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「教祖は魔族の〝常ならぬ動き〟を察知する能力があるらしい。その気配を感じ取ってすぐに生贄が選出されて、魔族がやってくるその時に備えさせられるんだと」
空気の音すら聞こえそうなほどに静まり返った小屋の中。
マモリから急に声を掛けられた私は、上手く反応することができずに「へえ」とだけ返事をする。
「確かにその感じなら、冒険者に討伐依頼をする暇もなさそうね」
「ああ、そうだな」
さすがに感じが悪すぎるだろうかと思って言葉を付け加えたものの、それ以上会話が広がることはなく、私達の間には何度目かもわからない沈黙が訪れた。
数時間前。「子どもを犠牲にするのを見過ごせない」と言ったマモリに対して、教祖は目に見えて怪訝な表情をした。
「……先ほども申し上げましたように、生贄を差し出さねば集落全体が襲われることになるのです」
「わかってるよ。だからあの子もこの集落も、俺らがまとめて守ってやるって言ってんだ」
マモリはそう言うと、マオに向かって「問題ねえよな?」と声を掛ける。
「……生贄を差し出さなかったことによる魔族からの報復はあるのでしょうか?」
「倒し切ってしまいさえすれば、報復はないと思います。ですが、あの子だけを特別扱いするわけにはいきません。今回助けていただいたとしても、次回の生贄はあの子です」
「…………くそったれが」
そんなやりとりがあった後、根本的な解決にならないことは理解しつつ、ユウ一行は魔族を迎え撃つことを決定した。
「何よりも集落全体の安全を第一に」と教祖が強く訴えたため、集落全体をユウ・マオ・メグの三人が守ることとなり、この場にいるのは囮として生贄役を務めるマモリと、そんな彼を見守る私だけ。
囮役をするにあたって「すぐに見破られちまったら意味がねえ」と、マモリは自ら他の住民と同じ作務衣の上下を着用し、顔の模様も教祖直々に描いてもらっていた。
教祖が手ずから用意するというその塗料からは、むせ返るような生臭さを感じたけれども、全身に塗料を塗りたくられるマモリ本人は一言も文句を発することはなかった。
そして今、生贄として完璧に身なりを整えたマモリは、全身を法具で飾り立てられている。
少女が両手で包むようにして持っていた水晶玉は、彼の手の中では別物のように小さく見えて、なんだか頼りなさげに感じられた。
……ゲームではこの姿のまま、マモリは最期を迎えていたわね。
記憶の中にぼんやりと残る、この小屋の中で絶命していたマモリだったものの姿が脳裏によみがえり、背筋にひやりとしたものが伝う。
『LOJ』においてはプレイヤーだった私は、このヤソの集落で起こった出来事についてはユウ視点でしか知らない。
私が知っているのは、魔人がこの小屋に一直線に向かってやって来たことと、ユウ一行が応援に駆けつけた時にはすでにマモリが息絶えていたということだけ。
今回に関しては、ゲームで得た知識を利用することはできないのだ。
加えて、すでにこの世界はゲームとは異なる道を進んでいる可能性だってある。
気を抜くことなど、一秒たりともできない。
「絶対に生きて帰りましょうね」
そう言いながら私は、ゲーム画面いっぱいに映し出された、めちゃくちゃに破損しつくされたマモリの遺体を思い出す。
マモリをあんな姿にはさせない。
マオの闇落ちどうこうは一旦置いておくにしても、この戦いを生き延びてユウ達と共に〝魔界を潰す〟という目標を達成するハッピーエンドを、マモリにだって迎えさせてあげたい。
そんな強い思いが伝わったのか、マモリは私の言葉を聞いて僅かに目を見開いた。
しかしすぐに口元を緩めると「……ああ、そうだな」と答えた。
「こーんな子どもが必死になってんだから、俺が頑張らないわけにはいかねえなあ」
「ちょっと、子どもだと思ってバカにしてるの?」
「バカにはしてねえよ。おまえが俺より強いのは知ってるしな。頼りにしてるぜ、勇者さま」
「……バカにしてるでしょ?」
そんなふうに軽口を叩き合っている時だった。
小屋の扉が勢いよく開く音が響きわたり、私とマモリは瞬時に剣を構える。
しかしそこに現れたのは魔族ではなく、人間の少女だった。
よく見ればその子は本来の生贄だった少女で、息を切らして小屋に飛び込んで来た少女の足元は泥で汚れてしまっている。
「どうして来たんだ! ユウ達のところに戻っていろ!」
焦りからか怒号を投げ掛けるマモリに怯むこともなく、少女はむしろ睨みつけるような鋭い視線をこちらに向ける。
