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アリシアは無難に暮らしたい  作者: まるめぐ
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理不尽からの逃走1

「あたしはただ無難に暮らしたいだけなのにいいいいーーーーーーーーッッ!!」


 ザッパーンと打ちつける荒波が砕け散り、波の花が白く散る断崖絶壁の上で、一人立つ少女アリシアは思いの限りの大声で叫んだ。

 真っ赤な長い髪が強風に乱れて鬼ババヘアーになろうとも、寒くて鼻水がズビズビバーッと垂れようと、構いやしない。

 風を含んだドレスの裾が際どい程に開こうと、構いやしない。中に薄地のカボチャパンツを穿いている。

 どうせ誰も見ていないのだ。女を捨ててストレス発散に限る。

 ここなら誰にも聞かれない。いくらでも愚痴れる。


「今日は思う存分日頃の鬱憤を叫びまくってやるわ!」


 そう意気込んだ矢先。


「リシャール! こんな危ない場所で一人で何やってるんだ!?」

「――――ぬああっ!?」


 勢いよく振り返ったアリシアは驚きはしたものの、条件反射のように目の前の男をキッと睨みつけた。海風に乱れまくった彼女の姿に相手はちょっと目を見開いて怯んだが、すぐにそれは全く問題ではないと言うようににーっこりと微笑む。

 まるで一服の絵画になるような、何とも艶のある美々しい青年だった。

 波が砕ける強風の中どうやっているのかさらさらした銀髪は優雅にさらりと揺れるだけで乱れない。

 これぞ世界共通美形マジックだろうか、と無駄な事を考えてしまいアリシアは頭を振ってしかと視線を突き刺した。


 強く睨まれたというのに彼はかなり嬉しそうだ。


 それが余計にアリシアの神経を逆撫でした。


「さてはあたしの転送魔法陣見つけたわねっ。どこまで嗅覚優れてんの犬以上じゃないのよそれ!」

「当然だろう。リシャールのことなら毛の一本だって見逃さないぞっ!」

「いやあああそこ嬉しそうに誇んなーっ! ホントにマジでもう鬱陶しいからわざわざくっ付いて来んなッ、こんっのぺんぺん草ーーーーっっ!!」


 ぺんぺん草はよく荒れ地に生えている。その種子部分はとりわけ毛糸に付くと中々取れなくてイライラする。気を抜いてうっかり繊維の奥に押し込んでしまうと更にもっとイラッとくる。手間取る。

 この目の前のクレイジーな男に関わるのとまさしく同じだ。大荒れの大海原を目の前に解放感に気を抜いていたのが悔やまれる。


「ここがどこだかは知らないが、割と寒いし危ないから屋敷に戻ってティータイムにしよう。もう準備はさせているから。そんな女装だとドレスで下がすかすかして風邪を引いてしまうかもしれないだろ。ま、まあ君は女装も似合うが」

「ううっ、またあたしのプライベートな時間がこの男に侵食される……っ」


 そして女装って言うな、とアリシアは内心で歯を剥いて中指を立ててやる。

 しかし彼はアリシアを男と思っているのだからそう言われても仕方ない。彼女の方も女ですと訂正する気はない。


 どうせ一年だけの契約結婚。


 仮面夫婦いや夫夫。


 期間が過ぎれば離婚しアリシアは彼の元を去る。真の素性を知られたくないのでそれがベストなのだ。

 とは言えまさか庭に隠したテレポート魔法陣を見つけられ追い掛けてこられるとは思わなかった。一度陣を消しておけば良かったとアリシアは苦々しい思いで頭を抱えた。

 そんなアリシアを青年はじっと見つめる。うるうると潤んだ捨てられた子犬の瞳で。


「その……僕とお茶は嫌か?」

「ああもっ!」


 鼻を啜るアリシアは叫ぶ気力も失せて道を戻る。彼女は職業柄か基本頼まれたりお願いされるのにどうにも弱かった。

 青年の横をさっさと通り越し……がてらその首根っこ(正確には後ろ襟)を引っ掴んで引っ張って、それすら嬉しそうにしている彼と共にここにやってきた魔法陣を踏んだ。鬱憤発散と気合いを入れてタンッと。


(主導権は握っているのに、嗚呼、今日も味わう敗北感……っ)


 アリシアの心の涙と共に魔法発動の光が上がると、崖の上には誰もいなくなる。


 事の発端は、およそ三カ月、遡る。






「――この愚図! いつまで心の整理してる気だい!」


 バンッと小さな教会奥の木の扉が乱暴に開かれる。

 そこは本日結婚式を迎える花嫁の支度部屋だ。


「なッ!?」


 しかしノックもなしにズカズカと押し入ってきたドレス姿の恰幅の良い中年女は、ばさばさした付け睫の両目を大きく見開いて絶句すると、その魚のようなぎょろりとした黒い目をみる間に吊り上げた。


「いないじゃないかい! 一体どこに逃げたんだ! お前達早く捜すんだよ! 見つけないと大金がパーだ!!」


 大声で後ろに付いてきた黒スーツの男たちに命じ毒づきながら部屋を出て行く。

 ドタドタと遠ざかる粗雑な足音。

 しばししてその足音が完全に聞こえなくなった頃、その乱暴に開かれた仕度部屋の入口扉がギギイィィと軋んでゆっくり戻っていく。


「……ッ、いったあ~……」


 今の今まで開いていた扉の陰には、赤くなった鼻っ柱を両手で押さえ悶絶する一人の少女の姿があった。


 アリシア・キス。十六歳。


 白い花嫁衣装は半ば無理やり着せられたものだ。

 純白に映える真っ赤な長い髪がさらりと肩から垂れて広がる。


(全くもう話が違うじゃない。……はあもー、小娘だからって甘く見られたものね)


