり、多くの冒険者が魔族の討伐にあたっているのが見てとれた。
しかし、「大襲来」と言われるだけあって、敵もすぐに一掃できるような数ではない。
襲い来る魔獣を倒しつつ、私は必死でユウ達の姿を探す。
『LOJ』後半ディスクにおいて、この魔獣の大襲来は大きな意味を持つ戦いだった。
敵の強さだけで言えば、魔獣の一体一体はそれほど強いわけではなく、初見であっても負けるような相手ではない。
では、この戦いの何がそんなに特別なのか。
その理由は、メグがパーティーを脱退する原因がこの戦いにあるからだ。
私が今見る限りでも、一般人の被害者がそこらここらにいるのがわかる。
しかし魔力は無限に湧き出るものではないから、メグが回復魔法を施せる人数には限りがある。
加えて、いくら治癒師であっても、全ての怪我を治せるわけではないのだ。
死者を蘇らせることはできないし、すでに壊死した手や足を元通りに生やすことはできない。
あまりにも状態が悪ければ、治癒師にだって成す術はない。
そんなだから、ゲームの中でのメグはこの戦いで、自分の腕の中で人が死にゆく様を見ることとなる。
『LOJ』において、ユウやマモリからは離れて一人で救助活動を行うメグは、瓦礫の下から聞こえる呻き声に気がつく。
そこは元は家なのだろう。若い夫婦と幼い子どもが暮らしていたと思われる形跡が見て取れる。
素手で瓦礫を掻き分けるメグが最初に見つけたのは、若い男性だった。
彼はすでに息絶えており、彼が守る様にして抱きかかえている幼い子どもも亡くなってしまっている。
涙を堪えてメグがさらに掘り進めると、次に見えたのは若い女性。
頭から血を流しているものの彼女はまだ生きており、譫言の様に「痛い」「苦しい」と繰り返し呟いている。
「大丈夫、すぐに回復魔法をかけますから」
メグの言葉の意味を理解したのであろう女性は、小さく首を縦に振り、絞り出すように「ありがとう」と言った。
しかし次の瞬間、女性の表情が固まる。
不思議に思ったメグが女性の視線の先に目を向けると、そこには彼女の夫と息子の遺体が横たわっている。
――――しまった。
メグがそう思った時にはすでに遅く、画面には目の光を失った女性と焦るメグの表情が映り……そして暗転。
直後に視点はユウへと移り、次にプレイヤーがメグの姿を目にするのは、ユウとして魔獣を全て討伐し終えてから。
すでに危機が去った街の中で、ユウとマオがメグを見つけた時、彼女は女性に縋りついて泣きじゃくっているのだ。
そしてメグの腕の中では、例の女性が絶命している。
「私は一体、なんのために存在しているのっ!?」
そんなメグの悲痛な叫び声で、魔獣の大襲来は幕を閉じていたはずだ。
その後ユウとマオの会話を通して、プレイヤーはメグのパーティー脱退を知ることになる。
「精神に不調をきたし、とてもじゃないが旅を続けられる状態ではないそうだ」
唇を噛み締めながらそう語るマオは、やりきれなさを隠そうともしていなかった。
暗転の後に何が起こったのかについて、ゲーム内で詳細は語られていない。
確かに言えるのは、まだ息のある女性の命をメグは救えなかったということ。
「治癒師である自分が、みんなにとっての救いの存在になれるように」
そんな気持ちでこれまで旅を続けてきたメグにとって、この戦いは己の限界を突きつけるものだったに違いない。
必死に足を動かしながら、私はゲーム内で聞いたメグの慟哭を思い出す。
それは見ているこちらの胸まで張り裂けそうなくらいに、悲しみと苦しみに満ちた泣き声だった。
……心優しいメグに、あんな思いはさせたくない。
そして彼女にも、幸せな結末を迎えてほしい。
そんな思いを胸に、私は必死にメグを探す。
ヒップバッグには、ケイが作ってくれたポーションを詰め込めるだけ詰め込んできた。
たとえメグが魔力を使い果たしていたとしても、この薬で彼女の魔力を回復させることができる。
だから私がすべきことは、一刻も早く彼女の元に駆けつけることだけなのだ。
「お願い、間に合って……!」
魔族と人族が争いあう悲惨な光景を横目に、私は祈るような気持ちで街中を駆け回るのだった。




