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灼熱の迷宮主・ドゥベーに引っ張られているわたしはどんどんレベルが上がっていった。
現在レベル16で魔力──MPも増えてきている。
そしてわたしがレベルアップする度に、ドゥベーも強くなっていく。
肉体的、というよりは攻撃力が上がっている感じだ。
全身鎧の大きなホブゴブリン、騎士ゴブリンが数体いる程度では、もはや障害物にもならない。
さらに大きな戦車ゴブリンでも、炎の槍であっという間に倒せてしまう。
召喚時にMPを消費するだけだから……これは強い。
「でも」
気をつけなくてはならないことも多かった。
いわゆる当たり判定があるから、ドゥベーのような巨体が暴れ回ると、わたしやマユラハもダメージを受けてしまう。
ドゥベーは元々、力よりも速度で戦うボスモンスターだった。
離れた場所から炎の槍を撃って、一気に接近して爪や牙で攻撃する。反撃が来そうになると、一気に離れて炎の槍。このループ。
驚異的なボスモンスターだったけど、こんな場所では離れるなんてできない。
だからか。
現在は噛みつきや突進や叩きつけを主な攻撃手段にしていた。強い相手には炎の槍だけど。
どうして物理攻撃ばかりしているのかというと、簡単な話だ。
ドゥベーが魔法を使用すると、わたしのMPが減っちゃうんだよなぁ。
エリクサーには限りがある。
尻尾の先でぶんぶん振られながら、減ったMPをエリクサーを飲んで回復するのを繰り返す。
正直、面白くない。
何をやっているんだろう……と真剣に悩みそうになる。
でも安心もできないわけで。
ドゥベーはわたしたち3人でも倒せた。
それはドゥベーが紙装甲だったからだ。そしてそれはこのドゥベーも同じ。
何よりも気をつけなくてはならないことは、ドゥベーが倒されることだった。
ツノとかげを召喚して、ツノとかげがやられてしまったときは、媒体にしていたドロップアイテムである『ツノ』が壊れた。
つまりドゥベーが倒されれば『緋炎のミサンガ』が壊れる。
「うーん。レアアイテムだから……ちょっと困る」
これが周回して簡単に手に入るようなアイテムだったら良かったのに。
前に調べたけど、滅多にドロップしないらしい。
「むっ、なにか言ったか?」
上の方から声が聞こえた。
少し見上げれば、ドゥベーの背中に跨がっているマユラハがこちらを見ていた。
「……召喚してるわたしが引っ張られて、マユラハが背中に乗るのって……ずるくない?」
「乗りたいなら乗ればよかろ」
それができたら苦労はしない。
「そっちはどんな感じ?」
「デカいゴブリン、戦車ゴブリンにはわずかに苦戦しておるがの、他は敵にあらず──じゃ!」
マユラハが弓で牽制し、ドゥベーが吹っ飛ばす。
逃げるゴブリンの背中を矢が狙い、立ち向かうゴブリンには鋭い牙や爪がその身を切り裂いていく。
苦戦するという戦車ゴブリン(わたしは尻尾の先なので一度も見ていない)には魔法を許可しているので、ときどき炎の槍は飛んでいっているようだった。
轟音が響く。
そして今もまた、MPが減った。
「テッテレー、アリカはレベルが17になった。……メインジョブのほうが反応しない。たまごはスキルも覚えないし、転職しよっかな」
そんな独り言をこぼしていると、ドゥベーが立ち止まったようだ。
ふわりと身体が浮いて、ようやく地面に足の裏をつけられた。
「どうしたの? 行き止まり──」
言って、辺りの雰囲気が変わっているのに気がつく。
やたらと広い場所だった。
長方形のおもちゃ箱の中に入っている、小さな人形になったような気持ちになる。それほどに広々としていて、墓所のような静けさがある場所。
