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はじまりの村の〈村人I〉は闇堕ち勇者を救いたい  作者: 小乃マル


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10/14

 冒険者の朝は早い。

 朝日が昇るのに合わせて起床し、夕日が沈む頃には活動を終える。

 だから夏季と呼ばれるこの時期の活動時間は、自然と長くなってしまう。


『LOJ』が日本の企業によって作られたゲームだからか、この世界には明確な四季がある。

 とはいえそこまで現実に即しているわけでもなく、エアコンがなくても熱中症にはならないし、ストーブがなくても凍えない。

 朝夕の寒暖差もそれほどなく、自然災害に悩まされることだってない。


 さらに言うならば、この世界には暴漢や盗賊も存在しない。

 魔族がいることを除けば、治安はかつて生きていた世界よりも良いかもしれない。


 そんな環境的に恵まれた世界であることから、はじまりの村を飛び出して以来、私は基本的に野営生活をしている。

 たまに宿をとることはあるけれど、〝自分の家〟というものは存在せず、各地を転々としながら生きている。


 さて、ここで念のために言っておくが、【マオの闇落ちを防ぐ】ことを目標にしているからと言って、私は四六時中彼らの後をつけ回しているわけでない。

 当然だ。そんなの不審者すぎるだろう。


『LOJ』中で起こるイベントの中でも、「特にこれは重要だ」と思うものには立ち会えるようにしているが、それ以外については基本的に自分の気持ちの赴くままに暮らしている。


