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さて、『LOJ』前半の最終ボス戦である「魔の人との戦い」も、すでに過去のものになりつつある。
今頃ユウ達は、ゲーム内でいう後半パートの内容を着々とこなしているはずだ。
その証拠に、この頃は私達の元にまで〈ヤソの集落〉に関する悪い噂が聞こえてくるようになった。
……そろそろ「ヤソの集落の戦い」に備えておいた方がよさそうね。
そう考えた私は、『LOJ』後半の内容についての記憶を掻き集める。
前編ディスクとは違い、一度しかプレイしたことのない後編ディスク。
細部まで覚えているわけではないけれど、確かはじまりの村が壊滅している場面から始まっていた気がする。
自分の故郷が魔族の手によって破壊されたことを知ったユウは、魔族に対して初めて憎悪の気持ちを抱く。
「自分の大切なものを、もうこれ以上失ってなるものか!」
そしてユウ一行は【魔界を潰す】ことを決意するのだ。
しかしその直後、彼らは次々と不幸に見舞われることになる。
まずは、戦士マモリの死。
後半における最初の中ボス戦は、通称「ヤソの集落の戦い」と呼ばれている。
その戦いの最中、戦士マモリは惨たらしい最期を迎えることになるのだ。
『LOJ』後半の開始早々、ユウが所属するパーティーはここで仲間を一人失う。
次に、治癒師メグの精神崩壊。
マモリの死から程なくして、人族の居住区に魔獣の大群が押し寄せる。
その際、目の前で数多くの犠牲者が出たことに責任を感じたメグは、自分の存在意義を見失い寝たきり状態になってしまう。
これに伴って、ユウとマオは二人きりで先に進むことになる。
そして、マオのパーティー脱退。
「自分が何を目指していたのかがわからなくなってしまったよ」
それだけを言い残して、マオはユウの元を去る。
ユウが魔法を使えるようになり、ようやく〈勇者〉としてマオと肩を並べられると思った直後のことだった。
マモリやマグの場合とは違い、マオの脱退についてはこれといったきっかけはない。
そして公式も、その理由を明確にはしていなかった。
その後マオが闇落ちしていることを鑑みて、「おそらく先の〝マモリの死〟と〝メグの精神崩壊〟が大きく関わっているのだろう」と、多くのプレイヤーは推測していた。
なぜなら、ユウ達はそのどちらのシーンにおいても、周囲から犠牲者を出したことを責められているから。
仲間を失ったことを労られるどころか、むしろ「おまえ達は一体何をしていたんだ!?」と追及される日々。
そんな中でマオは繰り返し「我々が命を賭けて守るだけの価値が、人族にあるのだろうか?」と自問し、そして「ない」と結論付けてしまったのだろう。
結果として、マオは破滅への道を進むことになる。
ちなみに、仲間の離脱や脱退に関する場面は、全てゲーム内においてカットシーンとして挿入されるため、プレイヤーがそれを防ぐことはできなくなっている。
様々な攻略サイトを読み込んだが、『LOJ』というゲームをプレイする上でユウが仲間を失わずにすむ方法はない。
……しかし、それはあくまでもゲームでの話。
この世界はゲームではないし、はじまりの村の壊滅が防げたことからも、強制力のようなものが働いているわけでもなさそうだ。
だから私は、まずは「ヤソの集落の戦い」でのマモリの死を回避したいと思っている。
それがゆくゆくはマオの闇堕ちを防ぐことにも繋がるだろうし、そうでなくとも救える命は救いたい。
それにきっとマモリ自身も、できることならば途中退場なんてしたくはないだろう。
そんな考えから「明日からしばらくヤソの集落に通おうと思うの」と言った私に、ケイは酷く顔を顰めた。
「ヤソの集落って、あの新興宗教の?」
「ええ、そうよ」
「……『信者を魔族への生贄にしている』って噂のある、あの?」
刺々しいケイの言葉は、質問というよりも私に対する非難のようで、私は苦笑いするしかない。
ケイの言う通り、ヤソの集落は新興宗教の教祖が中心となって、独自に作り上げられた集落だ。
時期によって多少人数は前後するものの、集落の内部では百人程の信者が暮らしているらしい。
基本的には集落内で自給自足の生活を送る彼らは、しかし外部と完全に隔絶した世界で過ごしているわけではないようだ。
外部の人間を敵視しているわけでもなければ、何かしらの過激な言動をしたりもしない。
実際に、ゲーム内でユウとしてヤソの集落を訪れた際には、すんなりと内部に入れてもらうことができた。
では、なぜそんな穏やかで小規模な集落にユウ達は訪れることになるのか。
その理由は、先程ケイが口にしたヤソの集落に関する悪い噂である。
『ヤソの集落では、信者を〝生贄〟として定期的に魔族に差し出しているらしい』
その噂を耳にしたユウ一行は、噂の真偽を確かめるためにヤソの集落に足を運ぶことになる。
この世界でも同様の噂が流布していることを考えると、おそらくその時はまもなくなのだろう。
「うん、そう」
私が答えると、ケイは間髪を入れずに「危なくないの?」と聞いてくる。
「噂もそうだけど、僕あの集落苦手なんだ。あそこ、いつも変な匂いがするでしょ?」
「確かに、あの辺りっていつも燻っているもんね。お香か何かを焚いてるのかな?」
この家から馬で三十分ほどの場所にあるヤソの集落は、何度かケイとその前を通ったことがあるし、その周辺はいつも独特の香りが漂っている。
私でも感じるくらいなのだから、「魔族の匂いがわかる」と言うほど嗅覚の鋭いケイにとっては辛いものなのだろう。
「でもまあ、心配しないでよ。行き来には馬を使うから、毎晩帰っては来るし」
毎日往復一時間の道のりを走らせるとなると、馬にとっても負担にはなってしまうだろうけれど、二匹を交互に使えばなんとかなるはず。
私がそう言ったからか、あるいはそれほどまでに集落の匂いが苦手だからか、今回はケイも「ついて行く」とは言わなかった。
ケイには安全なところで過ごしていてほしいと考える私は、「ふーん」と返事をするケイを前にこっそりと胸を撫で下ろす。
「お土産でも持って帰ろうか? ヤソの集落では、教祖様が手づから作った法具が有名らしいよ。法具の授与が行われる説法会は、特別な伝手がないと参加できないくらいなんだって」
「……それ、本気で僕が欲しがると思ってるの?」
眉を寄せて本気で嫌そうな顔をするケイに、私は思わず笑ってしまう。
「ごめんって。でも、説法会にはお金持ちがこぞって参加したがるらしいから、ひょっとしたら法具にもものすごいご利益があるのかもよ」
「ご利益? 法具ってご利益を求めるものだっけ?」
「わかんない。それだけ人気があるってことは、そうじゃないの?」
「またそんな適当なこと言って」
ケイは小さく溜息を吐くと、「法具はいらないよ」と言う。
「余計なことはしなくていいから、とにかく無事に帰って来て」
続けられた言葉に口元を緩めると、ケイは怪訝そうな視線をこちらに向ける。
「僕なんか変なこと言った?」
「ううん。待っててくれる人がいると頑張れるなあと思って」
「……なにそれ」
恥ずかしいのか、ケイはぷいと視線を逸らす。
けれど、私の「絶対帰ってくるからね」の言葉には「……絶対だよ」と返ってきて、私はますます顔がにやけるのを感じるのだった。




