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はじまりの村の〈村人I〉は闇堕ち勇者を救いたい  作者: 小乃マル


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12/13

「少しの間家を留守にしようと思うんだけど……いいかな?」

 朝食の席でそう切り出した私に返ってきたのは、ケイからの「いいけど、なんで?」という不思議そうな声だった。


 ケイと一緒に暮らすようになってから、私はなるべく家から離れないようにしている。

 それこそ、ケイから何度「僕のことは気にせず、今まで通りに依頼も受けてよ」と言われても、魔石や素材を売ることで生活資金を調達してきた。


 理由なんて決まっている。ケイがいるからだ。

 ケイに言うと「子ども扱いしないで」と嫌がられるだろうけど、それでも私は年長者かつ家長であり、彼の身の安全を保証する義務がある。

 ケイの危機にはすぐに駆けつけられるよう、常に備えておきたいのだ。


 はっきりと伝えたことはないが、おそらくそんな私の考えを賢いケイは察していると思う。

 だから私が家を空けようとしていることに、こうして疑問を抱いているのだろう。


 私だって、できることならケイを一人にはしたくない。

 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。

 マオの闇落ちを防ぐことを目標に掲げる私にとっては見逃せない戦いが、始まろうとしているのだから。


『LOJ』前半における最後のボス戦、通称「魔の人との戦い」。

 主人公であるユウ達の目の前に「魔の人」と呼ばれる〈魔人〉が現れるのは、世間が創世祭に浮かれている最中のことだった。


 リビングの壁に貼られたカレンダーによると、この世界の始まりの日を祝う創世祭は、二日後に迫っている。

 つまりゲームの内容通りなら、二日後にユウ一行は魔人との初対面を果たし、そして人族を守るために戦わなくてはならないのだ。


『LOJ』において重要な意味を持つこの戦いを、自分の目できちんと見届けたい。

 そして、もしも彼らに()()()のことがあれば、サポートできるようにしておきたい。

 そう考える私にとって、「魔の人との戦い」の場に出向かないという選択肢はない。


 ……しかし、それをケイにどう伝えるべきか。


 この世界が私の知るゲームの世界だなんてことは、もちろん言えない。

 そうじゃなくても、私はこの件に関してケイに知られたくないと思っている。

 魔族でも人族でもあり、そして同時に魔族でも人族でもないケイに、両者が対立して争っている姿はなるべくなら見せたくない。


「……自分の目で確認しておきたいことがあって」

 考え抜いた挙句、何も言わないことに決めた私に、ケイは僅かに不安そうな表情を見せた。


「僕もついて行っちゃだめ?」

 すんなりと納得してくれるだろうと考えていたケイからの、思いも寄らない発言に、私は一瞬言葉に詰まってしまう。

 けれども、そんな危険な現場にケイを連れてなんて行けるはずがない。


「…………うん、だめ。危ないから。ケイには、この家で待っててほしい」

 それは、ケイの身の安全を思っての答えと言うよりも、「ケイには安全な場所にいてほしい」という、自分本位な考えによるものだった。


 私の答えを聞いたケイは、それ以上食い下がることはしなかった。

「そっか」

 そう言って悲しげに笑うケイに、私は「ごめんね。用が終わったらすぐに転移魔法で帰ってくるから」と返す。


 一度訪れた土地にならすぐ移動ができる転移魔法の存在を、これほどありがたいと思ったことはない。

『LOJ』内の主要な土地を「聖地巡礼」などと言って巡っておいた過去の自分にも、ついでに感謝しておこう。


「ケイが不安なら、夜だけでも帰ってこようか? ほら、転移魔法ですぐだから!」

 魔力と体力の両方を消耗するから、あまり頻繁に使いたい魔法ではないけれど、数日間であれば毎晩の移動だってできないことはない。

 しかしそう提案する私に、ケイは呆れたように「そこまでしなくていいよ」と言う。


「別に大丈夫。魔力の無駄遣いしないで。僕は普段通りに生活しとくから」

「本当に? 無理してない?」

「してないよ、本当に」

「外に馬を繋いでおくから、身の危険を感じたらそれに乗って逃げてね」

「僕のことは大丈夫だって。心配しすぎ」


 わざとそっけなく返すケイがいじらしくて、私は思わずケイの頭を胸に抱え込む。

 嫌がられるだろうかと思ったけれど、ケイは「まだ食べてるんだけど」と言っただけで、私を振り払おうとはしなかった。


