わたしは実は……
「勝ったな」
と宵先輩が言った。
「にゃー、みゃーこ活躍できにゃかったー」
「オレはこの損失をどうやってあーちゃんに支払って貰うかで頭がいっぱいだ」
みゃーこ先輩は肩を落として、ベルマリアが試算しているように腕を組む。
え? 金も払うの?
「もう限界。めちゃ走ったみたいに疲れた」
「強かったねぇ~」
ナギは疲労と喜びで顔がぐちゃぐちゃだった。
アーサーはダンジョンをクリアしたことで蘇生された。HP1だけどポーションを使って回復中だ。
わたしは──ドゥベーの召喚を解除して、マユラハが立っていた場所に向かった。
小さな水溜まりが出来ている。
「これでよかったの……かな」
ボスとは戦うものだ。
そんなボスと、仲良くすることはできないのだろうか。
「……マユラハ」
水溜まりを見ていると、水のなかにキラリと光るものが見えた。
湯気すら出ていた水が凍っていく。
そして芽が出た。
なんか……芽だ。
氷属性の植物でもあれば、こんな芽なんだろうな、と。
そんな感じの……。
芽はにょきにょきと伸びていく。
同時に茎にトゲがあるのがわかった。
「えっ、なにこれ」
にょきにょき。
にょきにょき。
にょきにょきにょきにょき。
「せ、先輩……これなんでしょう?」
とりあえず聞いてみたが。
宵先輩は引きつったような表情だった。こんな表情の先輩は初めて見た。
「クリアしているはずなのに、ボスを倒して出てくる宝箱が見当たらない。ドロップアイテムは……アリカならそうだろうな、とも思ったが」
「それって」
どういうこと?
聞こうとした刹那に、さっきまで辺りを満たしていたような冷気が溢れた。
──ババババババッ
氷の茨が枝分かれしながら何百、何千と溢れて天井にぶつかる。
それでも噴出は止まらない。
──ガゴンッ
今度は重そうな音が聞こえた。
音の方向を見れば、黄金門が開いている。
ボスが倒されて、クリア判定にはなっているけれど……報酬が出ていない。
それはつまりボス戦はまだ続いているってことだ。
連戦? にしては戦闘っぽくもないし。
何より黄金門が開いている。
つまりこれはイベントシーンだ。
次々飛び出して溢れだしてる氷の茨。開いてる黄金門。
あ、察し。
「に、逃げろぉおおおおおおおおおおおおお!!」
わたしは叫んだ。そして走った。
みゃーこ先輩がバックパックを捨てて追いかけてくる。続いて宵先輩が駆ける。
ベルマリアはアーサーを肩に担いで走っていく。
わたしが一番先に駆け出したのに、あっという間に追い抜かれてしまった。みんなの背中が見える。
「やあ、あーちゃん」
と、ナギが隣で笑った。
わたしは少しだけ視線を泳がせて。
「あの……来てくれてありがと」
「当たり前じゃん!」
黄金門を抜けると暗闇だった。部屋のような空間も、無数にあった通路もなくなっている。
闇の底のような暗闇。そんなところに青白いガラスのような階段があった。
延々と続くそれの先には、米粒くらいの白い光。きっと出口だ。
背後を見ると、氷の茨が触手のようにうごめきながら追いかけてくる。
それにしても、アーサーを担いでるベルマリアより遅いのか……わたし。
隣を走っているナギはわざと速度を落として、一緒に走ってくれているだけに過ぎない。
階段を駆け上がる先輩たちが小さくなっていく。
わたしは懸命に追いかけた。
でも。
「──ぷっ」
「どうしたの?」
「わたし、足遅すぎでしょ」
「確かに。……そうかも!」
わたしたちは結構ヤバい状況だったけれども、2人で笑いあった。
背後には触れるだけでも凍っちゃいそうな茨が迫ってきている。
ゲームだからこそできる、全力疾走をしながらの会話だ。
前を見れば先輩たちの姿がなかった。
もう外に出られたのだろう。
後ろは……見れない。もう届くか届かないか、微妙なところだろうし。
「ほら、あーちゃん。ファイト!」
ナギが少し先行して手を差し出した。
わたしはその手をぎゅっと握って走り(若干引っ張られている)、光が見える場所──宮殿のエントランスに出ることができた。
とはいえ。
ナギの脚力についていけるわけもなく、外に出た瞬間にごろごろ~と二、三回転して壁に激突したのだが。
「ご、ごめん」
「んー……それよりも」
ヒールを受けならが立つと、宵先輩たちが武器を構えていた。
エントランスに現れた門から氷の茨が溢れ出る。
しかしわたしたちを襲うわけでもなく、氷の茨はそのまま宮殿の天井を突き破っていった。
崩れてくる瓦礫をなんとか避けながら宮殿から脱出する。
振り返ってみると、そこには巨大な氷の薔薇が咲いていた。
「薔薇だ」
誰かが言う。
なんか周りに知らないプレイヤーがたくさんいた。
同じ金属鎧に白いマント。どこかのクランかな?
