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地下三階のアンデッドたちは数は多かったが、それほどの強敵というわけでもなかった。
個々の力はゴブリンと比べても弱かったし、武器を持っているものも少なかったからだ。
ただ、倒してもすぐに復活してしまう。
徐々に囲まれてきたころ、宵先輩が駆けた。
ベルマリアの盾を踏み台として宙を舞い、スカルドラゴンの背中に着地する。
そうなれば後衛の魔法職プレイヤーと同じく紙防御しかない僧侶ゴブリンや弓ゴブリンでは止められなかった。
術者がいなくなったからか、スカルドラゴンが骨に戻ると千体近くいたアンデッドたちも骨に戻り、砂に消えていく。
「集団、個、また集団と来たな」
と宵先輩。
それは階層ごとに戦っているモンスターたちの性質だろう。
「次はおそらく個だろう」
「やっかいなダンジョンだ」
ベルマリアが肯定しながら回復ポーションを手渡す。
みゃーこ先輩はドロップアイテムの回収中だったけれど、あたしとアーサーは宵先輩とベルマリアの2人がとても大きく見えていた。
すごい。
心の中ですら、それしか言えない。
数日前。
ネットで検索すると、疾風のイクサの動画はすぐに見つかった。
まさしく疾風のように駆け抜けて相手を斬っていく、黒髪ロングの美しい女性PC。
灰色に変わっているキルされたプレイヤーたちの真ん中で、涼しげな視線を撮影者に向けているのにはぞくぞくとしたものだ。
「イクサに勝てる人」
あたしは呟いた。
不用意にその質問を掲示板でしてしまって、想像以上に荒れてしまったのは昨日の夜のことだったか。
多くの名前が書き込まれた。
そしてその多くの名前に対しての反対意見が出てくると、今度は賛同の意見も出てきて、最初に書き込んだ人を無視した討論すら始まってしまった。
ある者はとあるPNを書き込んで、彼の長射程の遠距離攻撃であればイクサを倒せたはずだと言った。
ある者もとあるPNを書き込んで、彼女の隠密と暗殺スキルであればイクサに気づかれずに接敵して倒せると言っていた。
あたしの質問はそれじゃなかった。
狙撃だとか暗殺だとか。
そんなことを聞きたかったんじゃない。
『正々堂々と戦ってイクサを倒せる人は誰ですか?』
書き込んだ瞬間に、スレッド内の書き込みが止まった。まるで時間が止まったかのようだった。
そして。
塞き止められた堤が決壊して水が溢れるように、スレッドに文字が大量に書きこまれていく。
『ドラゴの攻撃と防御が合わされば、まさに鉄壁だ。イクサにも勝てる』
『黒が最強。これが答え』
『白も最強。これも答え』
『クインベルドの猛烈な攻撃に耐えられるやつはいない』
『リゼルはどんな場面でも安定して戦えるから最優。イクサにも負けない』
『先制攻撃が成功ならアルマ』
『魔王さまなら勝てるだろ』
『ルナルーンの魔法でどかーんで終わり』
書き込まれていたPNを検索していくと、すぐに動画サイトで映像を見つけることができた。
ドラゴというプレイヤーは巨大な盾と槍を使って敵を倒していた。PCが竜人だったのでびっくりした。
黒と白というプレイヤー2人は圧倒的なスピードと連携で大勢を倒していた。
クインベルドというプレイヤーは闘技場のような場所でトロフィーを掲げていた。
アルマというエルフPCは自身の視点をアップロードしていたが、潜入と暗殺が信じられないくらい上手かった。
魔王と呼ばれているプレイヤーはよくわからないけど、手をかざして相手を薙ぎ払っている。
実際に見て、少し戦ったこともある──リゼルは攻撃を避けるのも上手だし、戦い方がなにより上手い。
最後に見た動画には、魔法使いが映っていた。
ルナルーン。白髪の美人が、凄い威力の魔法を使ってる……。
あたしは話し合いが終わっていた先輩たちに近づいた。
「宵先輩、ベルマリア。あたし……どうすれば強くなれますか?」
宮殿であーちゃんがかばってくれなきゃ、あたしが落ちていた。
こんなにも強いモンスターがたくさんいる場所で、自分なら生き残れないと思う。
でも、あーちゃんはきっと、今も戦っているから。
「普通なら身体を鍛えろと言うところだが、ナギなら、そこは大丈夫だろう」
と宵先輩。
そうだな、とベルマリア。
「オレだって最初は戦闘が苦手だった。だが今は戦えているだろ? つまり、実戦あるのみだ」
