『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 語られなかったマモリの独白
「もう無理だな」
霧がかかったかのようにぼんやりとした頭の片隅で、俺は死を覚悟する。
先程まではのたうち回りたくなるくらいに痛んでいた四肢も、今はもう感覚すらなく、全身が氷に浸かっているかのような寒さだけを感じる。
きっと俺は、酷い有様に違いない。
どういうわけだか目の前の魔人は、俺をひと思いに殺そうとはせず、手足を捥ぎ取り腹を突き刺し、まるでこちらを苦しめることを目的としているかのような戦い方をした。
おそらく今の俺は、人としての原型を保ててすらいないだろう。
「早く死んでしまいたい」
そう思ってしまうほどに、辛く苦しい時間だった。
死が目前に迫っているというのに、ようやくこの苦痛から解放されるのだと思うと、俺の中にはむしろ嬉しい気持ちすら湧き上がっている。
マオに知られれば小言を言われる羽目になるだろうが、最期くらいは大目に見てもらいたいものだ。
もうしばらくすれば、この場にユウ達がやってくるはずだ。
こんな状態で事切れた俺を見て、彼らはどう思うだろうか。
メグなんかは、その場で泣き崩れてしまうかもしれねえな。
あいつらにこんな悲惨な最期を目撃させることなってしまって、本当に申し訳ない。
そんなことを思いながら、俺は静かに目を閉じる。
その途端に脳裏に思い浮かぶのは、妻と幼い娘の姿だった。
……こんなことになるなら、あいつらに家族の話をしておくべきだったな。
そうすればユウ達は、俺の死を妻に知らせに行ってくれたはずだ。
しかし俺が選択を間違えてしまったせいで、彼女は二度と戻らぬ俺の帰りを待ち続けることになるのだろう。
俺の、妻。
彼女が笑っている姿を最後に見たのは、果たしていつのことだっただろうか。
戦士だった妻と出会ったのは、俺がユウ達と同じくらいの年齢の頃。
「たくさんの人を救いたい。それが私の生き甲斐なのよ」
そう言って他者のために奮闘する彼女は、いつもキラキラと輝いて見えたものだ。
そんな彼女に俺が心を惹かれるのは当然の成り行きで、俺達はそのままなんの障害もなく恋人同士になり、そして結婚した。
「君との子がほしい」
先にそう願ったのは、妻ではなく俺だった。
出産が女性の身体に重い負担を強いるものであることは理解しているつもりだったが、今思えば「戦士として長年戦い続けてきた彼女にとってはなんてことないはずだ」と、どこか軽く考えていたのかもしれない。
だから罰が当たったのだろう。
出産に際して、妻は死の淵を彷徨うこととなった。
運良く治癒師に命を救われたものの、死者を蘇らせることができないのと同様に、後遺症を全て取り除くことは不可能らしい。
「一命を取り留めることはできましたが、戦士として復帰することは二度と叶わないでしょう」
治癒師からそう告げられた時には、「罰なら俺本人に与えてくれ」と、いるかもわからない神を呪った。
その日から俺は、戦士としてがむしゃらに働くようになった。
俺にとってそれは、妻の生き甲斐を奪い去ってしまったことに対する贖罪であり、「たくさんの人を救いたい」という彼女の願いを叶えるための行為だった。
しかし今思い返すと、俺は自身の罪から目を背け続けていただけなのかもしれない。
そんな俺に対して、妻はずっと前から何か言いたげにしていた。
けれども、俺はそれに気がつかないふりをした。
妻とも娘ともきちんと向き合おうとせず、俺はますます家に帰る頻度を減らした。
……不誠実な態度を取り続ける俺に、彼女は一体何を思っていたのだろう。
今さら後悔したところで、もう遅い。
間もなく、俺は息を引き取ることになるはずだ。
囮を買って出てまで俺が救おうとした少女は、この後どうなってしまうのか。
魔人が少女を攻撃している様子はなかったが、俺に対してこれほどまでに敵意を剥き出しにしているのだから、あの子だけが見逃されるということはないのだろう。
魔人の姿を見るなり気を失ってしまった少女を、俺は結局守り切ることができなかった。
今の俺にできるのは、「どうかあの子の最期が安らかなものであるように」と願うことだけだ。
目の前の魔人が、高らかに笑う。
何か言葉を発しているようにも思えたけれど、残念ながらそれを理解するだけの気力が、俺にはもう残されていない。
最後の力を振り絞って、俺は左胸へと手を伸ばそうとする。
「ロケット中に挟まれた妻と娘の写真を、せめて最後に目に焼き付けておきたい」と思っての行動だった。
しかし当然ながら、すでに切り落とされた腕を動かすことなどできるわけもなく、口からは乾いた笑いが溢れる。
結局、俺が残せたものはなんだったのだろうか。
俺に残ったものは、一体なんだったのだろうか。
いくら考えようともその疑問に対する答えなど存在するはずもなく、俺はやり切れない気持ちを胸に抱いたまま、そっと意識を手放すのだった。
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