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20時過ぎからゲームを始めて、だいたい2時間ほど。
日付はまだ変わっていない。
わたしはゲーム内の空を見上げた。
一番星が輝いている。
「……さすがに、まだやめられない。けど」
クリスティアオンラインをやっていた頃は、毎日夜遅くまでやっていたし、寝ないで学校に行くのも珍しくはなかった。
高校生になったからこそ、寝るべきなのだろうか。う~む。
「どうしよう」
そうは言いつつ、最初の広場まで降りていく。
広場はまだまだ騒がしい。
「おい、薄幸の美少女。あんたも気をつけろよ?」
武人っぽい見た目の禿頭の男が、話しかけてきた。
薄幸の美少女ってわたしのことだよね? 周りをきょろきょろと見てから自分を指さす。
相手は頷いてる。
うん、わたしらしい。
「……どうかしたの?」
「町の外にPKがいるんだよ」
「うぇ~、初日からやる人もいるんだ」
「だな。ダンジョンを何とかクリアしたパーティーが、奇襲されてアイテムをすべて奪われたらしい。装備を含めて、だ」
「あらら。で、どうするの?」
「ゾンビアタックをする。今はメンバーを集めてる最中だがな。……キミはどうする?」
「やる!」
即答だった。
ゾンビアタック、とは。
貴重なアイテムを保有しない低ランクプレイヤーが、大勢で集まって突撃する行為のことを言う。
倒しても何もドロップしない上に、レベルが低いのでリスポーン時間が短い。
そんな相手が押し寄せる。それも、大量に。
やられた相手からは、まさしくゾンビの群れに見えるらしい。
こうして闇夜に紛れてPKを成敗する、ゾンビ軍団が結成された。
相手が高レベルであれば、成功確率は低いけれど、今は相手もこちらも低レベルだ。
目にもの見せてやる。
『てとてと:えー、ではゾンビの皆さんは同行をお願いします』
アイテムを奪われたという、強そうな見た目のわりには可愛らしい名前のプレイヤーを先頭に、一行はダンジョンの付近まで向かった。
そこで見たものは、まあ単純な犯行の現場だ。
セーフゾーンである町の外ではPvPが基本的に可能だけれど、ダンジョンの前で待ち伏せしたり、所持品を根こそぎ奪う行為はとても嫌われる。
もちろんゾンビアタックも、嫌われる行為の一つではあるんだけどね……。
『てとてと:あ、どうやら他のパーティーも襲われたみたいですね』
倒れたプレイヤーたちの横で、PKたちがアイテムウィンドウを開いている。
一つくらいならまだしも、見ているだけでも装備しているアイテムなどが次々に減っていく。
『てとてと:俺らをやったのも、あいつらです』
倒れているプレイヤーが五人ほど。
PKたちは見えているだけでも、八人はいる。
『てとてと:では皆さん、よろしくお願いします』
そのメッセージと同時に、ゾンビたちが一心不乱に駆けていく。
今回のゾンビアタックに参加したプレイヤーは、百名を軽く越えていた。
「おい、なんだあいつら」
「クソッ……ゾンビだ」
「ログアウトした方がいいんじゃないの?」
「町に戻らずに抜けたら、所持アイテムが消えちまうんだよ!」
どうやら相手には初心者もいるようだ。
それでも大半はクリスティアオンラインでもPK行為をしていた者たちなのだろう。
即座に攻撃することを決定して、ゾンビたちを屠っていく。
「すっごい光景だなぁ~」
わたしはのんきに呟いた。
PKたちは繰り返した略奪行為で装備も充実しているし、何よりゾンビとはレベル差がある。
ばったばったと飛びかかったプレイヤーが倒されていく様子は、B級ゾンビ映画の雑魚ゾンビさながらだ。
それでも、
「よっしゃ、一人やったぞ」
数の力は大きい。
弓使いをなんとか倒せば、その弓を拾ったプレイヤーが弓を装備して攻撃を始める。
矢が女魔法使いに命中した。なかなかの射撃技術だ。
「きゃー、ど、どうすればいいの?」
「下がって!」
「下がるって囲まれてるのに……あっ、やられちゃったぁ……」
ゾンビたちは初心者であろう女魔法使いを倒した。
後衛職から狙うのは、対人戦の基本だ。
わたしはゾンビの最後尾で腕を組む。
隠れて見ているPKの仲間がいても、もう逃げているだろう。
相手はあとは6人。
こっちは50人くらいは残っている。正直、きつい。
それでも復活して戻ってくる人たちがいるから、なんとかごり押しで勝てるはずだ。
「ふざけんな! PKの何が悪いんだよ、クソが!!」
多くの人から装備を奪って、完全武装している男がアイテムを出した。
鳥の羽根を束ねたような扇子だ。
「あれは──」
PKがアイテムを使用しているのが見えた。
その瞬間、まばゆい白光が周囲を包み込む。
○○○
真っ白になった視界が色を取り戻していくと、わたしは──薄暗い通路に立っていた。