『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 前編プロローグ
ここは〈はじまりの村〉。
これといって特徴のない小さな農村だけど、俺は結構気に入ってる。
両親のことは覚えてない。俺が幼い頃に流行り病で死んだらしい。
それ以来俺は、村はずれの森の中でじいちゃんと二人で暮らしてきた。
そんなじいちゃんが、一ヵ月前に亡くなってしまった。老衰だった。
大きな怪我や病気もなく天寿を全うしたのだから、幸せな人生だったと言えるのだろう。
悲しみが癒えたわけではないものの、俺も落ち込んでばかりはいられない。
『目の前のことに全力で取り組め』
生前のじいちゃんの口癖を思い出しながら、いつものように木の伐採を行っている時だった。
「はじまりの村の住人かい?」
そんな言葉と共に目の前に現れたのは、芸術品のように整った容姿の男だった。
この村で一番背が高い俺が、そいつのことは見上げていることに気がついて、なんだか少し面白くない気持ちになる。
「そうだけど。何か用かよ?」
そのせいで不愛想な言い方になってしまったことに、言葉を発してすぐに反省する。
けれども、そいつは全く気にしていないようだった。
「人を探しているんだ。はじまりの村の住人らしいんだけれど」
濃紫の瞳を細めてそう言うそいつは、物腰の柔らかさと線の細さも相まって、お伽話に出てくる王子様みたいに見える。
「村の連中とあまり関わりはないが、名前を聞けばわかるかもしれねえ。なんて奴だ?」
そう尋ねてみると、そいつは困ったような顔をして「名前はわからないんだ」と言った。
「名前がわからない? なら、特徴はねえのか? 髪の色とか、年齢とか」
「髪色も、年齢もわからないんだ」
「じゃあ、せめて男か女かだけでも教えてくれよ」
「……すまない。それもわからない」
「はあ?」
人を探しているというのに、相手の性別すらもわからないって、どういうことだ?
俺がそう思ったのが伝わってしまったんだろう。
そいつは静かに笑って、「ごめん、怪しいよね」と言った。
困ったように笑うそいつは、言っていることは意味不明でも、悪い奴ではなさそうだ。
「……顔見りゃわかるのかよ?」
「え?」
「だから、探してる相手だよ。見ればわかるって言うんなら、村まで案内してやるよ」
俺の言葉を聞いて、そいつは目を丸くした。
「いいのかい?」
「いいから言ってるんだよ。……俺はユウ。年は十七」
「ありがとう、ユウ。僕はマオだ」
マオはそう言うと、右手を差し出して「僕も十七歳だよ」と付け加えた。
てっきり自分よりも年上だと思っていたが、どうやら同い年らしい。
大人っぽく見えていいな……という俺の思いは、どうやら言葉になって漏れ出ていたようで、目の前のマオが小さく笑うのがわかった。
「僕はむしろ、君のような人間が羨ましいよ」
「は? なんでだよ?」
「君に声を掛けたのは、君が力になってくれそうな人物に見えたからだよ。こうして知らない人間に手を差し伸べるのは、誰にでもできることじゃない」
初対面の相手に真正面から褒められて、恥ずかしくなってしまった俺は、「……うるせえ」と言い放つ。
しかし、そんな子供じみた照れ隠しもマオにはお見通しだったようで、「ごめんね」の言葉は全く申し訳なくなさそうだった。
「だって、どう考えても僕は怪しいだろ? 何もわからない相手を探しているだなんて」
「……まあな。でも、なんか事情があるんだろ? おまえ、嘘ついてるようには見えねえし」
俺がわざとぶっきらぼうに言うと、マオは「君は本当に良い奴だね」と返してきた。まじでうるせえ。
「実は、呪術師の預言を授かってね」
「預言?」
「そう。実は僕、勇者なんだ。呪術師の『はじまりの村に勇者としての素質を持つ人物がいる』という預言に従って、ここまで来たんだよ」
「まじか。すげえな」
