狂気の色をも濃くしていった
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民が飢えても、貴族の食卓から食材の質が落ちても、王族の一皿に盛られる量が減らされても。
国王の一食の量や質が変わることはない。
王妃が投獄され、王太子は新たにつくった自然の牢獄で自給自足の生活を送らせている。
つまり、2人分の食材が浮いたことで、国王の一食に変化はなかったのだ。
しかし、自給率の低いこの国。
ましてや近隣諸国から絶縁されて輸入できないことの皺寄せの被害は民に……
「腹をすかせた民など、水を与えておけばいい」
そんな信じられない言葉を国王が吐いた。
それは事実だったものの、どこから外部に漏れたのか。
国王の苛立ちは抑えられない。
すでに公爵一族に見捨てられた王族に求心力はない。
王族の太鼓持ちだった貴族たちも軒並み失墜しており、登城を控えている。
王太子の太鼓持ちになってすり寄っていた子息令嬢たちによって、栄華は色を失っているのだ。
そんなときだった。
王妃が国王に接見を求めてきたのは。
貴族牢にその身を移した王妃は当初、自身の正当性を訴えていた。
地下牢へと移してからは異様なほど大人しくなったというが、何か魂胆があると思っている。
あれから十数日。
公爵は国内にいるのか、娘を捨てたこの国を見捨てて国外へ行ってしまったのか。
国境にある検問は指名手配犯を発見するためにあり、通行を確認するためにあるのではない。
だから、国境を越えたのかどうかが分からないのだ。
「元はといえば、アイツが悪い。公爵に執着したアイツら姉妹が……」
排除しなくては……公爵は帰ってこない。
ああ、どこかに捨てられた娘も見つけてやろう。
そうすれば私に感謝するに決まっている。
アレが愛した家族の墓はこの国にある。
見捨てることなどしないだろう。
外交もなく国内の決定権もほとんど失った国王は、書類も何も置かれていない執務机に座り様々なことを思い浮かべる。
時間を持て余し、思考の海に漂う国王の邪魔をするものはおらず。
国王の間違った思考を止める者も訂正する者も……執務室に現れることはなかった。
認可を求める書類も、決済を報告する書類も国王の元には届かず。
国王は宰相が仕事をしているのだと思い込んでいた。
ここで確認していれば、のちに起こる悲劇を回避できたであろう。
……『たら・れば』などと、周囲が口を酸っぱくして言っても過去を顧みて反省しない者に、未来を変える羅針盤などあるはずがない。
「人間の心を失った悪魔め…………地獄に落ちるがいい」
脳内には公爵子息の唾棄した言葉がまるで呪いのように繰り返し蘇る。
その度に、両の瞳に赤い光が宿る。
その光は少しずつ、少しずつ。
色を濃くしていき…………狂気の色をも濃くしていった。
しかし、孤立している国王に付き従う者はすでになく。
その異常な変化に気づく者はいなかった。