「……絶対、帰って来てよね」

 耳を澄ましていないと聞こえないくらいの小声で発せられたその言葉には、ケイの気持ちが凝縮されているように感じられる。


「当たり前でしょ」

 明るく返そうと思ったにも関わらず、私の返事は誤魔化しようのないくらいに掠れてしまったのだった。


◇◇◇


ーーーー「魔の人との戦い」が幕を閉じる。


「……っ、はあっ」

 地面に膝をついた状態で、両手で顔を覆って天を仰ぐユウ。


「…………ううっ、ぐすっ」

 真っ白な服が汚れるのも気にせず、その場に蹲るメグ。


「おえっ、……すまん、吐き気が」

 真っ青な顔で口元を覆うマモリ。


 そしてそんな三人に向かって「みんなありがとう。よくやった」と声を掛けるマオ。

 見事魔人を倒したというのに、彼の表情も浮かない。


 ユウ達が纏う雰囲気は、敵を倒すという目的を果たしたばかりとは到底思えないくらいにどんよりとしている。


 そんな彼らの様子を遠くから見守りつつ、出番のなかった私は〝ゲームでは感じることのできなかった彼らの苦しみ〟について思いを巡らせる。


 ユウ達が先程まで対峙していたのは、『LOJ』前半の最後のボスとなる〈魔人〉。

「魔の人との戦い」と呼ばれるその戦いが繰り広げられたのは、ゲーム同様創世祭真っ只中のことだった。


 舞台は、この世界において「人の王」と呼ばれる王様が住まう王都。

 祭りの熱気に包まれた王都に突如として魔族が降り立ったことで、人々は恐怖と混乱に陥り、周囲は地獄絵と化した。


「我ら魔族の邪魔をする人間は、一人残らず殺してやる!」

 ユウ達に向かってそう叫んだことからもわかるように、魔族の中でも上級魔族に位置付けられる魔人は、人の言葉を喋った。


 今までの敵とは違って、回復魔法やポーションまで使いこなす魔人は、単純な能力だけを見ても手強い相手だ。

 私も初めてプレイした時には、クリアするのに随分と手こずった。


 けれども、ある程度予想していた通り、この戦いの本当の〝しんどさ〟はそこではなかった。


 今回ユウ達が対峙した魔人は、今まで戦ってきた魔族達とは明らかに異なる容姿をしていた。

 頭上には三十センチはあるだろうかという長い角を有し、口元からは鋭い牙が覗いている。

 相手が魔族であることは見た目からもわかるのだけれど、それでも相手が〝人の形をしている〟ことは、ユウ達に精神的な苦痛を与え続けた。


 例えば、ユウが振るった剣が魔人の腕を切り落とした時。

 あるいは、マオの攻撃魔法が魔人の皮膚を溶かした時。


 自分達と似た姿をした相手の身体を傷つけるたび、そして魔人の顔に苦悶の表情が浮かぶたびに、ユウ達の顔もまた苦しげに歪むのが遠目にもわかった。


 猿のような魔獣が相手であっても、命を奪う際にはなんとも言えない後味の悪さを感じるのだ。

 それが魔人ともなれば、その辛さは私の想像を超えるものなのだろう。

 そしてそれは、コントローラーを使って画面越しに魔人と戦っていた前世の私には、伝わってこなかった辛さだ。


 殺意を向けてくる相手に殺されないように、そして人族の平和を守るために、ユウ達は全力を尽くした。

 そんなユウ達の勝利の証として、彼らのすぐ側には魔人の遺体が転がっている。


 四肢は切られ、皮膚は焼け爛れ、切り裂かれた腹部からはとめどなく血が溢れ続ける、魔人の遺体。

 いくら「人族のため」とはいえ、ユウ達が与え続けた苦痛の跡とその結果が()()なのだ。

 その遺体を直視しようとする者がいないのも、仕方がないと言えよう。


「……王城に戻ろう。人々が、僕達の勝利の知らせを待っている」

 それでもマオは立ち上がる。

 真面目に真っ当に暮らす人々の生活を守るために。


「……そうだな」

 そう言いながら、自分に向けて差し出されたマオの手をとるユウ。

 そんなユウに続くように、マモリとメグもゆっくりと立ち上がる。


 血や泥に塗れたどろどろの姿で、彼らはそれでも人族の明るい未来のために、前へと進む決意をするのだ。

 ……この先に待つのがさらなる地獄であることなど、知りもせずに。


 この世界のモブでしかない私は、ユウ達の代わりを担うことはできない。

 そうでなくとも、自分で決めた目標を達成するためには、自分自身で動くしかないのだ。


 だから私は、私にできることをする。

 彼らに待ち受ける困難が少しでもマシなものになるように、そして彼らの未来が少しでも明るくなるように。


「闇落ちなんて、絶対にさせないから……!」

 決意を込めて改めて発したその言葉は、誰に聞かれることもなく闇に溶けていくのだった。

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