 アリシアは苦々しい顔付きで一人胸中に愚痴をこぼした。

 彼女は現在この国リベラエスタ国の中規模都市ダーレクの街で『小さな雑用から大きな雑用まで何でも請け負います』というキャッチフレーズの下、何でも屋を営んでいた。


 今回の依頼は病弱で結婚式に出られない娘の代わりにその娘の役回り――つまりは花嫁のフリをしてほしいというものだった。


 どうも世間への体裁を重視する相手なのか、結婚式を挙げないと結婚に応じないという狭量な条件があるらしかった。アリシアはそんな相手なんてやめればいいのにと内心思っていたが、ようやく娘が結婚できるのだと、どうしても頼むと、そう母親に泣きつかれ仕方なく引き受けたという次第だった。

 そう、受けた、のだが……。


(ああもう何なのあのくっそババア。これって要するにあたし騙されてどこの馬の骨とも知れない男に売られそうになってたってことじゃない!)


 淑女としては失格な言葉を交じえ怒りと悔しさに拳を握る。

 お迎えの馬車では縄で縛られ、教会に着くやすぐさま支度部屋に放り込まれ、無理やり着せられた花嫁衣装。

 諦め従順になった体で「心の整理をしたいから少し一人にして下さい」なんて泣いてみせ、まんまと時間を稼いだもののこれからどうしようか。

 護衛の男達の人数とその屈強さは、狙った獲物を逃がさないと言う決意の現れだ。


 病弱な娘云々なんて話は端から嘘だったのだ。


 失踪してもすぐには捜索願いの出されないだろう独り身独り暮らしの若い娘を狙っての人身売買。

 道理で根掘り葉掘り家族構成やら友人やらその交際頻度を訊かれたわけだ。


(ああもうしばらくこの街歩けないじゃないのよー!)


 大声を上げたい所だが、バレるといけないので今は心で叫ぶしかない。

 向こうが諦めるまで、家も顔も知られているアリシアは不用意にこの街をうろつけない。


(何なのよもう。せっかくお得意様も出来て軌道に乗ってきたところだったのに。目立たず細く、けど堅実に生きてきたあたしの平穏を返せーッッ!)


 庭の草取りとか子守りとかペットの散歩とか買い物代行とか荷運びとか黒い虫Gの撃退とか、ご近所さんの小さな小さな雑用をこなして世話して、ようやく一人で何とかやって行けそうだと思っていた矢先だったのに。


 いつも世界はアリシアに意地悪だ。


 順調だった両親の会社――クラウン商会が潰れたのは三年前。


 どこかでアリシアと彼女の母親が魔女だと知ったライバル会社――エシャント商会が悪意を持って噂を流したのだ。

 かの商会のエシャント社長は母親の事をよくいやらしい目つきで見ていたので、アリシアは丸々と太って弛んだ腹をしたその中年豚男が大嫌いだった。


 ――クラウン商会と関わると知らないうちに魔女の魔法でいいように操られる。だから会社の業績が好調なのだ。


 彼の流した根も葉もない噂だった。

 母親にそんな高度な魔法は使えないし、もし使えたとしても誠実な両親が卑怯な真似をよしとするわけがなかった。

 けれど魔法に無知同然な世間はそうは取らなかった。

 魔法使いに対する偏見はないようである。

 世界的にも絶対数の少ない才能ある有用な魔法使いは、国のエリートとして国の中枢に関わる仕事をしている。そういう者達は王族や貴族同様普段は王城あるいはその近くの貴族街に暮らしている。

 庶民の前に姿を見せる事はほぼない。


 反対に、そうではない役に立たない弱い魔法使い――ただの魔力持ちは息を潜めて暮らしていた。


 虐げられても反撃できるような満足な魔法も使えず、国からも顧みられない立場の魔力持ちは時に迫害の対象となったからだ。捕らえられどこかへ連れて行かれてそのまま……なんて話も決して少なくない。


 戦争でも起きない限り魔法が庶民の目に触れる機会がほとんどないこの国では、庶民が魔法知識に疎いのも仕方のない事だろう。


 しかしそのせいで魔法は未知で不気味なものとして捉えられている。


 一つのいわれのない噂が魔力持ちを窮地に追い込む事も少なくなかったのだ。


 クラウン商会の顧客は見る間に減っていき、とうとう経営は立ち行かなくなった。

 執拗な程に借金とりにも狙われ、エシャント商会の息の掛かった彼らは、時に母親を連れて行こうとさえした。

 故に、さすがに身の危険を感じたアリシア達一家三人は、地元を離れた。

 ただし、背負った借金は返さねばならない。

 しかし三人一緒にいるのは目立つので危険でもあったのだ。


 そういうわけでアリシアだけが父の知人を頼って地元から遠く離れたこの街に送られ、両親と離れて暮らしているのだ。


 そんなアリシアだったが、その知人からの援助は初めのうちだけにしてもらって後は断った。

 厚意は有難いが、いつまでもお荷物ではいられない。

 無い知恵を絞ってどうにか何でも屋を立ち上げると、稼いだ分の大半を両親に送って返済の手助けをした。


 きっとそれで上手く行く……と、思っていたのに。


 アリシアは花嫁衣装を脱ごうとして、着てきた衣服がそういえば回収されていたのだと思い出す。


 お気に入りだったのにと溜息をつくと、仕方なくドレスの裾をたくし上げて部屋の外の様子を窺う。

 廊下には誰の気配もない。

 遠くの方で自分を捜し回る者達の張り上げた声や物々しい足音が聞こえる。

 ごくりと唾を呑みこむと慎重に一歩を踏み出した。


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