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きょろきょろと辺りを見る。
さっきまでいた場所じゃない。
ダンジョンの入口も見えなければ、PKたちが隠れていた木々なども見当たらなかった。
もちろん、他のプレイヤーも。
「となると、やっぱり逃げ羽扇か。うーん、あんなのを引き継ぎするなんて」
逃げ羽扇──というのは、前作クリスティアオンラインにて初心者救済目的のイベントで配布された、使用回数に制限のあるアイテムの名称だった。
効果は使用すると戦闘から逃げられるというものではあるんだけど、上級プレイヤーたちが隠された効果に気づいて、初心者から買い漁ったことで騒動になったこともあったりする。
「あれって……モンスター相手に使用すると確定で戦闘から逃げられるんだっけ。で、プレイヤー相手に使用すると」
わたしは肩を落とした。
「一定の範囲にいる対象プレイヤーを一定の範囲内だけど、ランダムに転移させちゃうんだよなぁ」
まだ未使用の逃げ羽扇が存在していたことにも驚きだし、なんならそれを引き継ぎして、なおかつPKが所有していて、さらにはゾンビに囲まれたからって使用するなんて──。
「普通、持っててもあんな希少価値の高いアイテムを使用するわけがないし。キルした相手から奪ったのかな。……奪われた人がいるなら、どんまい」
もし被害者が自分だったらと思うとゾッとした。
いや。
ある意味、被害者なんだけど。
「でもここ、どこなんだろう。どこかのダンジョンの内部なのかな」
暗いし、空気も新鮮さがなかった。
洞窟かどこかだろう。
仮にダンジョン内なら、外に出る方法は3つ。
ひとつ、クリアする。
ひとつ、リタイアする。
ひとつ、ログアウトする。
ログアウトは論外だ。そして──リタイアも。
「んー、しょうがない。クリア目指してがんばるかー」
なんて。
ゆるーく言ってから、一時間が経過した。
ここは、場違いなほどに強力モンスターが跳梁跋扈しているダンジョンの内部だった。
洞窟特有の暗さや寒さ。
迷子になりそうな複雑な道。
それらをなんとかやり過ごして奥へと進む。
次第に自然の岩肌から石造の壁や床へと変わっていく。
道中、即死系のトラップや隠れているモンスター、謎解き系のギミックも存在したけど完璧に対応できた。
そして。
視線の先には──見知ったモンスターの姿が……。
「ここまで生きて進めたわけだけど、やっぱりここって世界樹の迷宮なのかなぁ」
わたしは誰に言うでもなく、呟いた。
クラン【魔王軍】が前作の最後に挑戦したけれど、クリアできなかった大迷宮。
前人未踏破の最高難易度ダンジョン。
複雑なルートやトラップ、ギミックの類いは一つの抜けもなく覚えていた。
だから、ここまでやって来れた。
──通路の先に、座禅を組んでいる漆黒の鎧武者がいる。
前回はリゼルが戦って倒した中ボスだ。
でも、以前とは様子が違っている。
漆黒の鎧や武器こそ同じだけど、その容姿が骸骨に変貌していた。
「もしかするとⅡって世界観としては、前作から数百年後とかそんな感じなのかな」
疑問はあったけれど。
わたしは戦うことに、決めた。
考えたって仕方ないし。
「こんな事態は想定してなかったんだけど。ま、これなら戦える!」
アイテムボックスを開くと、白銀色の杖が現れる。
見た目通り、白銀の杖という名の武器だ。
ルナルーンが黄金の杖を作るまで愛用していた逸品で、ランクとしては低いが、特殊な効果と高い攻撃力を誇る。
逆に言ってしまえば、それしか特出したものはない。
二つの腕輪と共に、引き継ぎした最後のアイテムだ。
「さて──っと」
わたしは堂々と通路を歩く。
が。
やはり漆黒の鎧武者は動かない。
「よかったー。骸骨にはなってるけど、敵を探知できる範囲は同じみたいだ」
前回、まあ前回なんて言っても昨日ことだけど。
わたしはダンジョンの攻略を目指した際に、事前に収集したあらゆる情報を頭に叩き込んでいた。
たとえばダンジョン内の正しいルート、ギミックの解除方法や罠の配置場所。
他には、
「漆黒の鎧武者は、床の石ブロック30枚以内に近づかなければ動かない」
とか。
わたしは31枚目の石ブロックの上に立った。
やはり鎧武者に反応はない。
「この杖を引き継ぎしてよかった。これなら、ひとりでも……もしかすると、もしかするかも知れない」
杖の周囲に淡い光が灯る。
光の玉がひとつ、ふたつ、三つと増えていく。
「喰らえ──【ブラスト】!!」
無数の燐光が、漆黒の鎧武者へと向かっていった。
○○○
「来ちゃった。……マジか」
わたしの見上げた先には、黄金の門がある。
既に背後の三つの通路はクリアしていた。いや、してしまったのだ。
「確かにさんざん動画とかで予習してたし、昨日は昨日で実際に戦ったんだけどさあ」
まさか無傷のまま、ひとりでここまで来れるとは……。
「でもどうしよう」
ダンジョンに挑戦しているパーティーの人数と、プレイヤーのレベルによって、ここのモンスターのステータスが上下するというのは知っていた。
それにしても、レベル1のソロで挑戦したらこんなことになるなんて。
さすがに悪いことをしている気分。
「先制攻撃で、中ボスが完封できたんだから……」
もしかするともしかするかも。
「前人未到のラスボス撃破……わたしならできる。いや、わたしじゃなくて──ルナルーンなら!」
周囲を確認する。
もちろん誰もいない。
「ふふっ──この天滅のルナルーンにできないことがあると思ってるの? 神だろうとなんだろうと、倒してみせるわ!」
なんだか恥ずかしかった。
祭壇への階段をゆっくり上っていくと、黄金の門が自動で開く。
わたしは光に包まれた。
目を開けると青空が見える。
どこかの塔の頂上だろうか。
抱きつくように腕を回しても、指先にすら触れられないほどの、巨大な柱が整然と並んでいる。
純白のそれらに見下ろされながら黒曜石の石畳を進んでいくと、大きなサファイアから削り出したような、美しい玉座が見えてきた。
そこに──いるのだ。
わずかに視線を落としているが、気品のある顔が見えた。
憂いを感じさせる銀の瞳。
まっすぐに伸びた長い髪は黄金の色。
どう見ても飾り気のないローブは白と銀を基調とした模様をしている。
ラスボスの衣装と考えれば、あまりにも質素としか思えない。
「精霊王クリスティア」
その言葉にクリスティアがわずかに反応したように見えた。
もちろん、NPCですら定型文を話すだけで自由な受け答えが出来ないのだから、モンスターが言葉に気づいた。なんてあるわけがないんだけど。
「まずは第一形態、この美女は初撃を受けてくれる。ルナルーンよりも遥かに多い魔力量だけど、魔法の威力と多彩さはこっちが上だったっけ」
冒険者レベル1のアリカでは、初歩的な魔法すら使えない。
やれることなんて、せいぜいが白銀の杖を使用してスキルを放つことくらい。
「ま、一発は一発だから、許してね」
スキルを使用すると杖の周囲に淡い光が灯った。
光の玉が、ひとつ、ふたつ、三つと増えていく。
ホタルの光のような燐光が十を越えた頃、わたしは杖の先をクリスティアに向けた。
「【シルヴァリア】」
音声入力による効果発動が承認されると、一点に収束した光が、極太のレーザーとなって発射される。
一帯が鮮やかな光に包まれた。