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町の外に出てみよう

「それじゃあ、町の外に出てみよっか」


 なんて言いながら。

 町から出ようとしている列の最後尾に並んだ。出口は見えそうにもない。

 ゆったりは進んでいるけど、もはやこれは何のゲームなのか。


 沈黙に耐えきれなくなって、わたしは前作のクリスティアオンラインはプレイしていないけど、それでも似たようなゲームをしていたのだともう一度説明した。

 ナギは「そうなんだ」と、相づちを打ちながら周りを見ている。

 これなら正直に言ってよかったかも。まあルナルーンが良くも悪くも、有名だったのが悪い。

 お姉さまって呼ばれてたんだよハッハッハーなんて言えないんだから仕方ない。恥ずかし過ぎるぅぅ。


「ねえ、あーちゃんさ、このゲームって何をすればいいのかな?」


「えっ……何、というか」


 冒険──っていうのも、答えになってない気がする。


「自由な感じ、かな」


「自由?」


「今って冒険者だったでしょ? ストーリー的には新人冒険者が、町にやって来たって感じらしいんだけど」


 それはゲームを始める前に、タイトル画面にあったあらすじを読んだからわかることだった。

 とはいえ。

 クリスティアオンラインはストーリーよりも、自由度が評価されているゲームだ。

 むしろ前作は、ストーリーの評価があんまり良くなかったりする。トンデモ展開が多かったし……。


「クラン【ベリーキャット】です。加入して一緒にゲームしませんかー」


「ダンジョン攻略クラン【赤雷剣風】だ。街から西に行けば、よい狩場があるぞ!」


「──たとえば、あの人たちみたいに」


 わたしは広場の出口方向に立っているけれど、出ようとはしていない人たちに視線を向けた。


「クランやパーティーを組んで、一緒にゲームしても良いし」


 次に視線を向けたのは、初心者にしては容姿や装備が際立っている一団だ。


「前作から引き継いだ剣を販売しているよ。モルであれば5000モル、アイテムとの交換でもいいよ」


「すいませーん。調合師を目指すので、薬草を採取したら売ってください。10個で100モルでーす」


 薬草は妥当だと思うけど、あの剣が5000モルというのはぼったくりだ。

 でも、初心者が序盤から中級の武器を持てばレベル上げは楽かも知れないなぁ、とも思ったり。


「あっちの人たちは生産系の武器屋さんとか薬屋さんになるんだと思う。戦わずにお店を経営することもできるんだよね……って、攻略サイトに書いてた」


「へえー、本当に自由なんだ」


 ナギは目を輝かせている。


「うん。あっ、あそこにいる人を見て」


 わたしが指さしたのは『傭兵します』と書かれた小さなプラカードを持った竜人だ。

 身長は2メートル近くあって全身に纏った真っ赤な鱗がカッコいい。


「ええっ! あれ、人間?」


「もちろん人間、というかプレイヤーだよ。このゲームって選択肢としての異種族は無いんだけど、エディット機能がすごい……らしくてさ。見た目だけなら、何でも作れるんだって」

 

 ゲームのシステム的には人間になってしまうけど、見た目だけはどんな姿にもなれる。

 エルフや獣人や竜人みたいな亜人種プレイは普通のこと。

 モンスター系の姿でなりきりプレイする人だって少なくはない。


 素人が一からエディットするのは難しい。でも、だからこそ完成した姿に愛着を持つんだろう。

 もうひとりの自分なんだし。

 わたしはランダム派なんだけども。


 そんな話をしていると、列は進んでいき、いつの間にか門をくぐって町の外へとたどり着いていた。

 風が二人の頬を撫でていく。


「なんか、すごいね。風も本物みたいだし、草っぽい匂いもあるんだ……」


 ナギは感慨深そうだ。

 ようやく町から出てみれば、外は草原だった。見渡すかぎりの緑が広がっている。

 町の中は混雑していたけれど、外は外で殺伐としているみたい。


 大声が響いた。


「てめえ、そのモンスターを倒したのは俺だぞ!」


「はあ? 私が最初に攻撃して戦ってたのよ? あんたは横から攻撃してきただけじゃない!!」


 どうやらプレイヤーたちがドロップアイテムの所有権で揉めているらしい。


「その毛皮は彼女のだよ」


「うっせー、部外者は黙ってろ」


「よそで話せよ。次に湧いたら俺が戦うんだから、邪魔だって」


「ぼく、並んでるんだけど。次はぼくでしょ」


「そうだそうだ、順番だ!」


 湧く──つまりリポップ。

 モンスターの復活よりもプレイヤーの数が多すぎて、需要に供給が間に合ってないらしい。

 荒れに荒れている。

 こういうときは触らぬ神に祟りなしだ。


「うーん、あっちに行こうか」


 と、わたしたちは、他のプレイヤーがうさぎのようなモンスターと戦っているのを横目で見ながら移動した。

 まあ。

 彼らが彼らで、あんな場所に集まっているのにも理由があったようで。


「ぐわぁ……!」


「ダメだ、こっちのモンスターは強すぎる」


 リリース開始直後から始めているプレイヤーでもなければ、うさぎくらいにしか勝てないらしい。

 目の前でイノシシに、2つのパーティーが蹂躙(じゅうりん)されていた。

 軽トラ対人間みたいな戦いだ。 


「ねえ、あーちゃん」


「どしたの?」


「あたしらも戦おうよ」


「え”っ」


 わたしの目の前を、他のプレイヤーが悲鳴をあげながら、ぐるぐるときりもみ飛行している。

 ナギには、この光景が見えていないのだろうか?


