地下を目指して
宮殿の地下へと向かう階段はすぐに見つかった。
エントランスホールを抜けて、さらに通路を進んでいった先にあったからだ。隠されてすらいない。
クラン【白剣騎士団】の人たちは上層階を目指して、エントランスホールに鎮座する幅広の階段を上がっていった。
あたしたちは階段を降りていく。
そこは同じような通路が延々と広がっている場所だった。
「どれだけ深いのかはわからんが、まだまだ下の階層があるのは確かだ。アイテムを消耗し過ぎるな」
宵先輩から言われて全員が頷く。
この先に進んだらチャットが使えなくなるかもしれない。でもそれは逆に、あーちゃんがまだ生きていて戦っている証拠でもある。
町に戻っているなら、連絡してくれるはずだから。
助けられるなら助けたい。
「ふむふむ、にゃるほどにゃるほど」
と。
みゃーこ先輩が地図を書いている。
一番前に宵先輩、そしてみゃーこ先輩、あたし、アーサー。最後にベルマリアがしんがりをしながら進んでいく。
数回の戦闘を無傷で突破して、ようやく下に降りることができる階段を、曲がり角の先に見つけた。
階段を守るようにゴブリンたちが陣形を組んでいる。
「よし、倒すぞ。わたしとベルマリアで攻撃する。みゃーこは援護を頼む」
「先輩、あたしたちはどうすれば?」
「ヒーラーは温存したい。だからナギはこの場で待機、アーサーはナギを守れ」
「「わかりました」」
ふたりの声が揃った。
みゃーこ先輩が背負っていたバックパックを床に置く。
そこからはあっという間だった。
弾丸のように一直線に進んだ宵先輩が、構えられた盾ごとゴブリンを薙ぎ払う。
どういうスキルなのかはわからなかったけれど、その場で跳躍し、その先の空中を蹴って、上から下に下から上にと──まるで稲妻のように動いている。
ゴブリンたちは爆撃でも受けているように吹き飛んだ。
一方のベルマリアはドラゴンを模している戦鎚で確実に1体、また1体と倒していく。
両手でも持てなさそうな戦鎚を片手で使っているのも、なんらかのスキルだろうか。
そしてもう片方の手には大盾があった。どうやらゴブリンを倒してドロップしたモノを使用しているみたい。
長身のベルマリアが大盾で身を守り、戦鎚で戦う姿は見惚れるほどに美しかった。
「すごい」
あたしの口から自然と言葉がこぼれていた。
「うん。ホントに」
アーサーも同じだった。
隊列を組んだゴブリンたちの後方に隠れていた、弓を持った兵士ゴブリン2体が矢を放とうとした瞬間。
みゃーこ先輩がその背後に現れて、攻撃を阻止したうえで倒しているのが見える。影のように音もなく移動して相手を倒す。
──これがスキルを使った戦いなんだ。
宵先輩もベルマリアも、きっと矢なんて避けたり防げる。
それでも、あれが援護としては完璧な動きなんだろう。
危険は徹底的に潰していく。
結果、少しのダメージも受けずに勝った。
あたしたちと……全然違う。
そう思った。
単純なスキルだけではなくプレイヤーの技術が違いすぎる。
友達であり、同級生の宵先輩とみゃーこ先輩はともかく。
ベルマリアは、この2人と一緒に戦うのは初めてのはずなのに。
いつも自分たちのやっている戦い方が、まるでおままごとのように感じてしまった。
これこそが本当の連携なんだろう。
「あたし、強くなりたいな」
「ボクも、強くなりたい」
ゴブリンたちが全滅したあと、みゃーこ先輩が下の階層を偵察するため、一足先に階段へと進んでいく。
そのあいだにドロップしたアイテムや魔石を回収した。
「にゃー!?」
突然、みゃーこ先輩の悲鳴のような声が聞こえた。宵先輩が階段を降りていく。
あたしたちも追いかけるように下の階層に向かって。
「あ」
言葉が出ない。
下の階層は天井が高かった。肩車してもらっても、天井には触れないだろう。
そんな一直線の通路で立ちふさがるように立つゴブリン。
いつものゴブリンよりも、とても大きなゴブリンだ。2メートル以上はありそうな巨体に全身を守る黒い鎧を着込んでいる。
大木のような太くて固そうな腕の先には、こちらも巨大な、中華包丁のような武器が握られていた。
「騎士ではないな。戦車というやつか」
宵先輩が呟く。
相手は鎧を着ているホブゴブリンよりも遥かに大柄だ。ゴブリンというよりも鬼だとか巨人のようにも思える。
巨大な包丁が振り下ろされると、みゃーこ先輩は「に“ゃ」と飛び退いて宵先輩の後ろに隠れた。
地面に大きな亀裂ができている。
「面白そうな相手じゃないか」
と、ベルマリアが進んでいった。
戦車ゴブリンはかかってこいと言わんばかり。
「そら、いくぞ!」
まるで重さを感じさせないスピードで、戦鎚が右に左に風を切る。戦車ゴブリンの剣も同じように右に左に風を切った。
そうして、鋼と鋼がぶつかり合う。見事な打ち合いの音が響く。
爆弾でも爆発しているような激しい音。ビリビリと皮膚を刺激する衝撃。
ベルマリアは戦車ゴブリンとつばぜり合うと、大盾を武器として使った。
大盾の鋭角な部分が戦車ゴブリンのがら空きの顎下に直撃する。
上体が揺らめいた。
バゴンッ
凄まじい音が響く。
戦車ゴブリンが戦鎚で打ち上げられ、天井に激突した。
姿が消失してドロップアイテムが落ちてくる。
大魔石と包丁のような剣だった。上すら見ずに受け止めて、ベルマリアはアイテムボックスに収納した。
「あれ戦闘スキル、使ってないの?」
「武器の攻撃力とプレイスキルだけ……なんだよね。信じられない」
ベルマリアは攻撃スキルを持っていないと言っていた。嘘だとも思えない。強すぎる。
戦闘が終わると、あとは移動するだけだった。この階層にはあの戦車ゴブリン以外のモンスターがいないらしい。
まっすぐ進んでいくと階段があって、【夜の帳】一行は更に地下へと進んでいった。
次の階層は先ほどまでとは雰囲気が違っていた。
広いドーム状の空間で、階段の先は闘技場の入場ゲートのような場所に続いている。木製のゲートが上げられると、その先は砂漠のような場所だった。
「──■■■■■■■■■■■■■■■■■」
歌のような叫びのような。
そんな詠唱が聞こえてくる。いるであろう僧侶ゴブリンの姿は見えない。
詠唱が終わると、砂漠の砂の中からガイコツが浮かび上がってきた。
無数のガイコツ。
十や百では足りない。百体近い数のアンデッド軍団がバラバラに進んでくる。
「ただの低級のアンデッドだ。蹴散らすぞ!」
宵先輩が言ったとき。
前方の砂が山のように盛り上がった。シャワーのように砂が流れて、その中から巨大な骨が現れる。
「スカルドラゴンか」
ベルマリアが言った。
巨大なドラゴンの遺体の背中には舞台のような物が載せられ、そこに僧侶ゴブリンたちが乗り、さらには護衛の弓ゴブリンたちが弓を構えていた。
矢が飛び、魔法が飛び、剣撃の音が響く。




