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はじまりの村の〈村人I〉は闇堕ち勇者を救いたい  作者: 小乃マル


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12

 ユウ一行がヤソの集落に現れたのは、私がここに通うようになって十日程が経った頃のことだった。


「あら、久しぶりね。元気にしてた?」

 ユウ達の姿が見えると同時に、まるで自分も今来たかのように装って声を掛けると、マオが心底嫌そうな顔をしたのがわかった。

 しかし彼が口を開くよりも前に、ユウが「うわっ」と声を出す。


「なんだ、アイかよ。おまえもヤソの集落に来たのか?」

「ええ、噂が気になったから」

「おまえにもそんな感性があるんだな。ひょっとして、教祖が金持ちそうだからか?」

「失礼ね。お金持ちだけを相手にしているわけじゃないわ。それに私は、討伐にかかる費用や労力に見合う対価を要求するだけで、他人の財産を毟り取ってやろうなんて気はないのよ」


 私の言葉を聞いて、ユウは大きな口を開けて笑う。

「うわっ」なんて言いながらも、たいして私を嫌っているふうにも感じられず、肩の力が抜けるような気がした。


「どうせ目的地が同じなら、アイも一緒に行こうぜ。よくわからない宗教の拠点に乗り込むんだから、味方は多い方がいいだろ」

 それどころかユウが私を「味方」とまで言うものだから、驚きを隠すことができなかった。


 正直に言えば、ユウの申し出はありがたいことこの上ない。

 彼らと共に行動できれば、マモリの死を防ぐためにも動きやすいだろう。

 しかしユウ以外の三人がどう考えているのかがわからない状態で、即答するわけにもいかない。


「……そう言ってもらえるのはありがたいけれど、他の方はそれでいいのかしら?」

 恐る恐るそう尋ねてみると、マモリからは「何も問題ねえ」という返事が、メグに至っては「アイさんが一緒なら心強いです」との言葉が返ってきた。


 好意的な返事が予想外だったのは私だけではなかったようで、「えっ?」という呟きが耳に届く。

 見ればマオが困惑の表情を浮かべていて、なんだか少し申し訳ない気持ちになる。


「なんだよ、マオは反対か?」

「いや、みんなが良いならそれでいいけど……」

「なら決まりだな」


 そう言って集落の入口へと向かうユウの後に、マモリとメグが続いた。

 しかしマオだけは動く気配がなく、私は内心で首を傾げる。


「あの……?」

 何かあったのだろうかと声を掛けてみたところ、マオからは鋭い視線が向けられて、肩がびくりと震えてしまった。


「……僕は君を認めてはいない。くれぐれも、僕達の邪魔だけはしないでくれ」

 マオは吐き捨てるようにそう言うと、私の反応も待たずに視線を逸らす。

 そしてそのままこちらへは目もくれずに、集落へと足を踏み出したのだった。


◇◇◇


「勇者のマオ様とそのパーティーメンバーの方々ですね。お噂は聞いております」

 私の記憶と同様、集落の内部にすんなりと入れてもらえた私達を出迎えたのは、人の良さそうな中年男性だった。


 この集落の代表を名乗ったその男性は、確かに『LOJ』内でもヤソの集落の教祖として登場していたような気がする。

 他の住民と同じく上下作務衣を身につけてはいるものの、しゃんと伸びた背筋や清潔感のある髪型のおかげもあってか、他の住民にはない圧倒的なオーラを醸し出している。

 少し香水がきつすぎるけれども、それを差し引いても感じの良い人だ。


「わざわざこのような辺鄙な所までいらしたということは、何かご用がおありでしょうか?」

「この集落に関して、とある噂を耳にしたもので」

「噂、とおっしゃいますと?」

「『信者を〝生贄〟として魔族に差し出しているらしい』と」


 マオの言葉を聞いた教祖は、「ああ」と呟くと表情を翳らせた。


「それで、真相を確かめにお越しになったというわけですか?」

「はい。……率直にお聞きしますが、噂は本当なのでしょうか?」

「ええ、本当です」


「信者を生贄に」なんていう後ろ暗い内容からは考えられないくらいに、あっさりと噂を事実だと認めるものだから、むしろこちらが戸惑ってしまう。

 噂が事実だと知っていた私ですらそうなのだ。ユウ達が絶句するのも当然と言えよう。


「……どうして、そのようなことを?」

 なんとか絞り出したのであろうマオの声は掠れていて、言葉遣いは丁寧であるものの、軽蔑の色が浮かんでいるのが見て取れた。


 おそらく教祖も、そのことに気がついているのだろう。

 彼は悲しげな表情で「集落全体を守るためには他に方法がないのです」と言った。


「この集落は立地の関係なのか、かつては度々魔族の襲撃に遭ってきました。その度に集落は壊滅状態になり、数多くの犠牲が出ておりましたので、我々は頭を悩ませていたのです。しかし生贄を差し出すようになってからは、それもぴたりとやみ、住民達も心穏やかに生活できているのです」


 教祖はそこで言葉を区切ると、私達一人一人に視線を合わせる。

 口元は微笑んでいるにもかかわらず、鋭い視線には有無を言わせぬ迫力があって、背中にじんわりと冷や汗が滲む。


「非人道的行為だというご意見ももっともでございます。ですが、私はこの集落を守る責務を負っております。なんの責任も負わないあなた方が『何もせずにより多くの被害を受け入れろ』とは、まさかおっしゃいませんよね?」


