『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 後編プロローグ
「嘘だろ……」
目の前の光景が信じられず、俺はその場に立ち尽くす。
「…………久しぶりの帰郷だからって、場所を間違うなんてな。どんだけ疲れてるんだよ、俺。笑っちまうな」
「ははは」と笑いながら、俺はマオへと視線を向ける。
「本当に、何をしているんだい。はじまりの村はもう少し先だよ」
そんな言葉が返ってくるのを期待して。
けれども目の前のマオは、悲痛な表情を浮かべている。
「ユウ……」
マオが何かを伝えようとしていることはわかった。
けれども俺は、わざと無視してマオから目線を逸らす。
そのまま顔を前に向けると、やはりそこに〈はじまりの村〉はなかった。
……少なくとも、俺の知っている〈はじまりの村〉はない。
俺の視線の先にあるのは、瓦礫の山。
建物が崩壊し、コンクリートの残骸が積み上がった、悲惨な光景。
「……ここは、はじまりの村じゃない」
そう断定できる何かを見つけようと、俺はふらふらとした足取りで前に進む。
道とも呼べないような舗装されていない土の地面は、ごつごつとしていて歩きにくい。
地面に目をやる。
落ちているのは、パンのイラストが描かれた看板。
「B’s ベーカリー」との文字が入ったそれは、俺に食パンの耳を分けてくれていたパン屋と同じ名前だ。
瓦礫の山に目をやる。
瓦礫の隙間から見えるのは、ひしゃげた三輪の自転車。
車体が赤いそれは、村はずれの俺達の家にまで野菜を届けに来てくれていた青果店の主人が乗っていたものによく似ている。
半壊した家。
特徴的な黄色の瓦は、俺のことを可愛がってくれていたおばさんが住んでいた家と同じ色。
確か、俺と同い年くらいの女の子がいたはずだ。
もう一つ、家。
褐色のレンガでできたこの家には、気難しいおじいさんが住んでいた。
じいちゃんが死んでしばらくは、毎日森まで俺の様子を見に来てくれていたっけ。
あれも、知っている。これも、知っている。
……こうなるともう、認めるしかないじゃねえか。
「…………これは魔族の仕業なのか?」
俺の呟きに「ああ、おそらくは」と返すマオ。
まあ、そうだろう。村一つを壊滅させるなんてこと、人の手でできるわけがない。
ぐちゃぐちゃの、めちゃくちゃ。
それでも、瓦礫を構成する一つ一つには村人達の生活が詰まっているように感じられて、それがまた虚しくて悔しい。
村人が心の拠り所にしていた小さな祠だって、もうどこにあるのかわからない。
それどころか、この村に祠があったことすらわからない状態だ。
やり切れない気持ちのまま辺りを見回すと、瓦礫の中に布切れを見つけた。
拾い上げてみると、布切れだと思ったそれは煤や土埃で汚れたうさぎのぬいぐるみで、所々破れて綿が出てきている。
うさぎにしては奇抜な緑色のそのぬいぐるみは、二箇所ほど別の素材の布で手直しされており、長く大切にされてきたものなのだろうということがわかる。
そんな誰かにとっては宝物だったはずのそれが、ごみ同然に扱われているのを目にして、鼻の奥がツンと痛んだ。
「……なんでこんなことができるんだよ」
そう言いながら、俺は魔人との戦いを思い出していた。
魔人の腕を切り落とした際の感覚も、剣を突き刺した時の魔人の苦悶の表情も、忘れることなんてできない。
明確な殺意を向けてくる相手であっても、自分と似た姿のそいつに剣を振るうのは、辛く苦しいものだった。
しかしあいつらにとっては、そうではないらしい。
あいつらは、何の罪もない村をこれだけ破壊し尽くせるのだ。
「見た目が似ているだけで、中身は全然違うんだな……」
俺の呟きに、返事をする者はいなかった。
「……村人はいないみたい。遺体も見当たらないわ。きっと、みんなどこかに避難したのね」
メグの励ましに、俺は「そうだな」と返事をする。
それだけは本当に、この絶望的な状況の中での唯一の救いだ。
しかし、逃げた先が安全だとは限らない。
たとえ別の場所で新たに村を作ったとしても、そこもまた襲われるかもしれない。
この村の村人は、今も「いつ襲われるかわからない」と怯えながら暮らしているかもしれないのだ。
『私程度に苦戦するようでは、魔族が世界を征服する日も近いな』
魔人もそう言っていた。
このままでは本当に、魔族に人間界が蹂躙されることになるだろう。
「…………魔界を、潰そう」
唐突な俺の言葉に、マオとマモリが同時に「なんだって?」と声をあげる。
「今まで俺達は、人間界を守るために旅を続けてきた。けれど、それだけじゃ平和な世界はこないんだ。もっと根本的に、人間界を脅かす存在をなくしてしまわないと」
俺にとってのスタート地点であるはじまりの村で、俺は宣言する。
「魔族を倒すんだ」
もはや俺の知る故郷ではなくなってしまったこの土地で、その声は思った以上によく響いた。
そのままマオへと視線を向ける。
「ああ、やろう」
マオはゆっくりと頷いて、俺に拳を差し出した。
次にマモリへと視線を移す。
「はあー、しゃあねえな」
そう言って、マモリはぐるりと肩を回した。
「……私達にできるかしら?」
不安そうなメグと視線を合わせ、俺は「ああ」と答える。
「きっとできる。それに、誰かがやらないと平和な世界はいつまで経っても訪れない」
俺の言葉を聞いたメグは、口を引き結んで「……そうね」と返事をした。
もう一度、三人全員と視線を合わせる。
全員がやる気に満ちた、力強い目をしている。
「さあ、行こうか」
マオの呼び掛けに応じて、俺達は前に進む。
みんなが安心して過ごせる世界を作るために。魔界を潰すために。




