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階層内での転送、あるいは瞬間移動というのは──どういうことなんだろう。
転送するような魔法陣の上に立ったり、何かを触った覚えはないから、転送は否定されるはず。じゃあスキルやアイテムを使用しての瞬間移動ってことになるんだけど。
瞬間移動のスキルはこんな低レベル帯で習得できない上位の魔法系スキル。それを使ってもダンジョン内では脱出くらいにしか使えない。
もちろん今作から瞬間移動に似たスキルが低レベルで習得することができるようになっていて、さらにはダンジョン内で自由に使用できるようになった……可能性だってゼロではない。
でも。
さすがにそんなのは無いと思う。
それに黄金門もそうだ。
ダンジョン内のギミックを操作することで解除されるはずのロックが外れて、開いてしまった。
こちらは中ボスを倒したから──という可能性はある。
「スレオリアは中ボスって感じじゃなかった」
むしろ本物のボスだ。
運営からの発表では、孤島アースラは実験的なエリアであり、モンスターやNPCには、これまた実験的なAIが組み込まれているとかなんとか。
「マユラハは……自分を精霊王の娘だって言っている」
そんなことがありえるのだろうか?
村で一緒に過ごしたし、一緒に戦ったり、助けられたり……。
わたしはぶつぶつと言いながら、ちらりとマユラハを見た。
「実はハッカーとかチーターとか?」
「わらわをそんな下衆と一緒にするな」
らしい。
「ボスっていうロール……」
さすがに無理があるか。
自称魔王はよく知っているけど。
わたしはかぶりを振った。
「いや、そんなのはどうでもいいや。……マユラハは何が目的なの?」
「目的とな?」
「そう。だってさ、まあおかしいとは思ってて、だってどこにいても現れるんだもん」
「会いに行っておるのだから、現れるのは当然であろうよ」
「んー、普通は待ち合わせでもしないと会えないと思う」
「そうなのか?」
「そうだよ」
わたしがいつログインするか、なんて誰にもわからないはずだし。
それにログインしたのがわかっても、無数にいるプレイヤーの中からわたしを見つけるなんて──不可能だ。
「わらわの失態なのだろうな」
マユラハは楽しそうに笑った。
「ほんとうは、の。わらわとお主でスレオリアを倒したあとに正体を明かすつもりであったのじゃ。そのときのお主の顔を、驚嘆の表情を楽しみにしておったのに」
今度は少し残念な表情だ。
「それを……スレオリアのやつめが、いきなり攻めてきおって……」
怒った表情。
「されど、結果は同じであろうから──許すとしよう。わらわは寛容であるからな!」
今度はこの状況に喜んでいる。
順番が逆の喜怒哀楽。
もし本当にモンスターであるならば、感情が豊か過ぎだ。
「さて、目的と言っておったか」
「うん」
「お主と戦うこと。と、言えば驚くか?」
「いや、別に」
だって本当にモンスターなら妥当な考えだと思うし。
でもマユラハは肩を落とした。
「精霊王クリスティアを倒した者を見ておきたかったというのが、最初の目的じゃ。じゃがの、その最初に……偶然出会ってしまってな。借りができてしまった」
「別にいいよ、りんご代くらい」
もっと助けられているんだから。
「助かる。して、わらわはお主に出会ってしまったわけじゃが」
「うん」
「精霊王を倒せるような者には見えなかった」
「まあ……だよね」
「前世、いや前作の姿であれば可能かも知れぬ。じゃがの、今のお主では倒せるようには見えなかったのじゃ」
「武器を犠牲にしてギリギリ勝てただけだもん」
「ギリギリ……武器を犠牲にした程度で勝てる相手かよ。いくら運が良くとも、あるいは悪くとも、それだけでは勝てぬ」
「…………」
「状況判断がわずかでも間違っていれば、負けていたであろ?」
まったくもってその通りだ。
精霊王との戦いは、運が一番の勝因だった。一歩間違えば負けていたのは自分だったというのは、痛いほどにわかっている。
もう一度、同じ状況で戦えても、ぜったいに勝てない。
そんな奇跡みたいな結果だ。
「うん。……あのさ、精霊王の娘、ってことは復讐したいの?」
「はっ」
マユラハは吐き捨てるように息を吐く。
「所詮は設定に過ぎぬ。わらわは精霊王に会ったことすらないからな。じゃが──母上を倒したそなたに、わらわの怒りを見せつけようぞ!」
ポーズを決めたマユラハをポカンと見ていると、次第に決まっているポーズが崩れてくる。
「精霊王を倒した者がわらわと戦う場合、戦闘の開始時にさっきの台詞を言うことが指定されている」
そんなの知らぬがの、とマユラハはけらけらと笑った。
わたしは引きつった顔だ。
「むっ、話し合いはイヤか?」
「嫌じゃないけど……困惑してる」
「そうか。わらわは黙っていたことを話せて嬉しいぞ」
「うん。でもマユラハがボスモンスターなら……」
「ああ、そうじゃろうな。どちらかが消え去る運命──されども、わらわはアリカと戦ってみたい」
パチン──と、指が鳴らされた。
視界を白い光が覆い尽くし、ゆっくりと色が見えてくる。
「ここは……」
穴を落ちて降り立った場所に、わたしは立っていた。
正面の通路の先には黄金の門が見える。
右側から複数の足音が聞こえてきた。
そちらに向き、杖を構えると、足音の正体がわかった。
「あ、みんな」
「あーーちゃーーーん!!」
ブンブンと手を振っているナギの姿が見える。
後ろには【夜の帳】のメンバーが勢揃いだ。いや、なぜかベルマリアまでいるんだけど。
「無事だったか」
「えっと、なんでみんなが?」
「助けに来たに決まってるにゃ!」
「そうだよ、ボクたちみんなで来たんだ」
「オレはナギに頼まれたからな」
「あーちゃん、無事でよかったよ!」
わたしは少し恥ずかしくなって髪を指でいじった。
視線を落とし、少しだけ考えたあとで視線を上げる。
「あの……黄金門がそこにあります。みんなで一緒に攻略──しませんか?」




