『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 前編エピローグ
「我ら魔族の邪魔をする人間は、一人残らず殺してやる!」
そんな言葉と共に敵が王都に降り立ったのは、創世祭真っ只中のことだった。
頭には黒々と光る長い角、そして口元には鋭い牙。
顔だけを見ても、肌は血が通っていないかのように青白かったり、本来白目である部分は真っ黒なのに瞳の部分は鮮やかな赤色だったりと、相手が魔族であることは一目でわかった。
しかしそいつは、人の形をしていた。
「あれが……魔人なのか……」
マオもそう呟いていたのだから、実際に目にするのは初めてだったのだろう。
マモリやメグが気づいていたかはわからないが、その時のマオの表情が引き攣っていたのを、すぐ横にいた俺は見逃さなかった。
長らく森で生きてきた俺にとって、これまで魔獣に剣を向けることに抵抗を感じたことはない。
熊や猪を駆除するのも生きていく上では仕方がないことだったし、それが魔獣になったところで心境に変化はない。
だから今回も、同じだと思っていた。
魔族の中では〝上級〟と呼ばれる相手であっても、俺達がやることは目の前の相手に全力で立ち向かうことであり、「いつも通りに戦えば勝てるのだ!」と、疑ってはいなかった。
……しかし自分の考えの甘さに、俺は戦闘開始早々に気づかされることになる。
「かかってこい、人間!」
不敵な笑みを浮かべる魔人に、俺はいつものように剣先を向ける。
普段ならこの後、なんのためらいもなく相手に向かって剣を突き刺すことができるのだ。
けれども、どうしてだか俺は剣を振るうことができなかった。
戦おうという意思はあるのに、身体がぴくりとも動かない。
地面に沈み込んでしまいそうなくらいに身体が重く感じる。
背中にじんわりと嫌な汗が滲み、長距離を走った後のように心臓がばくばくと脈打っているのがわかった。
「ユウ!!!!」
マオの叫び声が聞こえたのと、脇腹に強烈な痛みを感じたのは、ほとんど同時だったと思う。
後から聞いた話によると、動かない俺の対して魔人が爪を突き刺したのだという。
その爪は俺の右脇腹を貫通していたそうだ。
吹っ飛ばされて宙を舞う俺の目には、世界がスローモーションのように感じられた。
焦るユウ、吠えるマモリ、真っ青なメグ、そして愉快そうに笑う魔人。
魔人は俺達を殺すことに一切躊躇などないのだと、その表情が物語っていた。
「……やらなければ殺される。俺だけじゃなくて仲間や、人族全員が」
そこからはもう、無我夢中だった。
俺は無心で剣を振るったし、マオはありとあらゆる攻撃魔法を魔人にぶつけた。
俺が振るった剣が、魔人の腕を切り落とす。
ごとりと地面に落ちた腕は、俺のと同じ形をしている。
マオの放った攻撃魔法が、魔人の皮膚を溶かす。
皮膚の下から覗いた血肉は、俺のと同じ色をしている。
痛いと顔が歪むのも、苦しいと口から呻き声が漏れるのも、俺達人間となんら変わりはない。
けれども俺は、それに気がつかないふりをした。
直視すると、何かが崩れてしまいそうな気がした。
ようやく魔人を倒した時、目の前には地獄が広がっていた。
少し前までは人語を喋り、意志を持って動いていた生き物が、肉塊となって転がっている。
それは間違いなく誰かの子であり、そしてひょっとすると誰かの親であったかもしれないものだ。
「……っ、はあっ」
地面に膝をついた状態で、両手で顔を覆って天を仰ぐ。
普段なら感じられる〝敵を倒した後のやり切った感〟なんてものはまるでなく、じっとりとした後味の悪さと罪悪感が俺を襲う。
「…………ううっ、ぐすっ」
俺の隣ではメグが、その場に蹲って嗚咽を漏らしている。
人一倍共感力の高いメグにとっては、この戦いはとても苦しいものだったに違いない。
「おえっ、……すまん、吐き気が」
俺達の中では一番の年長者で、いつもならば「気にするな」と空気を柔らげてくれるマモリまでもが、真っ青な顔で口元を覆っている。
歴戦の戦士であるマモリであっても、平常心ではいられない相手だったようだ。
『私程度に苦戦するようでは、魔族が世界を征服する日も近いな』
魔人が死に際に放った言葉が、今も耳の奥でこだましている。
魔人は奴一人ではない。これからもきっと現れる。
俺達はその度に、この辛さを味わわなくてはならないのだろうか?
慣れてしまえば、少しは楽になるのかもしれない。
そうすれば、この苦痛からも解放されるのかもしれない。
……けれども、自分達と姿形の似た魔人相手に、何も感じることなく剣を振るえるようになるのも恐ろしい。
誰も口には出さないけれど、全員が同じように思っているのだろう。
敵を倒した後とは思えないくらいに重苦しい空気が漂う中、最初に言葉を発したのはマオだった。
「みんなありがとう。よくやった」
パーティーのリーダーとしてみんなを労わるマオ。
口ではそう言いながら、マオが心にダメージを受けていることは、その表情からも明らかだ。
それでもマオは、俺に向かって手を差し伸べる。
「……王城に戻ろう。人々が、僕達の勝利の知らせを待っている」
真面目に真っ当に暮らす人々の生活を守るため、前に進もうとするマオ。
俺はそんなマオに並び立つ勇者になるために、こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「……そうだな」
差し出されたマオの手をとると、そんな俺に続くようにマモリとメグもゆっくりと立ち上がった。
視線を合わせてゆっくりと頷く二人は、言葉はなくとも「自分もいる」と伝えようとしてくれている。
俺達は、今日のこの戦いを乗り越えて先へ行く。
そのためにも、俺は目の前に広がる血の海から目を逸らすわけにはいかない。
この戦いで感じた辛さや苦しさも、全て自分の力に変えるために。
まもなく、日が沈む。
魔人の亡骸の横には、人の頭部ほどもある水色の魔石が、夕日を受けて輝いていたのだった。
〈To be continued……〉