「……げてください」
「え?」
「逃げてください! 私はどうせ死ぬことになります! あなた達まで巻き込まれる必要はありません!」
この集落で生きる少女は、この場を生き延びても生贄としての役割からは逃れられないということを、理解しているのだろう。
そんな彼女に対して掛ける言葉が見つからず、私は口をつぐむことしかできない。
黙り込む私を前に、少女がさらに言葉を続けようと口を開く。
しかしその言葉が音になるよりも前に、マモリが彼女を片手で制す。
「…………来たぞ」
マモリがそう呟くのとほぼ同時に、ずしんとした揺れが私達を襲った。
「こっちよ!」
小屋の半分ほどが吹き飛ぶほどの衝撃に、私はとっさに少女を胸元へと抱え込む。
そのまま空を見上げると、満月を背にして上空に浮かぶ魔人の姿が目に入った。
「おまえかっ!!!!」
地を揺るがすような魔人の声を聞いて、私の腕の中で少女が「ひっ」と短く叫び声をあげる。
そのまま身体が脱力するのを感じたので、どうやら恐怖のあまり意識を失ってしまったらしい。
……さて、どうしたものか。
予想以上に不利な状況に、掌がじっとりと汗ばむのを感じる。
気を失った少女を抱えたこの状態では、私は防御に徹するだけで精一杯だろう。
しかし彼女を安全なところまで運ぶとなると、それなりに時間がかかってしまう。
そう考えている間にも、魔人はマモリに攻撃を放つ。
「殺してやる……!」
時折そんな言葉を発しながら、私と少女には目もくれずに生贄役であるマモリにだけ攻撃を繰り出す魔人。
その姿は鬼気迫るものがあり、彼個人になんらかの憎しみを抱いているかのように感じられるほどだ。
攻撃をいなすのが精一杯のマモリに、反撃する余裕はない。
ポーションで回復する間もないだろうと思われるくらいに次々と放たれる攻撃が、マモリの身体をじわじわと傷つけていくのが見て取れる。
このままでは『LOJ』同様、やられてしまうのも時間の問題だろう。
「すぐに戻るからっ! だから少しの間だけ耐えてっ!」
ごちゃごちゃと考えている暇はない。
とにかく少女を避難させて、すぐに私も戦いに加わらないと。
そんな思いから、私はくるりとマモリに背を向ける。
すると丁度そのタイミングで、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アイっ!」
声のする方へと視線を向けると、こちらに向かって馬が駆けてくるのが目に入る。
「…‥ケイ?」
「なかなか帰って来ないと思って見に来たら、なんでこんなことになってるの!?」
ケイは怒ったようにそう言うけれど、「なんで」はこちらの台詞だ。
しかし今はケイがこの場にやって来たことを、叱っているだけの余裕はない。
ケイを間接的にでも争いに巻き込んでしまうことに罪悪感を抱きながらも、私は腕の中の少女をケイに差し出す。
「ごめん、本当にごめん。後でちゃんと説明するから、この子を安全なところに運んであげてほしい」
もう一度「こんなこと頼んでごめん」と付け加えると、ケイは一瞬目を見開いた後で「わかった」と短く返事をした。
「この子のことは任せて。だからアイは自分のことに集中して」
ケイはそう言うと馬から下りて少女を背中に担ぐと、彼女のこめかみ辺りを指で拭って「これは……血?」と尋ねる。
「この子、怪我してるの?」
「ううん、多分違うと思う。後できちんと説明するけど、顔に塗られていた塗料が少し残ってるだけだと思う。怪我をするような場面はなかったから、それは心配しないで」
「怪我人を運ぶほどの慎重さは求めていないから」と、安心させるつもりでそう言ったのだけれど、「ふうん」と呟くケイの表情は硬いままだった。
「まあ、いいや。アイもなるべく早く帰って来てね。僕、もうお腹空いちゃった」
「なんで待ってるのよ。食べてていいのに」
「どうしてアイのために作った料理を、僕一人で食べないといけないのさ。僕を飢えさせたくなければ、さっさと終わらせて帰って来てよ」
ぶっきらぼうなケイの態度に、私は思わず苦笑する。
「そうだね、早く帰らないと。ケイをあまり夜更かしさせるわけにはいかないもんね」
そのままケイの頭を軽く撫でて、私はマモリが待つ小屋へと足を進める。
背中から聞こえる「気をつけてね!」の声には、振り返らないことにした。
不安げに揺れるケイの瞳を思い出しながら、「何がなんでも帰るんだ」と、私はひっそりと心に誓うのだった。




