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 黄金門が開いていく。

 わたしを中央に、夜の帳が進む。


 そこはさっきまでいた場所とは大きく違っていた。

 どこかの舞踏会の会場かのように、広く、荘厳な雰囲気がある場所だった。

 床に敷かれた深青色のカーペットが一直線に奥へと進んでいる。


 ボス部屋──その一番奥に見えるのは雪のように白い玉座。

 玉座に座っているのは、精霊王のローブに似た、白いローブを目深にかぶっている女性だ。

 背後でバタンと黄金門が閉まったとたんに、それまでマネキンのように立っていたゴブリンたちが動き始める。

 部屋の端に待機していたのは人間に似た姿のハイゴブリンたち。

 彼らは、ただの暴力的な行進などではなく、むしろ優雅に踊っているかのように進んでくる。


 黄金の鎧をまとったハイゴブリンの男女が進み出て、中央で情熱的なタンゴを踊った。

 どこからか聞こえる楽曲。ステップも華麗だ。

 これまで男型のゴブリンとばかり出会ってきたけど、ここにいるのは美しい女性型のゴブリンが多い。

 男型なのは踊っている女ゴブリンのパートナーくらいか。


「アーサー、緋炎の短剣とこれを交換して欲しい」


 わたしが出したのはスレオリアが持っていた黒剣だ。

 断頭台の黒剣と表示されている。


「えっ! いいの、これ」


 すごいレアだと言いたいのはわかっている。

 最高ランクに近い品だもん。


 この黒剣を持ってたスレオリアって……もしかしてレイドボスなんじゃ……。


 並みのボスからドロップするとは思えないランクの剣をアーサーが受け取った。

 ベルマリアが興味深そうに見ていたが、さすがに元上位プレイヤーなので、いま動くのはマズいとわかっているらしい。目を細めているだけだ。

 わたしは緋炎の短剣を前に構えた。 


「ベルマリア、魔石を提供して欲しい」


「いくつだ?」


「たくさん」


「対価は?」


「とんでもないような情報と勝利を」


 ベルマリアは戦鎚の柄で肩をとんとんと叩いた。そしてドゴッと地面に突き立てる。

 下げていた大盾が胸の高さまで上げられた。


「期待しておく」


 いつの間にか、両手で抱えられないほどの魔石が足元で山を作っている。

 最低でも小魔石で、ほとんど中魔石だ。

 わたしはそれを見てからこくりと首肯で示す。


「先輩、雑魚は任せてください」


 精霊使いのレベルが15に上がったときの覚えたスキル【集中】を発動すると、周囲にオーブのようなモノがぽわぽわと浮かんでは消えていく。

 集中には魔法の効果をアップさせる能力がある。

 きっと身体は発光しているはず。


炎よ(リェッキ)──始まりの(ウーナ)(スーシ)駆けよ(ラウフ)すべてを燃やせ(ケマール)駆けよ(ラウフ)すべてを燃やせ(ケマール)