「あのイノシシも疲れてるし、勝てるって」


「う、うーん。……うん。わかった」


 モンスターとのレベル差、今の装備の質。いろいろ考えても無茶だと思う。

 でも人生は何事も挑戦の連続なんだろう。たぶん。


 運営から届いているメッセージを開くと、配布されている『剣』が手に入る。

 アイテムボックスから出して装備してみた。

 重いし飾り気もないうえに特殊な能力もないけれど、まさしく剣だ。


「じゃ、いっくよー!」


 2パーティーを撃退して疲弊しているイノシシ。

 そんな相手にナギが突っ込む。

 即座に反応するイノシシは、迎撃のために突進してきた。


「よっと」


 ナギは初めてのフルダイブだというのに、攻撃をひらりと避けている。

 五感があるからこその臨場感は、初心者に恐怖を感じさせることだって多い。

 でも、ナギの身のこなしってやつは──ベテランプレイヤーであるわたしから見ても、いい動きだった。 


 一方のイノシシは方向を転換して、わたしに突っ込んで来ていた。


 ルナルーンであれば、そもそも接近を許さない。

 ルナルーンであれば、二重三重の防壁がある。

 ルナルーンであれば、いくら後衛の魔法職でも、この程度の相手は片手で捻り潰せただろう。


 ──でも


 今のわたしはルナルーンじゃない。ただのアリカだ。

 それに気づいたときには、遅かった。


 わたしはお腹の奥に響くような衝撃を受けて、そんな単純なことに気がついた。


「うゃああああああああ……ぐぇっ」

 

 吹っ飛び、木に背中をぶつけた。それだけでHPゲージがゼロになる。

 ゼロになれば当然だけど、自力では動けない。

 そんなわたしを担いで、ナギは町まで帰ってくれた。


「おお、なんと情けない。死んでしまったのか冒険者よ」


 なんて言いながら。

 神官のノンプレイヤーキャラクターが、蘇生してくれた。悲しい。

 レベルが1だと蘇生の費用は無料だったのが、唯一の救いかも……。

 

 こうして初めての戦闘はさんざんなものだったわけだ。


「あーちゃん、一緒に上手くなっていこう!」


「ぐふっ」


 わたしは精神的ダメージを負った。

 イノシシの攻撃よりも痛い。


 うう……わたし、ルナルーンなんです。トッププレイヤーのひとりだったんです。

 元ですけどね……。

 なんてことは言えない。


「うわ~、めっちゃ綺麗じゃん」


 神殿から出て、わたしは落としていた視線を上げる。

 夕焼けの色がベルサーニュの町を包み込んでいるのに気づいた。


 紅玉のような色の瞳を輝かせて、ナギがわたしの手を引っ張る。


「ど、どこ行くの?」


「高い所! その方が、ぜったい綺麗だって!」


 道なんてわかるはずもないのに、二人で町を走る。

 それでも。

 運がよかったのか。


「わー、すっごい綺麗!」


 ベルサーニュの中心くらいにある、お城の前にある公園に辿り着いた。

 りんごの木とベンチのある静かな場所だ。

 高台であるそこから見る夕焼けは、とても大きくて、まんまるで、手が届きそうなほどに。


「……綺麗」


 わたしはクリスティアオンラインでも、絶景と呼ばれる場所に行ったことがあった。

 今と同じく、ゲームだとわかっていても息を呑むほどに、美しかったのを思い出す。

 当時と違うのは自分の姿、そして隣にいる人。


「あっ」


 と。

 わたしはアイテムボックスを開いて、アイテムを取り出した。


「これ、あげる」


 差し出したのは、引き継ぎ特典で持ってきたアイテムだった。

 ルーンの腕輪。

 それはルナルーンがクラン【魔王軍】に所属してから、初めて攻略したダンジョンのクリア報酬でドロップした低級アイテムだった。

 この銀色の腕輪には、魔力が少しだけ増える効果がある。けれどレベルが上がるにつれて次第に使わなくなっていった。そんな思い出の品だ。


 ナギは受け取ると、右手首に装備する。

 わたしはもうひとつの同じ品を左手首に装備した。


「ありがとう、あーちゃん。中学生の頃は遊べなかったけど、これからはまた一緒に遊んで欲しいな」


「……うん。前みたいに、遊ぼう。なぎちゃん、あらためまして……よろしく」


「よろしく。へへっ、なんか恥ずかしーじゃん」


 夕焼けに照らされたナギが微笑んでいると、『ピピピピピッ』なんて音が聞こえてきた。

 どうやらナギから聞こえているらしい。

 笑ったままの姿で動かないし、なにこれ?


「あっ!」


 すこしだけビクッと動いたナギが、驚いたような声をあげた。


「ど、どしたの? あれ何の音?」


 狼狽(うろた)えていたわたしだったが、そんなわたしに、ナギは明るい笑顔を見せる。


「おかーさんが寝なさいって。あーちゃん、おやすみ!」


「えっ、あっ……えっ?」


 あっという間だ。

 ナギが淡い光に包まれて消える。

 わたしは空を見上げた。


「プレイ中にデバイスが外されたら、あんな音がするんだ。知らなかった……」


 楽しいことがあれば時間が過ぎるのも早く感じるものだ。 

 わたしは時刻を見た。


 22時05分。


「……ふぇっ!?」

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