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アリシアは無難に暮らしたい  作者: まるめぐ
9/19

ユーリエの教会にて4

 ユーリエの中心にある大きく新しい白壁の教会では、今まさに結婚式が執り行われようとしていた。

 大きな鐘楼(しょうろう)のある目の醒めるような青屋根の教会は数年前にギルバートの寄付で建てられたもので、日頃から丁寧な手入れが行き届いており未だ昨日完成したと言われても納得してしまえる染一つない新築感がある。

 ユーリエの街の人間は、この街に雇用を生み出し恩恵を齎してくれる第四王子にいつも感謝していた。

 教会では朝から業者の出入りが引っ切りなしで、外も中も色取り取りの花がたくさん飾り付けられ、布や絨毯(じゅうたん)も新しい物がたっぷりと使われて、式会場の豪華絢爛たる演出は完璧と言えた。

 招かれた記者達が残らず教会礼拝堂の白布と花で飾り付けられた長椅子に着席した頃、目隠しのための衝立の向こうに控えた楽団が音楽を奏で始めた。

 優雅な音楽も相まってか急激に礼拝堂内の雰囲気は厳かになり結婚式開会の気配が近くなる。


 そう、どう控え目に見ても結婚式だ。


 目的を知らされず場所だけを指定されていたために、この場に集った記者達は皆が皆困惑顔で周囲と言葉を交わして少しでも情報を集めようとしていたが、その声もひそひそとしたものに抑え込まれていた。