 足元の魔石の山が一瞬で消える。


「我が前に姿を現せ──ドゥベー!」


 緋炎の短剣を媒体に、灼熱の迷宮主ドゥベーが現れた。

 先輩たちやベルマリアは目を見開いて驚嘆の色を隠せない。ナギとアーサーは普通に喜んでいるみたいだ。


 ドゥベーは大量の魔石を喰らったので、普段よりも赤黒い炎が肉体から溢れて周囲を焦がしていた。

 まさに灼熱だ。

 尻尾の先が緋炎の短剣の刀身につがなっている。また引っ張られるのを思い出す。……固定砲台として使ったほうがいいか。


発射(うて)!」


 踊っていたハイゴブリンたちが一斉に駆けてくる。

 ドゥベーは無数に浮かんだ魔法陣から、無数の炎の槍を発射した。

 突き進んでくるハイゴブリンたち。炎の槍はまるで迎撃ミサイルみたいに飛翔してハイゴブリンに直撃した。辺りが炎上していく。


 あっという間にハイゴブリンたちは消滅した。

 やっぱりドロップアイテムは出ない。


「不幸パワーやばいな」 


 わたしはそんなことを呟きつつも、さらに攻撃目標を指定する。

 余っていた10本ほどの炎の槍が空中に待機している。それらをボスモンスターに向かって発射した。

 ボスモンスターはわずらわしげに右手で風を撫でただけだった。

 一瞬で炎の槍が消滅し、蒸発したような白煙が辺りを包み込む。

 次第に白の世界に色が見えてきた。


「さむっ」


 わたしは言葉を洩らす。白い息が流れる。

 あまりの寒さに辺りの石材やカーペットまでもが凍りついて。

 猛烈な冷気はフルダイブしているからこそ、骨身に染み渡りそうなほどだ。


「来るぞ!」


 宵先輩が言った。


 ボスモンスターが玉座から立ち上がる。

 氷のような色の長い髪をした麗人は氷の仮面をつけていた。青いドレスの上に羽織られているのは、白い精霊王のローブに酷似したローブ。

 氷を削って作ったような薙刀を構えて、突っ込んでくる。


 ──ガンッ


 大きな音を響かせて、ベルマリアが攻撃を防ぐ。

 二撃目には大盾が凍ってしまっていた。


「チッ……」


 ベルマリアはそんな大盾を捨てた。床に触れるとガシャリと砕ける。まるで薄い氷が砕けたみたいに。

 ボスモンスターの攻撃には凍結の効果があるらしい。

 それも普通の凍結じゃない。

 武器や防具を凍らせて破壊してしまう──恐ろしい能力だ。


 反撃とばかりにベルマリアが戦鎚を横薙ぎに振るい、ボスモンスターは薙刀を立てて防ごうとする。

 だが。

 結局、攻撃は当たらなかった。触れる瞬間、ベルマリアが攻撃を寸前で止めて飛び退いたからだ。


「打ち合えば武器を失うぞ!」 


 相手に触れてもいないのに、ハンマー部分がうっすらと凍っているのが見えた。


 氷の麗人は薙刀をくるりと回してポーズを決める。

 一瞬、頭上に文字が浮かんだ。


『接触致死の氷姫』


 戦闘が始まって数分。

 わたしだけを後方に残して、みんなが氷の麗人を囲んでいる。

 しかし攻めきれずにいた。

 攻撃したくても薙刀が向けられれば近づけなくなる。かといってこちらからも攻撃ができない。

 武器や防具すら凍るのだから、そんな氷に触れればどんなことになってしまうのか。


 包囲はしていても、ボスモンスターが近づいてきたら逃げるように包囲を広げてる。(あざな)のように、接触は死に到るに違いない。

 攻めているはずが攻められている。攻撃しているはずなのに、逆にやられてしまう。


「アリカ、任せるぞ」


 宵先輩が言った。

 物理攻撃じゃ勝てないと判断したのだろう。


「わかりました。ドゥベー……うわっ!?」


 ドゥベーが突然横っ飛びをして壁を蹴った。

 氷の麗人が先程までわたしが立っていた場所で薙刀を振り下ろしている。恐ろしく素早い一撃だ。

 握った緋炎の短剣に引っ張られたわたしは宙に浮いて──。

 だからこそ攻撃を避けることができた。


 ローブの下にある視線とわたしの視線がぶつかり合う。


「──ふっ」


 薙刀を振り下ろした格好のまま、氷の麗人が仮面をずらしてちらりとこちらを見た。

 わたしもニッと笑う。


「ドゥベー!」


 空中から豪雨のように、氷の麗人へと炎の槍が降り注ぐ。

 床の氷が溶けて、いくつものクレーターが生まれた。

 クレーターの底に水が流れ込み、氷の麗人に近づいた水は即座に凍って階段を形成する。

 階段を上がってくる姿は悠然としていて、無傷なのか、それとも受けていてもわずかなダメージしか負っていないのは見てわかった。


 ドゥベーは黄金門とは逆側、玉座がある辺りに着地して氷の麗人を睨み据える。

 みんなをひとっ跳びに飛び越えていたようだ。


「──■■■■■■。■■■■■■■■■■■■!」


 氷の麗人が奇妙な言語を発した。

 それがとある魔法の詠唱であるのは前作の経験者、それも上位プレイヤーであれば知っている。

 精霊王の魔法だ!