彼らはこちらを見ることもなく、氷の薔薇を見上げている。
そんな氷の薔薇から光球がふわふわと降りてきて──どうしてだか、わたしの手のひらの上でふわりと浮かんだ。
ひんやりと光る球がすぅぅ、と消えるように胸のなかに入っていく。
わたしの足元に宝箱が現れた。
○○○
「へえ、そんなオオゴトになってたんだな」
と。
わたしの説明を受けた、肉串の屋台のおじさんが言った。
「オオゴトというかなんというか」
「いやな、こっちまで大騒ぎだったんだ。宮殿から氷の薔薇が生えてきたって」
「あー……今じゃ旧市街に入らなくても、崖の上から見えますもんね」
今も後ろを走っていくプレイヤーたちが氷の薔薇と宮殿の話をしながら急いでいた。
見たことがなければ、見てみたくなる。
それは人間としての当然の心理だろう。
「ま、俺は興味ないけどよ」
「肉串が一番」
「だな!」
がははとおじさんが豪快に笑った。
「お、いらっしゃい」
こんにちは、と座ったのはナギとアーサーだ。
ここで待ち合わせをしていたんだけど、おじさんは新しい客だと思って驚き、喜び、そしてわたしのツレだとわかって少し残念そうだった。
「ここの料理おいしいよ」
「マジ? じゃ、頼んじゃお~」
「ボクも! タレを30本ください」
おじさんが唖然としつつも注文を聞いて、焼き始めた。
パチリパチリと炭がはじける。甘くて美味しそうな匂いがしてきた。
「あのさ、ちょっと話したいことがあるんだ」
「いいよー、てかあたしも」
「じゃあナギからどうぞ」
「えー。……マユラハさんってあーちゃんを追いかけて穴のなかに降りていったんだけど、見なかった?」
「いや、見てたし一緒に戦ってたよ」
「そっか」
「うん。死んじゃったけど」
「そうなんだ」
ナギは少し悲しそうに言った。
アーサーはさっそく焼き上がった肉串を頬張っている。
「んーっと、じゃあ次はあーちゃんがどうぞ」
ナギも肉串を頬張る。リアルな味わいに驚いていた。
「……わたしのは質問っていうより……告白かな」
「誰に?」
「好きな人がいるの?」
「えっ、俺か」
違う。
まったく違う。
ハッとした顔のおじさんをわたしはスルーした。
「わたし、前作をやってたって言ったでしょ?」
「うん」
「言ってたね」
「それで……その、恥ずかしくて言えなかったんだけど」
指で串をコロコロと転がしながら、わたしは深い息を吐いた。
心臓が早鐘を打っている。
「前作のPN、ルナルーンっていうんだよね。それで【魔王軍】ってクランに入ってたんだ」
わたしはじゅうじゅうと焼ける肉串を眺めた。
なんとなく2人が見れない。
おじさんが「マジかよ、あのルナルーンだって? 本物か? こんな小娘が?」みたいな表情で見ているが、ジィィィ……と見返すと視線をそらした。
どうやらルナルーンの噂と実力は知っているみたいだ。
「ルナルーン」
と、ナギ。
「魔王軍」
と、アーサー。
わたしは意を決して2人を見た。
ナギもアーサーも、普通に肉串を食べている。
「あの冗談じゃなくて、マジな話、なんだよね」
2人の視線に困惑の色が見えた。
「えっ、知ってるけど」
「だよね。というか、隠してたんだ」
わたしはテーブルの上で両手をがっしりとあわせて、その上に額を置く。
目を閉じ、さっきの言葉が反響している頭を少し揺らした。
「……どうして気づいたの?」
「前に強いプレイヤーの、まあ前作のプレイヤーの動画なんだけどさ、それを見てたらルナルーンって人とあーちゃんの声、同じだったし」
さすがは幼なじみか。
「ボクも声が似てるなって思ってたけど、詠唱がルナルーンさんのと似てるってのもあるよね。リゼルさんとも仲が良さそうだし」
わたしは遠い目をした。
おじさんは空気を読んでくれているのか、せっせと肉串を焼いている。
「……知ってたし」
「え?」
「知ってたのを……知ってたし」
いや、本当は知らなかったんだけど。
変な空気が流れた。
ナギもアーサーも何も言わない。せめてツッコミを入れて欲しい。放置なんてツラい。
「な、なあ」
と、おじさんが助け船を出してくれた。
「前に来てくれたとき一緒にいた青髪の女の子はどうしたんだ? 今日はいないのか?」
わたしは息を呑む。
そして悲しくなった。
氷の薔薇を思い出す。とても大きくて、とても綺麗な薔薇だ。
「案外……近くにいるのかも、知れないですね」
「お、そうだな。注文は何にする?」
おじさんがわたしの横を見ていた。
どうやらお客さんが来たらしい。
「人生には刺激が必要であろ」
「あいよ、スパイスね」
「……はっ?」
隣には氷のような髪色の少女PCが座っていた。
ちらりとこちらを見る。
「──ま、まままマユラハ!?」
「わらわの名はそんな奇抜なものではないと、以前も申したであろうに」
「えっ、なんで、えっ、死んだんじゃないの?」
「死んでなどおらぬ。失礼な同胞じゃの」
「でもほら、これ見て」
わたしはステータス欄のスキル項目をマユラハに見せた。
たまごがLv2になっており、そのさらに下に『氷姫の王冠』という専用スキルが増えていた。
スキルの詳細は書かれていないが、説明文には『接触致死の姫君を討ち滅ぼし、奪った力』と書かれてある。
「むっ……無粋な」
マユラハが浮かんでいる文字列をつつく。
文章が書き変わった。
たまごLv2
【氷姫の王冠】
接触致死の姫君に認められた者に与えられる専用スキル。友の証。
2章完
ここまで読んでくださった皆さん、とても感謝しております! ありがとうございます!