 司会はなく、音楽が一段と高まりをみせた。

 今にも誰かが入場してくるような、そんなメロディーだ。

 よもや、まさか、と今や礼拝堂内の誰もが後方の入口を注視している。

 その期待通りに入口扉が左右に開かれた。


「今日集ってくれた皆皆には、心から感謝する」


 唐突に、礼拝堂前方で聞こえた声は若い男性のもの。皆の視線が集中していた礼拝堂入口を開けて入って来たわけではない。既に奥の部屋で待機していたのだろう。


 若干泡を食ったような様子で皆が前方を振り返れば、バージンロードの終着点にはいつの間にか銀髪の青年が立っていた。


 高い天井の下、祭壇に差し込むステンドグラスのカラフルで明るい光がスポットライトのように彼を照らし輝かせる。

 会場内が感嘆にざわめいた。

 予期せぬ登場の仕方一つを取っても、さすがはこの奇特と評される男の所業だ、と誰もが思った。


 その男とは勿論――第四王子ギルバート・ベルグランドだ。


 ざわめきは止まない。ここに記者を呼び付けた張本人の彼が一般的に言って新郎が着る白いタキシード姿だったせいだ。


「そうだ。皆の予測の通り、本日僕は結婚する!」


 その場の誰もの心を読んだかのようにギルバートは朗々とのたまった。

 彼のやや興奮気味の様子からは、早く式を始めたいと逸る気持ちが見て取れる。

 新郎入場を省いたのももしかしたらその表れか、と彼担当の記者らは的確に分析する。

 彼らは発明品の新作発表時の会見、写真撮影など、事あるごとにギルバートと縁のある者が大半だった。ギルバート本人も敢えてそういう相手を選別して招待状を送っていた。


 彼らなら王家におもねるような誤魔化しや嘘は書かず、見聞きした真実を適切に記事にしてくれると知っているからだ。


 心得た常連記者達の気遣いもあってか、程なく教会内は水を打ったように静まり返る。

 時間だからと奥から出てきた頭頂部が眩しい老齢白髪の神父が、定位置である祭壇前の卓に着く。

 白い立派な法衣の表面を光沢が嘗めるように伝っていた。

 ギルバートの合図で楽団が曲を変える。


 その時、連なる座席の後方、礼拝堂入口から足音が近付いた。


 記者達は隣の同業者と顔を見合わせ「花嫁入場だ」「花嫁が来る」と囁き合って、明るい外光で逆光になる中目を細め、現れた人物へと取材プロの目を向ける。

 けれども集中する視線の先、一人現れた花嫁のシルエットの違和感に皆ははてと怪訝にした。

 介添えもなく颯爽と歩みを進める花嫁が屋内の明かりに馴染んだ時、誰一人として現実を理解できなかった。


 歩いてくるのは、何と白いタキシードを着た赤髪の少年。


 その紛れもないタキシード姿に、花婿姿に、花「嫁」入場のはずだった華やかな場は一気にフリーズ、つまりは思考停止したように静まり返った。


「……男、同士?」


 誰かが呟いたそれが引き金となり、どよめきが建物全体を大きく揺らす。

 左右に分かれた招待席の中央、赤絨毯が伸びる身廊つまりはバージンロードを堂々とした足取りで進み、件の赤髪の少年が神父の卓の前まで辿り着く。

 ギルバートの隣に真っ直ぐに背筋を伸ばして立った。


「皆にはここにいる最愛の男性リシャールとの式を見届けてもらいたい。何を言われようと僕達の愛は変わらない。僕は生涯をかけて彼に恋し彼を愛し尽くすことを誓おう」


 神父の前での宣誓でもないのだが、ギルバートは熱く語り、男装をしたアリシアに同じく熱の込もった眼差しを向ける。


(え、あの、先走り過ぎでしょ! まだ式始まってすらいないわよ)


 興奮する馬の如くたったか勝手に暴走していきそうなギルバートに辟易しながら、アリシアはこっそり袖を引っ張って「ギルさん、ちゃんと式始めないと」と窘めた。


(この人って何で見る度こんなにテンション高いのかしら)


「そのまま強引に引っ張って、僕を大胆に抱き上げてくれないか?」

「はい?」


 アリシアが半眼で睨むも、彼は嬉しそうでいて少し寂しそうに笑った。


「ああいや、急にレッドとの思い出が蘇って」


 先程、ハッキリ人違いだと言って理解してもらえたとは思うのだが、そんなに自分はレッドという知り合いに似ているのだろうかと、アリシアは少しだけそこまで想われているレッドという男性を羨ましく思う。


(きっと誰かにこんなに想ってもらうのは奇跡にも似て、それでいてとても幸運な巡り合わせなんだろうなあ。でも正直まさかこんなに記者がいるなんて思ってなかったわ)


 しみじみさから苦々しさへと内面をシフトさせるアリシアは、招待客の上にさらりと視線を滑らせる。

 こんなつもりではなかった。

 ゴシップ記事になるなんて思いもしなかったのだ。

 礼拝堂入りする直前で扉の隙間から中を覗いて愕然としたものだった。


 これでは追っ手に居所がバレる、と。


『セツナさん、これはまずいですよ。あたし追われている身ですし、居所がバレたら迷惑をかけてしまいます。あたしが女だとも広められたらセツナさん達だって困るでしょうし』


 結果路頭に迷おうが構わないと今回の契約の白紙撤回も辞さない覚悟で訴えれば、アリシアを案内してくれたセツナからは心配し過ぎだと逆に説得されてしまった。


『男装にメイクもしていますし、アリシアさんと結び付けて考える可能性は低いと思いますよ。写真を見ても精々似ている少年だくらいにしか思われないでしょうね。普通に考えて追われている身で堂々と顔を晒しているなんて思わないでしょう? しかも性別を偽ってまで。仮にバレても、ギル様があなたのことを連れて行かせませんよ。どうやってでも偽装計画を台無しにするような展開を阻止するでしょう』


 果たしてそうだろうか。アリシアにはそこはよくわからない。セツナに言い包められた感がなくもなかったが、そもそもここまで来てしまってはどうしようもないという事で渋々引き下がった。


(ところで、ホントこの変態はどういう有名人なのよ。もしかして人気の俳優とか?)


 地方貴族のボンボンだったとしても望んだところで普通はここまで記者は集まらないだろう。もはや王族レベルの注目度だ。


(……ん、王族?)


 一瞬引っ掛かるものを感じたが、後回しと思考を追いやる。けれどこの時にしかと考えておけば正解に思い当たったかもしれなかった、と彼女は後悔するのだった。


「お二方、すぐにでも式を執り行いたいのですが宜しいですか?」

「ああ、頼む」


 ちょっとヨボヨボの神父の咳払いで式の即時進行を察したアリシアもギルバートも、畏まって神父の卓の前で居住まいを正した。


「ああっとその前にパブロ神父、さっき頼んだ物は本当に用意できるんだろうな?」

「ええ、ご心配には及びません。出先ではどこでどう必要になるかわかりませんので、実は無記名の物を常に携帯しているのです。しかし、当初のお話と少々相違がございますが、本当にそれで進めて問題はございませんか?」

「ああ、全然問題ない」


 にっこり満面の笑みを浮かべるギルバートとは裏腹に、お爺ちゃん神父からどことなく懸念の目で見られたアリシアは疑問に首を傾げる。


(用意って、何のことかしら?)