 例えば、今拠点としているこの場所は、十日程前に辿り着いた土地だ。

 ヒンジャの村全体に漂う重苦しい雰囲気に気疲れしたこともあって、「視界の開けた海が見える土地に行きたい!」との考えから選んだ。

 海が見える場所であれば、どこでもよかったのだ。


 そんな〝たまたま辿り着いた土地〟で私がしていることと言えば、もっぱら周囲を探索すること。

 魔獣討伐の依頼をほとんど請け負わない私にとっては、自然の中で手に入る素材や食料なんかも、重要な収入源になっている。


 この辺りで採取できるものについても、おおよそ把握できてきた。

 今日は採取に労力がかからないわりに高値で取引されるものだけを集めて、近くの町で買い取ってもらおう。


 そんなことを考えながら波打ち際を歩いていると、少し先の岩場の窪みから何やら音が聞こえるのがわかった。


 町からそれほど離れてはいないこの場所には、人がいたって不思議ではない。

「人間が魔獣に襲われていたら大変だ」との思いから、慌ててその場に駆けつけると、そこには予想通りの光景が広がっていた。


 群れを成した魔獣が取り囲むのは、どうやら人間の子ども。

 背丈からは十歳前後だろうかと思われるけれど、頭からすっぽりとフードを被っているせいで、男の子か女の子かはわからない。


 服がぼろぼろに破れてしまっているから、ひょっとするとすでに怪我をしているかもしれない。

 手当てをしてあげたいとは思うものの、まずは魔獣を倒すのが先だ。


 窪みの出入口を塞ぐ形で私に背を向ける魔獣に向かって、子どもに当たらないように気を付けながら攻撃を放つ。

 するとすぐに、魔獣達がくるりとこちらに身体を向けた。

 二足歩行の、猿に似た姿の魔獣だ。


 耳の少し上の辺りから、上に向かって伸びる形で二本の角が生えているが、それほど大きなものではなく、私はほっと胸を撫で下ろす。

 確かなことはわからないけれど、経験則上、角が大きい魔獣ほど強い傾向にあるのだ。


「逃げなさい」

 魔獣達からは目を逸らさずに、窪みの奥側にいるであろう子どもに指示を出す。

「動けるだろうか?」という心配が頭をよぎったけれど、その子は黙って首を縦に動かすと、音を立てずにひらりと窪みから逃げ出した。


 自分一人にさえなれれば、後はもうこっちのもの。

 一人で戦うのと人を庇いながら戦うのでは、難易度が全く違うのだ。


 身体の前で剣を構えて、目の前の魔獣に狙いを定める。

 剣は〝斬った感覚〟が残るから、なるべくなら使いたくはないのだけれど、場所が場所だけに攻撃魔法は使えない。

 魔獣と共に生き埋めになるのはごめんだ。


 まずは一匹。

 一番近くにいる魔獣に向かって、上から下へと剣を振り下ろす。


 次に、二匹目。

 先ほど剣を振るった反動を利用して、今度は左から右へと腕を横に動かす。


 そして、三匹目。

 こちらに飛び掛かってきた魔獣を迎え撃つようにして、相手の腹の辺りに剣を突き刺す。


 そのまま四匹目五匹目と、害獣を駆除するつもりで淡々と剣を振るううちに、合計八匹いた魔獣は全て倒し切ってしまったらしい。

 足元を見るとそこには、魔獣の遺体と共に掌ほどの大きさの魔石が転がっている。


「今日はもう、素材集めはしなくてよさそうね」

 独り言を言いながら、思いがけず手に入った収入源をヒップバッグへと詰め込む。


 最近のトレンドなのかなんなのか、このところ魔石の買取価格は、大きさよりもその色の美しさで値段が決められているようだ。

「これらはきっと高値がつくわ。夏の青空を思い起こさせるような、きれいな青色だもの」


 魔獣の遺体を目に入れないようにしながら、せっせと魔石を拾っている時だった。

「あの……」

 窪みの入り口から聞こえた声に慌てて顔を上げると、そこには先程魔獣に取り囲まれていた子どもが立っていた。


「さっきはありがとう」

 そう言うその子は、お礼を伝えるために戻って来てくれたのだろうが、正直に言えば気にせず立ち去ってほしかった。

 魔獣の遺体がごろごろと転がった血まみれの現場なんて、子どもに見せたいものではない。


「いいわよ、気にしないで」

 私はわざとそっけなく返した後で、「早く町に帰りなさい」と帰宅を促す。

 この子のぼろぼろの姿は親御さんを驚かせてしまうだろうけれど、子どもに渡せる替えの服は持っていない。

 歩けるのであれば、さっさと帰らせる方がいいはずだ。


 けれどもその子は私の言葉に対して、「僕に帰る場所なんてないよ」と答えた。


「え?」


 目深にフードを被っているせいで、いまだに顔はよく見えないけれど、「僕」と言ったのだからおそらくは少年なのだとは思う。

 改めて彼の姿をよく見てみると、ぼろぼろだと思った服は今しがた魔獣に襲われて破れたというよりも、長年着古して劣化しているように見える。


「帰る場所がないって、どういうこと?」

 事情を聞こうと尋ねてみたけれど、少年からは「……お姉さんは、勇者なの?」という、関係のない質問が返ってきた。


「ええ、そうよ」

「お姉さんは、魔族を全員人族の敵だと思ってる?」


 不思議なことを聞く子だと思った。

 けれどもその声色は真剣で、ただの思いつきで質問しているようには感じられない。


「例えば、あそこにいる魔獣とか」

 そんな言葉と共に少年が指差したのは、岩場の隙間から伸びる木だった。

 そこには額に小さな角が生えている以外は、普通の小鳥と同じような見た目の魔獣がとまっていて、ちょうど巣の中にいる別の個体に口移しで餌を与えている。


「うーん、どうだろう? 正直、考えたことすらなかったから……。でも、悪さをしていないあの魔獣のところまで行って、わざわざ倒そうとは思わないかな」

 素直にそう答えたところ、少年は「ふーん」とだけ言って、それっきり黙り込んでしまった。


 一体なんなんだと、私は警戒心を強める。

「ゲーム内に登場した人物だろうか?」と、記憶を辿ってみるけれど、全く覚えがない。

 しかし「ただのモブだ」と断定するには、纏うオーラが独特だ。


 さてどうしたものか……と頭を悩ませる私に、次に少年が放った言葉は予想もしないものだった。


「ねえ、お姉さん。僕のこと拾ってくれない?」

「……はい?」

「『帰る場所がない』って言ったでしょ?」


 呆然とする私を気にすることもなく、少年はさらに言葉を続ける。


「実は数日前から、お姉さんのこと見てたんだ。一人で暮らしているみたいだし、僕を側に置いてくれない? 一通りの家事はできるし、きっと役に立つと思うよ」


 その言葉の中にも、いろいろと引っ掛かる部分はある。

 けれども、とりあえず一旦は目をつぶろう。


「ちょっと待って! いきなりそんなことを言われても困るわ。それに、あなた親御さんは?」

「いない。少し前に母さんが死んじゃって、今は一人なんだ」

「お父さんや、他の親族の方は?」

「父親もいないよ、会ったこともない。親戚もきっと、僕の顔なんて見たくないと思うよ」


 悲しむわけでもなく、淡々と「ただ事実を述べている」といったふうの少年に、こちらの方がどう反応すべきかと困惑する。

 そんな私を見て、少年はゆっくりと自身が被るフードへと手を伸ばした。


 するりと取られたフードから、少年の顔が覗く。

 少し癖のあるグレーの髪に、薄い紫色の瞳。

 少し生意気そうではあるものの、あどけなさの残った可愛らしい顔立ちの少年だ。


 けれどもその時の私は、別の部分に意識が集中していた。

 たとえ私じゃなくっても、少年の頭にある()()を目にしたら、誰でも同じようになったと思う。


「…………角?」

 少年の頭上にある黒い二本の突起は、魔獣達の頭上にある角と同じもののように見える。


『LOJ』の中で、後半に向けて徐々に〈魔人〉と呼ばれる人型の魔族が出てくることは、私もプレイしたから知っている。

 それでも、彼らはもっと一目でわかるくらいに〝人族とは異なる〟姿をしていた。

 例えば隠しきれないほどに大きな角を有していたりだとか、鋭い爪や牙を備えていたりだとか。


 けれども目の前の少年は、魔人と断定するにはあまりにも私達と似通っている。

 角だってフードで隠せるくらいに小さいし、爪や歯も人間の子どものと違いない。


 混乱する私を前に、しかし少年は動じることもなく「うん、本物だよ」と言った。

 私の目を正面から見据える少年の口元は、緩く弧を描いてさえいる。

 そしてそんな彼の口から、次の瞬間衝撃的な発言が飛び出したのだ。


「僕の父親は魔人らしいんだ。僕は人間の母親と魔人の父親の間に生まれた〈半魔人〉だよ」

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