 ……まるっきりトロッコ問題だな、と思った。

 何もせずに大勢が死にゆくのを受け入れるか、自分の手で一人身代わりを差し出してでもその他を助けるのか。

 どちらが正しいのかはわからないけれど、教祖という立場であれば後者をとるというのも、理解できないことではない。

 

 けれども正義感の強いマオやユウは、納得できなかったらしい。


「ですが生贄になる者はどうなのですか? その者に全てを押し付けた上での〝全体の平穏〟なのでしょう?」

「場所が悪いって言うなら、わざわざ危ないこの場所に留まらなくても、違う場所に行けばいいじゃねえか。そうすれば、誰かを犠牲にする必要はねえだろ?」

「……おそらくあなた方は、この集落を理解なさっていないのでしょう」

 口々にそう言う二人を前に、教祖は深く息を吐いた。


 教祖によると、この集落に住む人全員が新興宗教の信者というわけではないらしい。

 よその土地で差別や迫害を受けてきた者達が集まってできたのがヤソの集落で、それゆえに魔族との居住区に隣接した土地くらいにしか居場所がないという。

 ちなみに、この集落内にいる子どもは全員が孤児で、教祖が保護者として全員の面倒を見ているとも言っていた。


「ここの住民にとっては、外の世界はここ以上に平穏からは遠い場所なのです。生贄は全住民の中からくじで決定してますし、みな納得の上でここに住んでいるのです」

 そう言われるともう、部外者が口を挟むことはできなかった。


「……ご理解いただけたのであれば結構です。偶然にも、ちょうど今夜が()()()です。『集落の住民を無理やり生贄にしているのではないか』という懸念がおありでしたら、お会いになられますか?」


 そう言う教祖に案内されたのは、集落の入口からは真反対に位置する小屋だった。

 小学生の頃に社会の授業で習った高床式倉庫を思い起こさせるその小屋は、周囲から浮くくらいに新しく、潰される度に作り直されるのであろうことが窺えた。


「すでに今回の生贄が準備に入っております」

 その言葉に促されて小窓から中を除くと、ごてごてとした装飾が施された部屋の中央に、小柄な女性がぽつんと座っているのが見える。


 頭や首にも法具のようなものが巻き付けられているせいで、女性がどんな表情をしているのかはいまいちよくわからないけれども、嫌がっている様子はない。

 服装こそ他の住民と同じ作務衣だが、顔には赤黒い塗料で模様が施されており、手には薄水色の水晶玉のようなものを持っている。

 

 おそらく何かしらのご利益を求めての装飾なのだろう。

「せめてあの世で安らかであってほしいという願いを込めて、できる限りのことはしております」

 教祖も真剣な面持ちで、そう言っていた。


 そのまま小屋の中をぐるりと見回すと、お椀のようなものに見慣れた草がこんもりと盛られているのが目に入り、私は思わず「あっ」と声を上げてしまう。


「どうかなさいましたか?」

「いえ。我が家に生えているのと同じ草だったもので」

「……あの草をご存じなのですか?」

「魔草ですよね? 魔族の発する匂いに似た香りがすると聞いています。魔族を遠ざけるために置かれているんですか?」


 人には感じられないという魔族の匂いに言及したからか、教祖は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに「ええ、まあ」と答えると、私から視線を逸らせた。

 

「これでおわかりいただけましたでしょうか? 我々は嫌がる人間を力づくで魔族に引き渡しているわけではないのです。生贄である彼女もまた、自分の運命を受け入れて、集落全体の役に立つためにこうしてここにいるのです」


 教祖の言う通り、一目見て冒険者だとわかる私達が来ても、生贄の女性は微動だにしなかった。

 もしも無理矢理この場に座らされているのであれば、我々に助けを求めているはずだ。


「他にに方法はないのですか?」

「ありませんね。数年間、私もいろいろな方法を試してみましたが、見つけられませんでした」

「そうですか……」


 そう呟くマオは悔しそうではあるものの、これ以上口を挟むべきではないと考えたのだろう。

 じっとりとした嫌な空気が漂う中で、この場の空気にそぐわない明るさで教祖が口を開く。


「最後に勇者様方に身を案じていただいて、あの子にとっても良い冥土の土産となったことでしょう。彼女に代わって私からお礼申し上げます」

 そう言って深々と頭を下げる教祖に、マオが眉を顰めるのがわかった。


「『あの子』? 生贄のあの女性は、子どもなのですか?」

「ええ。確か先月か先々月あたりに九つになったはずです」

「九つ……」


 教祖の答えを聞いて、マオとユウが目を見合わせる。

 けれども真っ先に口を開いたのは、思いもよらない人物だった。


「九つだあ? それなら話は別だろうが」

 地の底を這うようなマモリの声に、それまでは涼しげな表情を崩すことのなかった教祖が顔を引き攣らせる。


「予定変更だ。今夜はここに泊まるぞ。そんな子どもを犠牲にするのを見過ごせるかよ」

 明らかに怒っているマモリの言葉に、反論できる者などいないのだった。

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