 宵先輩がみんなの前に立つ。


「私の後ろに隠れろッ!」


 ドゥベーとわたしは氷の麗人から離れている。ちょうど宵先輩の後ろくらいだ。だから、みんなはわたしの前に集まった。

 精霊王クリスティアの氷魔法は、怪獣映画の光線のようなものだと誰かが言ったのを聞いたことがある。

 もちろん見た目だけの話だ。

 実際は直線上のすべてを凍らせる魔法であって、光線などではない。

 でも、見た目だけならば……。


 向けられた薙刀の先から青白い光が放たれる。


「はあああああああああああああああああっ!!」


 宵先輩は光から逃げずに真っ向から立ち向かった。


「【神の盾(ディバインシールド)】、【一式の加護(フルアーマー)】、【祝福の鎧(キャロルボディ)】」


 宵先輩が引き継ぎした刀と鎧のスキルを発動させた。

 金と銀色の刀が光を放つ。

 まるで断ち斬っているかのように、青白い光が二股に裂けた。


 光が消えた瞬間。

 神々しい光と共に、刀が砕けて消えた。

 宵先輩は片膝をついて今にも倒れそうだったが、なんとか耐えている。


「【ヒール】」


 ナギがヒールを使用した。


「──いらん! それよりも、ベルマリアに続け!」


 宵先輩はアイテムボックスから回復ポーションを取り出して飲む。

 ベルマリアはアイテムボックスから両手剣を出して、氷の麗人に攻撃しているところだった。

 腕で防がれたがダメージエフェクトが散る。

 一瞬遅れて両手剣が砕けた。


「20万モルが砕けたか」


 即座に次の武器が現れる。

 槍だった。


「30万」


「10万」


「7万」


 やめて欲しい。

 金欠の、いやモル欠のわたしからすれば、聞いているだけでも精神ダメージを受けてしまう。

 目の前で大金が氷の欠片になっていく。


「【盾攻撃(シールドバッシュ)】」


 アーサーの盾も砕けた。

 それでもノックバックされて氷の麗人がよろめく。


 元々の精霊王クリスティアは属性魔法を使用したあとは硬直状態に入る。プレイヤーからすれば、そこが攻撃のチャンスだった。

 氷の麗人は精霊王とは違って氷のモンスターを召喚して護衛させることができないらしい。

 その代わり。

 攻撃した武器が壊れていく。


「かはっ」


 ナギの攻撃がわき腹に当たった。

 そして竜鱗を模した鋼鉄剣が砕ける。


 戦いが始まってしまえば、友達だから──なんて考えは消え去って。

 わたしは唇に笑みを形作っていたし、氷の麗人も仮面の口元から笑みを覗かせている。


 硬直が終わった。


「あはははは、ははっ……あははははははははは!」


 氷の麗人が狂ったように笑う。

 嬉しそうに、楽しそうに、それこそがボスとしての望みだと言わんばかりに。


 アーサーが薙刀の一撃を受けて、大ダメージを負った。

 みゃーこ先輩が回復ポーション使用して回復させている。

 ベルマリアは武器を出して直撃だけは避けたが、それでも両腕が凍ってしまった。

 宵先輩は普段使っていた刀を出して戦っているけど、思い出の品なのか、戦いにくそうだ。


「──ナギ! アーサー!」


 わたしは叫んだ。


「初めて行ったダンジョンの、アレ(・・)!!」


 ナギとアーサーは一瞬、目をぱちくりと動かしたけれど。

 意図がわかったのか笑顔で頷いた。


 さっきの一撃で鋼鉄剣が壊れていたので配布剣を装備して、ナギが突っ込む。

 氷の麗人はちらりとわたしを見てから、ナギを見た。


「かかって来い」


「やあっ!」


 ナギの攻撃を、氷の麗人が避ける。

 薙刀で防ごうともしない。

 まるで余裕の動き──それが、


「ふん、こんなものか……っ!?」


 たじろいだ。


 ナギの剣速がどんどん上がっていく。

 見えている限りでは、まったく綺麗な太刀筋ではない。むしろ子どものチャンバラのほうが、もっとマシだろう。

 それでも。

 いや、それなのに。


「───!」


「なっ、速っ……くっ」


 ついには攻撃が、氷の麗人の身体をかすめた。

 配布剣が砕け散る。


「これを使え!」


 ベルマリアが背負っていた戦鎚を落として、おもいっきり蹴った。

 弾丸のように飛翔した戦鎚を流れるように受け取ったナギが、アイススケートのジャンプのように回転する。

 その回転の勢いのまま、戦鎚が氷の麗人の顔を打ち、戦鎚と共に仮面が半分砕けた。


「ちぃぃいいいいいい!!」


 氷の麗人の直下が火山の開口部かのように、白煙を噴出する。

 ナギは跳び退き、逃げた。

 冷気に触れただけで凍ってしまうと直感でわかったのだろう。

 逃げるナギを氷の麗人が追いかけた。

 アーサーはショットリングで狙撃して援護してるけど、氷の麗人は防御もせずにそのままナギを追い続ける。


「──【精霊王(リブート)】」


 わたしは精霊王のローブにあるスキルを発動させた。

 このスキルはランダム性が高くて、いまいち効果がわからない。それでも魔法の威力とMPが大幅に増えるのだけはわかっていた。


 召喚者に連動するように、ドゥベーの魔力が増大する。

 そのまま注ぎ込まれたすべての魔力によって──炎の槍が形成された。

 地獄の炎のような漆黒の炎槍は、馬上槍のようなカタチで空中に静止している。


発射(うて)!!」


 氷の麗人が──マユラハが、それに気づいた。

 だが。

 気づいたときには遅かった。


 ナギが走る勢いそのままに斜め前に跳ぶ。

 交差するように漆黒の炎槍が飛翔する。


 そして。


「……ぉおおおおおおおおおおおおお!」


 冷気の壁を突き破って、氷の薙刀と漆黒の炎槍がせめぎ合う。

 周囲に熱さを感じる。

 マユラハは攻撃を避けようとした。


 しかし。

 そんな彼女の腰にアーサーがしがみつく。

 接触したことでダメージを受け、一瞬でアーサーが凍った。


 でもその一瞬が勝敗を決めた。

 薙刀がジュッとあっけなく消滅すると、マユラハは漆黒の炎槍の直撃を受けて──。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今回の話、アリカ視点だと思いますが、最初の部分で一人称がボクになっているのはミスでしょうか? [一言] マユラハたち精霊王の娘は属性ごとに特化した存在なのかな マユラハが言ってた一人増…
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