野蛮な魔族から俺達人族を守ってくれる〈戦士〉には、今までに何度か出会ったことがある。
けれど〈勇者〉を見るのは初めてのことで、ついつい大きな声が出てしまった。
戦士と勇者の違いについては、俺もあまり詳しいわけではない。
簡単に言うと、物理攻撃のみで魔族を倒すのが戦士で、魔法による攻撃もできるのが勇者らしい。
魔法を使える人間は非常に珍しく、一万人に一人とも、十万人に一人とも言われている。
目の前で静かに笑う王子様のようなマオが勇者であることには驚くが、本来なら言葉を交わすこともできない憧れの存在がすぐ隣にいることに、俺は気分が高揚するのを感じた。
「俺、勇者に会うの初めてなんだ。普段はどんなことをしてるんだ?」
「何人かでパーティーを組んで敵の討伐を行うのが、主な任務だよ。少し前に大きな依頼が片付いたから、僕は今パーティーには属していないけどね」
「呪術師の預言に従って人を探すのも、勇者の仕事なのか?」
「後進の育成も重要だからね。勇者の素質がある人間を見つけ出して、その能力を開花させる役割も担っているよ」
そう語るマオの横顔はかっこよくて、俺はマオが探している〝誰かもわからない相手〟を羨ましく思った。
そんな気持ちを振り払いたくて、俺は必要以上にいろいろな話をする。
村での生活や、自分の仕事のこと。それに、最近死んじまったじいちゃんのこと。
「今は一人で生活してる」と言うと、マオが僅かに眉を下げた。
「僕も家族を亡くしているから、似たもの同士だね」
「マオの家族は、なんでなんだ?」
「魔獣に襲われてね。僕が六つの時だった」
目の前で家族が魔獣に食い殺される中、自分だけが助かったのは防御魔法のおかげだと、マオは言った。
「無意識下で防御魔法を発動させたことで、僕は勇者としての一歩を踏み出した。僕にとって、勇者の能力は家族の命と引き換えに手に入れたものなんだ」
「重たい話をしてごめんね」と付け加えるマオに、俺は「……いや」と返すことしかできなかった。
「だから僕は、家族の死を無駄にはしない。真面目に真っ当に暮らしていた僕の家族は、その生活を突如として邪悪な存在によって破壊されたんだ。そういう人々を減らすために、僕は自分の力を使いたい。……そんな気持ちで勇者を続けているよ」
力強く言い切るマオは、お伽話の王子様なんかじゃなくて、どこからどう見ても勇者そのものだった。
……同い年、似た境遇同士とはいえ、俺とは全然違う人間だ。
目の前のマオが眩しくて、俺はどうしてだか手に持っていた斧を身体の影にそっと隠した。
「……もうすぐ麓だ。ここを抜けるとはじまりの村に着く」
「助かったよ、ありがとう」
「暇つぶしがてら、身体を動かそうと思っていたところだったからな」
「素直じゃないなあ」
そんな和やかな会話をする俺達の耳に、突如として空気を切り裂くような叫び声が届いた。
「きゃーーーーーーーー!!!!」
俺とマオは思わず顔を見合わせる。どう考えても人の声だ。
「こっちだ!!」
声のした方角に先導しようと走り出した俺に向かって、マオが「待て!」と叫ぶ。
「危険だ! 僕が行くから、ユウはここで待っていろ!」
マオの言い分もよくわかる。
しかし、この森に関してはマオよりも俺の方が詳しいんだ。
「マオだけに任せておけるかよ! それに、この辺りは少し入り組んでいる。俺についてこい!」
俺がそう言うと、マオは少し迷うような素振りを見せたけれど、すぐに「……任せたよ」との返事がかえってくる。
「でも、ユウは自分の身を守ることだけを考えてくれ。くれぐれも、無茶だけはしないこと」
「ああ、わかってる」
俺は、勇者であるマオみたいに強くもなければ、大きな志も持ってはいない。
それでも、マオを目的地まで案内することはできるはずだ。
そんな気持ちを胸に、俺はマオと共に悲鳴のする方向へと走り出したのだった。