 しかし問いかける暇もなく神父が始めてしまった。彼は言葉通り本当に早かった。

 誰かに急かされでもしているかのように、いきなり核心部分に突入したのだ。


「んーこほん、諸々はテンプレートですので省かせて頂きますね。えー、汝ギルバート・ベルグランドは生涯彼リシャール・ロールを愛すると誓いますか?」

「猛烈に誓います!!」


 最高の笑顔での力強い即答があって、神父はやや面食らったようになりつつも威厳を保ち顎を引く。

 意気込みの激しさはともかく、いやそんなものはもう突っ込む対象ですらなくなっていたアリシアは、神父の言葉に大きく目を見開いていた。勿論はしょられた文言も最早どうでもいい。


(えっ、今何て……? 神父様ってばこの人のことギルバート・ベルグランドって言った!? ――ベルグランド!?)


 いくら流行に疎いアリシアでもこの国の王子のフルネームくらいは知っている。


 とりわけ、四人兄弟の中でも一番風変わりで便利グッズの発明と魔法研究に熱心なギルバート・ベルグランドという名前はよく覚えていた。


(信じられない……この男ってあの第四王子殿下なの!? ギルバート・ベルグランド殿下って言ったら狂人科学者タイプか、その反対のガリ勉根暗研究者タイプだと思ってたわ)


 演技も忘れ隣の麗しい男をただただ凝視するアリシアへ神父が言葉を掛けていたが、完全右耳から左耳にスルーだ。


(魔法研究者なんて胡散臭くてこっちが危ういかもな相手になんて、一生関わらないだろうと思ってたのに……! どうしようこれじゃ絶対に魔女だって気付かれるわけにはいかないわ。モルモットになんてされた日には父様と母様を悲しませちゃう)


 実のところ、太っちょの少年フードを助けた日辺りからだったか、両親からはこの国の臣民として王家を敬ってもいいが、関わらないようにと言われていた。


(確かな理由は結局聞けなかったけど、たぶんそんな人達に関わって目立つと魔女だってバレる危険が格段に増すからよね)


 どうせ顔なんて近くで見る機会もないと油断していたのは否めない。まさかよもや想定外にもこんな展開に巻き込まれるとは誰が予想できただろう。


(どうしよう、一番関わっちゃ駄目な相手じゃないのよーっ!)


「――誓いますかリシャール・ロール? 誓いますか? リシャール?」


 と、神父の声が大きくなって、慄きと驚愕の目でギルバートを見つめてしまっていたアリシアはようやく我に返った。


「えっ!? すいません何をですって?」

「この者を生涯愛する事を誓いますか?」


 直前までの思考回路の影響か、アリシアは神父の問いかけに躊躇し息を詰めた。


(どどどッどうしよう! 魔女バレ云々以前によりにもよってこの国の王子様なんかと偽装結婚しちゃったら半端なく目立つじゃないのよ。ただでさえこんな出鱈目な役なのにッ)


 地方貴族のゴシップ記事程度じゃ済まない。

 全国版の一面トップ記事だ。

 地方のゴシップくらいならまだまあ我慢しようと思っていたアリシアは、さすがに怖気づいていた。

 今は遠くに暮らす両親に記事と写真を見られたらアウトだ。

 さすがに身内にはバレるに違いない。何をやっているのかと大目玉だ。


(あ、あたしの平穏な暮らしが遠のいてく……)


「……誓い、ますか?」


 迷いの空気を察したのかやや慎重な眼差しでパブロ神父が見つめてきた。しわ深い顔の青い目で。

 事情を知っているのかとりあえずこの場は頷いとけ、後でどうとでもなる…………そう言われている気がするアリシアだ。

 実は神父はセツナが買収したこちらの手の者だったとは後で聞いた。


(ううっお爺ちゃんそんな目で見ないで。ああもうそうよ何もかも今更だわ。この場に来ちゃったし後の祭りじゃない!)


 腹を括るとアリシアはしっかりと声を張った。


「はい、誓います」


 横でハラハラして見守っていたらしいギルバートが胸を撫で下ろしたのがわかった。それから神父がもごもご何かを言ってギルバートと何かを話して書類にサインを求められ二人で記名して、サイズの合わない指輪を騙し騙し交換し終え、アリシアもホッとする。

 何とか無事に式は終われそうだ。


「では二人、誓いのキスを」


(…………はい?)


 思考が真っ白になったのは言うまでもない。


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