夜の帳一行は階段を下りていく。
地下四階。
ここにいたのは戦車ゴブリンが5体だ。
「ほう……侵入したプレイヤーと同じ数、ということか」
宵先輩とベルマリアは楽しそうに笑っている。
みゃーこ先輩は戦闘が得意ではないのか、少し嫌そうな表情だ。
あたしとアーサーは息を呑む。
「ナギ、アーサー。わたしたちが相手を倒すまで、生き残れ」
「にゃー……みゃーこはどうすれば?」
「自分で倒せるだろ」
宵先輩とベルマリアが武器を構えて突っ込んだ。
しぶしぶといった感じでみゃーこ先輩はゴブリンへと進んでいく。
あたしとアーサーは互いに顔を見合せて、頷いた。
時間稼ぎなんて、するつもりはない。
互いの瞳に闘志が見えた。
「やあっ!」
あたしが剣を振るうと黒い鎧のゴブリンは腕を盾にして防いだ。
手甲がつけられているから、あまりダメージはない。
今度はゴブリンが剣を振るう。あたしは避ける。
ユニーク装備である緋炎の薔薇乙女にも手甲がある、でも、あんな剣を防げる気がしなかった。もちろんゲームだから防げるのかも知れないけど。
上体をそらすと目の前を包丁みたいな剣が通っていく。
「喰らえ!」
今度は突いてみた。
動画でリゼルがやっていた技だ。全身に鎧を着ているような相手と戦うなら、鎧が無いところを狙えばいいらしい。
このゴブリンならば顔か首か腰や関節辺りだろうか。
だが、狙った突きは簡単に避けられた。
つ、強い……。
ちらりと先輩たちを見る。
宵先輩は刀で真っ正面から打ち合っている。ベルマリアはほとんど一方的に戦鎚でめった打ちにしていた。
この強いゴブリンよりも、先輩たちのほうがもっと強い……!!
みゃーこ先輩はあたしとアーサーの剣よりも少し短い剣の二刀流だ。
きっと正面から打ち合ってはいないと思う。
だから見たんだけど。
「──わあ」
ゴブリンの背中にしがみついてあちこちに剣を突き刺している姿が見えた。
あんな戦い方はあたしじゃ無理だと思う。
「──っ!?」
あたしは吹き飛んでいた。
先輩たちを見ていた隙に、裏拳を喰らったらしい。
頬っぺたに刺激がある。これが現実だったら、あんな太い筋肉質な腕で、さらには手甲まで着けている裏拳なんて喰らってしまっていたら、顔面がなくなっていたかも知れない。
あーちゃんが戦闘を怖くないか聞いてきたことがあったけど、こういうこと、なのかな。
どさり。
ようやく背中から地面に落ちた。
先輩たちやアーサーの戦闘の音が聞こえない。
さっきまで聞こえていたのに。
いま聞こえているのは、自分の息づかいの音とゴブリンの足音だけ。
「──へへっ」
あたしは仰向けに倒れたまま、笑った。
口を押さえても声が止まらない。
「くっ……ふふっふふふっ……」
よそ見なんかするから、こんなことになったんだ。
でも、よそ見をしなくても勝てないモノは存在する。それは──そいつらは、全力を出しても、あたしのさらに一歩前を走っていた。
「あたしは……走るのを辞めた。辞めたのはあんたに負けるためじゃない。友達と一緒にいたかったからだ」
黒い鎧のゴブリンが剣を振り上げ、振り下ろす。
包丁みたいな剣が床を砕いていた。
「【薔薇乙女】」
一瞬で跳び上がっていたあたしは緋炎の薔薇乙女のスキルを発動する。
炎のような薔薇の花びらがエフェクトとして、煌々と手首から両手の肘くらいまで浮かぶ。
落下すると同時に、ゴブリンの背中に一撃を与えた。
胴鎧の上からだったがゴブリンは熱いものに触れたように前へと跳ねた。
「このスキルは通常攻撃が当たったときに、炎属性の追撃ダメージを相手に与える。追撃ダメージが入ると相手は燃焼状態になり、燃焼状態の相手に通常攻撃が当たると、与えるダメージが5パーセントアップ。最大で50パーセントまで上がる──らしいよ」
言葉が伝わっているのかはわからないけど。
ゴブリンが後ずさりした気がした。
速さなら負ける気がしない。
───
──
─
「ほう。ふたりとも、ひとりで倒したか」
宵先輩の声が聞こえた。
あたしは立っていなかった。たぶん床に大の字になっているはずだ。自分でもよくわからない。
「よくやった。ん……その手に持っているのは騎士の色水晶か。治癒使いと騎士、聖騎士になれるな。どうするんだ?」
聖騎士。
その響きにあたしはこくりと頷いた。