つい先ほど通った通路に巨大な金属のえんぴつのような柱が何本も落ちてきた。
もう、ねずみ一匹すら通れないほどに封鎖されている
わたしはドゥベーの横からそれを見た。
ゆるやかに波打っている白髪が見える。
細身ではあるけれど、これ以上ないほどに引き締められた筋肉という名の鎧を着ている男性がいた。
灰色の肌は天井からの光に照らされて白く輝いているようにも。
そんな姿の男が玉座に座って、頬杖をつきながらこちらを見ていた。
つまらなそうに。
飽き飽きとしているように。
反対の手はひじ掛けに置かれているが、その人差し指の爪先はコツコツと悪魔の顔のような意匠を叩いている。
「さて、どうしたものかよ」
ドゥベーの背中から飛び降りたマユラハが隣に立つ。
「あれ、誰?」
「ゴブリンの三王が1体。断頭台のスレオリアじゃの」
「スレオリア? なんで」
そんな名称を知っているの? わたしは聞きたかったが口を閉ざした。
スレオリアが玉座から立ち上がったのだ。
普通のホブゴブリンと同じくらいの大きさしかないのに、引き締まった肉体だからか、ずいぶんと細く見える。
手には抜き身の真っ黒な剣が見えた。
ウゥウウウウウウウウウッ
ドゥベーが唸っている。
低い声が地面を揺らしているようだ。
「お守りします、姫よ」
とスレオリア。
ドゥベーの横から見ていた姿が消えた。
「あっ──戻れ!!」
一瞬の出来事だった。
スレオリアがドゥベーの懐に現れたと思ったら、黒い剣を振り上げたのだ。
もしも判断があとコンマ1秒でも遅れていたら。
いや、
「やられた!?」
ドゥベーの姿が掻き消える。
わたしの左手首にあったミサンガが、切れて地面に落ちた。
そしてまるで灰になったかのように色が変わって消えてしまう。マズい。
「マユラハ、下がって」
杖を両手で持って正面に構える。
近接戦闘なんて苦手だ。でも、せめて矢を射るまでの時間稼ぎくらいはしたい。
穴に飛び込んでまで来てくれたのに。
このまま倒されて、装備を奪われてしまうのは悲しい。
でも。
マユラハは平然としていた。
次第に、いたずらが失敗した子供がすねているような、そんな表情に変わっていく。
泣き出しそうとは違う。
いわゆる逆ギレとも違う。
ただただつまらない、そう思っているのが見えてくるようだった。
「最悪じゃ。ほんっっっとうに、サイアクじゃ!」
雪のように白い手のひらがスレオリアに向けられた。
ぎゅっと握られ、上へと動いていく。それが連動しているかのように、スレオリアの身体も空間に固定されて持ち上げられていった。
エリアボス、あるいはダンジョンボスが苦しんでいるような、それでいて困惑しているような表情を見せた。
マユラハの周囲に氷の刃が浮かび、一斉に飛翔してスレオリアを串刺しにする。
「……悪いことをした。その腕輪はわらわの管理外であるから、元には戻せぬ。詫びじゃ、取っておけ」
わたしの前まで黒い剣が浮かんでくると、目の前でパアッと消えた。
どうやらアイテムボックスに入ったらしい。
「わらわは2人で協力して、あやつと戦いたかったというのに。事前に伝えてはおらなんだが、まさか会話イベントすら無視して突っ込んでくるとはな……」
これも仕方ないことかの、とマユラハが呟いていたが。
いや、これは──なに。
「キミは……何者なの?」
「それは」
と。
マユラハが言うと目の前が真っ白になった。
色を取り戻すと、今度は黄金の色が一面に広がっている。地下に落ちてから最初に進んだ通路にあった黄金門の前だ。
──ガゴンッ、ゴゴゴ
重々しい音を響かせて、黄金門が開いていく。
「わらわはマユラハ。この世に三体、いや四体存在する──精霊王の娘のひとりじゃ」
そう言って、氷髪の少女が楽しげに笑った。




